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【悼む】岡宏さん死去 歌謡界のご意見番は「俺の役目」付いた異名は「BOSS」晩年歌手挑戦も

日刊スポーツ / 2024年11月8日 20時9分

岡宏さん(2023年5月撮影)

<悼む>

日本有数のビッグバンド、岡宏とクリアトーンズ・オーケストラのバンドマスターで歌手の岡宏(歌手名BOSS★岡)さんが11月8日午前1時58分、入院先の病院で脳梗塞のため死去した。83歳。日本音楽事業者協会が発表した。

   ◇   ◇   ◇

ビッグバンドはホーンセクション(トランペット、トロンボーン、サックス)に、リズムセクション(ピアノ、ギター、ベース、ドラム)を加えた17人前後で編成される。

バンドマスターとは楽団の楽長、指揮者の意味で、バンマスと略される。岡さんはクリアトーンズ・オーケストラで半世紀。前身のバンドを加えると、バンマス歴60年以上の大御所である。

歌手の後方で指揮し、プロ、アマ問わず数え切れない歌手の歌唱を支えてきた。まさに『陰の立役者』だった。

中学の時、戦後日本のジャズ界を代表したテナーサックス奏者の松本英彦さんにあこがれた。「サックスはかっこいい」と、バイトして中古のサックスを手に入れた。当時で7万円した。仲間とバンドを組み猛練習した。「16歳の時にキャバレーで初めて吹いてお金をもらった。自分ではそこからプロと思っている。年隠してバイトしてました」と話した。

日大芸術学部に入学し、日大リズム・ソサエティ・オーケストラに入団。1年で大学対抗バンド合戦のソロ部門で優勝した。在学中からビクター・オーケストラの専属となり、本格的にプロの道に入った。「ビクターでは兵隊(メンバー)でしたから、どうせやるならリーダーにならないとつまらないと思った。63年に8人ぐらいの楽団を結成して、74年にフル編成のクリアトーンズ・オーケストラになったんです」。

日本では戦後、続々とバンドが誕生した。原信夫とシャープ&フラッツ、小野満とスイング・ビーバーズ、高橋達也と東京ユニオン、豊岡豊とスイング・フェイスなど。三原綱木とザ・ニューブリードは、長らくNHK紅白歌合戦の演奏を担当した。バンマスはテナーサックスの原のようにほとんどが名演奏家だ。

カラオケの台頭などで生演奏の需要は減ったが、岡さんは60年以上、バンマスとして走り続けてきた。そのキャリアで「今の歌手はみんな止まっている。自分の枠から出ない」と言い放つなど、歌謡界のご意見番としても存在感を示した。付いた異名が「BOSS(親分の意)」だった。「(辛口は)俺の役目と思っている。身に染みている人は結構多い」と話した。

23年6月には、その異名から「BOSS★岡」の歌手名で、「かすり傷」という作品で歌手デビューした。「今は新人歌手だけど、これからの俺を見ろ。絶対前に進んでみせますから。紅白歌手になって賞レース総なめ、というところを見せて、歌謡界に活を入れますよ」と意気込んだ。

演奏の仕事の時には絶対に歌わないと決めていた。「俺はプロのプレーヤー(演奏家)ですよ。だけど今度、プロ歌手を始めた。二刀流です。両方とも一線を目指します。(歌謡界の)大谷翔平ですよ」と豪快に笑った。それは大言壮語ではなく、正真正銘の本気だった。歌謡界のご意見番がいなくなり、本当に残念で、心から悲しい。【笹森文彦】

◆岡宏(おか・ひろし) 1941年(昭16)10月1日、東京・浅草生まれ。父は韓国人で、出生名は金好植(キム・ホシク)。クリアトーンズ・オーケストラとして中国、韓国、アメリカ、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、旧ソ連など海外公演多数。NHK・Eテレの韓国語講座の音楽を監修し、韓国政府より「文化功労賞」を受ける。長年の刑務所慰問活動に対し、00年に法務大臣表彰。歌手キム・ヨンジャ(64)は元妻。

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