深刻ゴミ問題に進化するプラスチック “画期的”素材開発 海で原料まで分解 100%リサイクル
日刊スポーツ / 2024年12月21日 7時0分
<ニュースの教科書>
海や土壌などの汚染、地球温暖化の要因の1つで、人体への影響も明らかになるなどプラスチックごみ問題が一層、深刻化しています。
世界各国は初めての国際条約案をまとめる会議を11月下旬に韓国で開催しましたが、意見が対立して先送りされました。抜本的対策が待ったなしの状況で危機感が募っていますが、一方でプラスチックも進化しています。同じ時期に、これまでの常識を覆すプラスチックの開発が発表され、環境汚染抑制への貢献に向け「画期的」と期待が高まっています。どんなプラスチックなのでしょう。だれも無縁でいられないプラスチックごみ問題を考えてみましょう。
◇ ◇ ◇
理化学研究所(理研)や東京大などの国際共同研究チームは、海水中などで容易に原料まで分解され、生物学的に代謝されるにもかかわらず、硬度、強度、加工性、耐熱性などは従来の石油由来のプラスチックと同じかしのぐほどの性能を持つ「超分子プラスチック」を開発したと、11月22日付の米科学誌サイエンスに発表しました。原料は安全、安価で再利用でき、海や土ではバクテリアなどによってさらに代謝・分解され、自然環境を循環するものになるそうです。
従来のプラスチックごみは、環境に放出されるとたまり続け、汚染していきます。海では砕けてマイクロ(ナノ)プラスチックとして半永久的に蓄積され、人体にも入ってきて健康被害をもたらすことも明らかになっています。焼却される際に温暖化の原因となる二酸化炭素を生じることなども問題です。最近ではマイクロプラスチックの空中浮遊も問題視されるようになっています。従来の問題点の多くを解決する画期的素材として注目されている超分子プラスチック。チーム(程 逸人氏、平野英司氏、桑山元伸氏ら)を率いた理研グループディレクター相田卓三・東大卓越教授に聞いてみました。
─どんな特徴ですか?
相田さん 無色透明でガラスのようにみえます。燃えないので二酸化炭素を出しません。ある温度以上に加熱すると曲がるので、複雑な形のものをつくることもできます。
何より100%リサイクルできることが大事です。真水に入れると膨らむけどバラバラにはならず、乾かせばまたプラスチックに戻ります。海など塩水では原料までバラバラになり、生態系で代謝され、代謝物は自然環境を循環します。このプラスチックの板を塩水中に投入して撹拌すると1時間くらいで消えてしまいます。砕いたものならもっと早く消えます。硬さや強さといった材料として重要な力学特性を犠牲にせずに、マイクロプラスチックを形成しないという性能を実現できたことがよかったと思います。
何度もリサイクルできます。塩水に入れて原料にまでバラバラにしたものにアルコールを入れると、二種の原料の一方が沈み、もう一方は溶けたままでいるので、それらを個別に回収ができます。これらの原料を水中で混ぜると、また同じプラスチックがつくれる。火にかざすと柔らかくなりますが、燃えません。ペットボトル用のプラスチックやアクリルガラスより硬いですが、しなやかなものを作るには、原料の一方を少し工夫する必要があります。表面を撥水加工すると真水だけでなく塩水中でも使えるようになりますが、撥水加工表面に傷をつけると、内部に浸透した塩水によりプラスチックはバラバラになります。従って、傷のつけ方で分解時間を調整することができます。遺伝子に対して悪影響があるかをテストしたところ、影響は基準値以下でした。
このプラスチックには窒素やリンなど肥料として欠かせない要素が入っていて、砕いて土に置くなど農業に使えるかもしれません。荒れた土地を肥よくにする材料にして、食糧問題に貢献できないかとも思ったりしています。また、リンは遠洋では欠乏していて、生態系の健全な育成が難しくなっていますが、近海では人の活動でリンが過剰になっているので、このプラスチックなら捨てても良いというわけではありません。
─原料は何ですか?
2種類の原料が必要です。その一方は、食品添加物や肥料・土壌調整剤などの農業用途に用いられており、とても安価で、1キロ数十円くらい。これともう一方の原料を水中でまぜると目に見えない網目構造ができます。この混合物をそのまま静置すると、水と網目構造とが上下に分離しますので、下側の網目構造を分けとり、乾かすとプラスチックが得られます。加熱の必要もありません。
─とても簡単に聞こえますが、なぜ今までできなかったのですか?
「超分子ポリマー」といいますが、条件次第では離れる「可逆的な結合」で原料が結びついているために、科学者は「そんなポリマーは弱くて不安定だ」という固定観念を持っていて、従来のプラスチックの代用にはならないだろうと考えていました。我々は、結合を可逆にしている「鍵」を超分子ポリマーから奪えば、結合が不可逆になるので、超分子ポリマーが強くなると考えました。逆に、強くなった超分子ポリマーにふたたび鍵を与えれば、それを原料にまでバラバラにできるはずです。その鍵が「塩」というわけです。塩がある環境では、我々の超分子プラスチックはマイクロプラスチックを生じません。
マイクロプラスチックが地球にもたらしている現状を目の当たりにし、それを完全に防ぐプラスチックを作ってみたいと思うようになりました。特に、1988年に世界に先立って超分子ポリマーのプロトタイプを発表した自負もあり、そのような前例のないプラスチックを超分子ポリマーで作ってみようと考え、何がそれを妨げているのかを深く掘り下げ、今回の研究に至りました。力学特性を犠牲にせずに、自然環境で容易にバラバラになり代謝される今回のプラスチックを4年前に考え、メンバーと研究を開始しました。
─4年間、どんな研究開発でしたか?
いろんなことをやって、条件を詰めていきました。原料の組み合わせを変えると性質が変わることも確認しました。天然由来の糖を入れるとしなやかなものができました。耐熱性、強度、引張性能が高いなどの特徴を持つものができました。
─今後の改善点は?
ペットボトルのように大きく変形させられるような、半分に折りたたんでも元に戻るようなものなど、いろんな機能を入れていきたいです。
─常識を破ったのですね。若者にアドバイスも
物事が「1+2=3」のように予定通り進行することが大事な研究もあります。しかし、「発見」はそのような線上にはありません。学生には科学の常識をしっかり身に着けてくださいと教えています。常識がなければ、自分が見つけたことが、常識を破っているのか、特別なことなのかが分からないから。常識を身に着けるのは、常識じゃないことを見つけるためなんです。良い研究をするには、もの好き、凝り性であることが大事。子供たちにベルトコンベアへの乗り方を教えるのではなく、何かに夢中になって、好きなことがとことんやれる環境を与えることが必要だと思います。
─環境汚染の抑制への貢献が期待されています
気温が上がり続けば人間は住めなくなるかもしれません。洪水や火事など気候変動による危険も高まっています。海の資源や人の健康への悪影響も懸念されています。突然思い立っても間に合いません。子どもたちにできるだけいい形で、地球をバトンタッチしてあげましょう。【聞き手・久保勇人】
■国際的規制条約づくりは難航 生産規制に産油国が反対
プラスチックごみによる環境汚染の深刻化を受けて、国際社会は22年の国連環境総会で国際的な規制条約をつくることで合意し、24年末までに条約案をまとめることにしていました。11月25日~12月1日に釜山で開催された政府間交渉委員会では、議長が「この会議は人類が存続の危機に立ち向かおうとするものだ」とまで決意を述べ、結論を出すはずでした。
論点は主に、生産規制、人体への有害性が心配される添加剤など化学物質の規制、ごみの削減や環境への流出防止、使い捨てプラスチック規制、対策資金、メーカーの責任範囲拡大など。特に焦点になったのが生産規制で、既に規制を強化している欧州やアフリカ、汚染の被害が大きい島しょ国などが世界的な削減目標設定を主張したのに対し、プラスチックの原料となる石油を産出する中東諸国などが強く反対し「廃棄物対策に絞るべき」などと主張して、対立の溝は埋まりませんでした。
プラスチック汚染問題の専門家、東京農工大・高田秀重教授は「今のままでは、お互いに歩み寄れないと感じました。産油国側は、生産が悪いのではなく、廃棄物管理を徹底すれば解決できるなどと主張しています。今後、EUなどはもう少し別なアプローチをしないと、合意は無理だと思います」と指摘しています。会合は来年再び開催されるとみられていますが、現状のままでは難航しそうです。
◇プラスチックごみ問題
経済協力開発機構(OECD)によると、19年時点の世界のプラスチックの生産量は00年から倍増の約4億6000万トン。60年までに3倍になると予想されています。うちリサイクルされたのは9%。海や陸など自然環境に約2200万トンが流出しています。少し前のデータでは、年間にジャンボジェット機4万~5万機分のプラごみが海に流れ込み、50年には海の中のプラごみと魚の重さが同じになり、量はプラごみが魚を上回るだろうともいわれました。また日本は1人当たりの容器包装プラスチックの廃棄量が米国に次いで世界で2番目に多いです。微細になったプラスチックは、有害な添加剤などの化学物質の運び屋でもあり、人の体内でも発見され影響が懸念されています。
こうした中、環境にやさしいプラスチックが次々に開発されています。微生物によって水と二酸化炭素に分解されるものを生分解性プラスチックといい、特にトウモロコシなどの植物や生物由来のものは生分解性バイオマスプラスチックと呼ばれます。また海洋生分解性プラスチックの実用化も進みつつあり、例えばスターバックス コーヒージャパンが来年からストローの素材を、紙からカネカの生分解性バイオ製品に切り替えると発表しました。
◆久保勇人(くぼ・はやと)1984年入社。文化社会部、スポーツ部など経験。
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