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【スノボ】平野歩夢、大ケガ乗り越え7位にすがすがしく…5度目の挑戦は「何も考えていない」

日刊スポーツ / 2026年2月14日 10時45分

【写真】笑顔を見せながら引き揚げる平野歩(撮影・前田充)

<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):スノーボード>◇男子ハーフパイプ(HP)決勝◇13日(日本時間14日)◇リビーニョ・スノーパーク

4大会連続メダルを狙った平野歩夢(27=TOKIOインカラミ)は7位だった。2回目の試技で86・50点をマーク。1月、転倒による複数箇所の骨折などから驚異的な回復を見せて強行出場し、4度目の五輪を完走した。14年ソチと18年平昌の銀、22年北京金メダルには届かなかったが、貫禄を示した。

初めて胸元にメダルがなかった。7位でもすがすがしかった。平野歩は4度目五輪を終えて「生きて戻ってこられてよかった」とほっとした。この舞台に立てたことが、うれしかった。

4大会連続出場の消滅危機だった。1月17日、スイスのW杯ラークス大会。トリックの着地に失敗し、激しく転倒。ボードが折れ、下半身を打ち付け、顔面から血がたれた。診断結果は骨盤の右腸骨と鼻骨の骨折。膝も重度の打撲で、2倍に腫れた。松葉づえと車いすの生活を送った。「戻れる可能性が1%でもあるなら」。諦めずに奇跡的な回復を見せた。わずか27日後、五輪決勝に立っていた。

2日前の予選は7位で通過。決勝では4回転半に挑んだ。ケガの影響で練習時間はなく、ぶっつけ本番。激しい回転で痛みを伴う可能性もあったが「アドレナリンだったり、痛み止めを飲んで。それを頼りにリスクをかけて挑んだ」と告白。「今の状態で全力でチャレンジできた」と誇った。

22年北京で「人類史上最高難度」と呼ばれた大技フロントサイドトリプルコーク1440(斜め軸に縦3回転、横4回転)を成功させた。悲願の頂点に立ち、夢をかなえた。4年後は「夢の先に向き合えたことがすごく貴重な時間」と明かした。今回は戸塚が金メダル、山田が銅メダル。後輩2人が表彰台にのぼり「みんなすごくベストな滑りをしてくれた。日本の強さを証明できた」とたたえた。

5度目の挑戦の可能性は「何も考えていない。まずはケガを治して、自分自身が強くなれる方向に進化したい」と語るにとどめた。次に見たい夢の先は、これから考える。【飯岡大暉】

◆平野歩夢(ひらの・あゆむ)1998年(平10)11月29日、新潟県村上市生まれ。TOKIOインカラミ所属。家族の影響で4歳からスケートボードとスノーボードを始める。村上一中から開志国際高を経て、日大スポーツ科学部卒。スノーボードのハーフパイプでは中学3年時の13年W杯で初優勝を飾り、五輪では14年ソチ、18年平昌と2大会連続銀メダル、22年北京で金メダルを獲得。21年東京五輪ではスケートボードで日本人5人目の夏冬出場を果たした。

◆飯岡大暉(いいおか・だいき)新潟県加茂市生まれ。学生時代はサッカー部に在籍。小柄な見た目に反したプレーから「鈍足」と呼ばれる。2019年に入社し紙面レイアウトを担当する整理部に配属。デジタル広告の営業企画部をへて24年4月からスポーツ部。パリ五輪後に五輪班に所属し、今回が初めての五輪。スピードスケート、カーリングを主に担当する。新潟県産コシヒカリを手に現地入りした。

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