【映画大賞】安田淳一監督「侍タイ」ヒットはビジネス眼「油そば屋開いたのも根幹一緒」/ロング版
日刊スポーツ / 2025年1月1日 10時0分
「侍タイムスリッパー」が、24年8月17日に“インディーズ映画の聖地”と呼ばれる東京・池袋シネマ・ロサ1館のみで封切られて4カ月。全国での公開は355館に拡大し、興行収入は同12月25日時点で8億1700万円を記録。そして同27日発表の日刊スポーツ映画大賞では作品賞、安田淳一監督(57)の監督賞、そして俳優人生25年で映画初主演の山口馬木也(51)の主演男優賞と3冠を獲得した。この成功を成し遂げた最大の要因として、安田監督は「逆算の思考」と、さまざまな職種で磨いてきた「ビジネス眼」を挙げた。(前編から続く)
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計算尽くで大ヒットと受賞につなげた自らの目を磨いたのは、さまざまな業種を経験したビジネスだと、安田監督は語る。大阪経済大在学中に8ミリビデオで映像制作を始めた。NTTの代理店も務め、電話の交換を2、3年やって稼いだ資金を元手に、プロ用のビデオカメラを買い、平安神宮で結婚式を撮って修業し、ビデオ屋も経営した。
イベントのプロデュースも行っていたが、演出の仕事で東京・新小岩に出向いた際、宿泊先のホテルの近くにあった、油そばの店に興味を持った。「食べたことがないから食べてみようと思って食べたら、ほんまにサッパリして…」と、その味にピンときた。ちょうど「1こ、日銭の入る商売をやっておきたい。飲食店だなと思っていた」タイミングで「これ、京都にないから」と約1年、探してフランチャイズ店を見つけ、地元京都に油そばの店を開業した。
なぜ、京都になかった油そばの店を開業したのか…その答えはシンプルだった。「京都は、ラーメン屋は、うまい店がいっぱいあるんですわ」。京都にはなかった油そばの店は、狙い通りに受け入れられた。「いい入りですわ。行列はできひんですけど、たえず満席になる、目立たへん入り方して…良かったなと」。20年のコロナ禍を受けて2年、閉店を余儀なくされたものの「営業して、もう10年です」と経営は順調。「侍タイムスリッパー」の製作等で多忙だったため「そんなに注力してない。妹のだんなさんが中心になって夕方からだけやって…」というのが現状だが「インバウンド(訪日客)が復活して数字が良くなった。来年は、しっかりやりたい」と見通しを口にした。
成功に導くためのプランを策定し、そこから逆算する思考が求められるビジネスが、何もないところから形を作る映画、エンターテインメント作りにも生きたのではないか? と問いかけた。安田監督は「もちろん、その通りです」とうなずいた。「油そばでもイベント商売でも、何でも一緒なんですけど、根幹…例えば、油そば自体がおいしくて、お店を出した時に結果が出なかったとしましょう。それを取り巻く、いろいろな要素…店の作り、セットメニューとか1こ、1こ、見直していってクオリティーを上げるんです」と力を込めた。さらに「1個、上げただけでは結果は出ないですけど、全部の要素に対してクオリティーアップを少しずつやっていって、合わさった時にガラッと結果が変わることを、商売をやってきて、ずっと経験しました」と続けた。
その上で「映画もそう。脚本、撮影、照明、ロケ場所、衣装…こういう要素を1こずつ上げていく。脚本だけ上げても、撮影がヘタなら、ダメなんですわ」と声を大にした。「全部の要素が上がった時に、一気に結果が出るということを、僕は何回も体験しているので、映画もそうだろうと思ってやってきました」と力を込めた。
映画作りにおいては、結婚式のビデオ撮影をしていた際の師匠の言葉を金言にしているという。
「安田君は、いい画は撮るけど、お客さんが喜ぶ画を撮るのがプロやぞ」
師匠の言葉を「忠実に守っている感じ」で作り上げ、自らのビジネスで磨いた目で、勝負どころを見極めて公開に踏み切った「侍タイムスリッパー」。大ヒットは、57歳で新人監督賞の新藤兼人賞銀賞を受賞した、安田監督の人生の結晶だ。【村上幸将】
◆安田淳一(やすだ・じゅんいち)1967年(昭42)京都府城陽市生まれ。大阪経済大在学中から映像制作を始め、卒業に8年かかる。卒業後、幼稚園の発表会からブライダル撮影、企業用ビデオ等の撮影業を開始。イベントの演出や油そば店の開業など、さまざまな事業をこなす中、14年に自主製作映画「拳銃と目玉焼」を公開。23年に父が亡くなったことを受け実家の米作り農家を継ぐ。24年に新藤兼人賞銀賞を受賞。
◆侍タイムスリッパー 会津藩士・高坂新左衛門(山口)は幕末、長州藩士と刃を交えた瞬間、落雷で気を失う。目を覚ますと、そこは現代の時代劇撮影所。江戸幕府の滅亡を知り、気を落とすが、剣の腕だけを頼りに「斬られ役」として撮影所の門をたたく。
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