独りで逝かせない! ペット可老人ホームの看取り犬をめぐる奇跡と感動の実話
ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2020年8月8日 21時50分
【ペットと一緒に vol.208】by 臼井京音
入居者の最期を察知して寄り添い続ける元保護犬が、横須賀の老人ホームにいます。今回は、看取り犬・文福くんをはじめ、ペットと入居できる老人ホームで暮らす犬や猫と、入居者や職員との感動のストーリーを紹介します。
殺処分間際の経験が文福の看取り活動の原点に
神奈川県横須賀市の“さくらの里山科”は、犬や猫と暮らせる特別養護老人ホームです。
2~4階の居住フロアにある合計12のユニットのうち、2階の2ユニットには約10頭の犬が、同階の2ユニットには約10匹の猫がいて、入居者の部屋に自由に出入りしたり、庭にあるドッグランで走り回ったりしています。
「犬は約半数がご入居者の愛犬です。残り半数は保護犬出身で、そのなかに“看取り活動”をする文福がいます」と、同ホームを設立し『看取り犬・文福 人の命に寄り添う奇跡のペット物語』(2020年6月/宝島社)を上梓した若山三千彦さんは言います。
文福くんは入居者が逝去される2~3日前になると、個室の扉にもたれかかるようにして座り、部屋に入ってからはずっと入居者に寄り添い続けるそうです。
「文福はご入居者の最期を察知しているだけでなく、最期に寄り添いたいという意思を持っているように見えます」と、施設のスタッフは口を揃えます。
文福くんはかつて、壁が1枚移動するごとに、殺処分が行われるガス室へと近づく施設に収容されていました。
「収容犬の悲痛な声を聞きながらひとりで死の淵に立ち、人に捨てられ孤独のままに死を迎えるつらさを体験したことが、文福の看取り活動の原点ではないでしょうか。入居者を決してひとりでは旅立たせないよう、寄り添っているのかも知れません。お別れが近づくとベッドに上がり、慈しむように顔を舐めるんですよ」(若山さん)
文福くんに舐められると、意識のあるなしに関わらず、入居者が微笑みを浮かべるそうです。
犬や猫と老人ホームで暮らすのも“諦めない”で欲しい
若山さんが犬や猫と暮らせる高齢者施設をつくるきっかけになったのは、かつて在宅ケアをしていた方の経験でした。
「その方が老人ホームに入居されることになったため、愛犬を近所の方に頼んで保健所(動物愛護センター)に引き取ってもらったのです。その後、老人ホームに面会に行くと、その方は『自分の手で大切な家族を殺してしまった』とご自分を責め続けられて、生きる気力さえも失っていました。このような思いを高齢者にさせてはならないと、ペットと一緒に暮らせるホームをつくる決意を固めました」
“さくらの里山科”で、若山さんは「あきらめない福祉」を目指しているとも語ります。
「高齢になって介護が必要になると、さまざまなことをあきらめてしまいがちです。例えば、旅行であったり、おいしい料理を楽しむことであったり……。そのような『あきらめていること』を取り戻すサポートができればと思っています。犬や猫との生活も、決して特別養護老人ホームでもあきらめて欲しくありません」
看取り猫トラの癒しの力
若山さんは幼いころから、犬やうさぎなどの動物と一緒に育ったそうです。独り暮らしの時代には猫を飼い、現在は家族と選んだチワワ3頭と暮らしています。
「ペットはいつも一緒にいてくれる家族同然の存在だということを、経験して来ました。けれども、犬や猫とともに生活できる特別養護老人ホームでの、文福の“看取り”という行動に関しては予想外でしたね」
文福くんの他に、ホームの看板猫だったトラちゃんもまた、看取り活動をしたそうです。
「トラの場合は、寝込んでしまったご入居者に寄り添う行動が見られました。結果的に、そのまま看取ることになったとも言えます」
トラちゃんに癒された入居者のエピソードは、若山さんの著書からもうかがい知ることができます。
トラちゃんもまた殺処分直前、愛護団体に収容施設から保護されました。
「ホームに来たときは推定5~6歳で、肺炎を抱えていました。先は長くないと言われたトラがホームで6年近く生きられたのは、ご入居者に寄り添って癒すという活動が、トラ自身にも生きる力と目的を与えたからかも知れません」(若山さん)
トラちゃんや文福くんは、介護やリハビリやターミナルケアといった困難な挑戦をしているスタッフの心も励ましたと言います。
「トラや文福の寄り添い活動や看取り活動を目の当たりにして、『自分たちのやっていることは無意味ではなく必要なことなのだ』と、職員たちは実感できたんです。トラは、ホームを助けるためにやって来た天使だったのではないかと、ご入居者のひとりは語っています。その方は、トラのおかげで身体機能が回復し、見違えるように元気になったんですよ」
気付けばアニマルセラピーの効果も
入居者に犬や猫との暮らしをあきめないで欲しいとの願いから誕生した“さくらの里山科”。気付けば文福くんやトラちゃんといった犬や猫の存在が、思わぬ効果をもたらしたとも若山さんは語ります。
「認知症が改善される方が、多かれ少なかれいらっしゃることです。人と犬や猫との触れ合いは、私たちが想像している以上に強い力を生み出していると感じずにはいられません」
書籍『看取り犬・文福 人の命に寄り添う奇跡のペット物語』にも登場するキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルのナナちゃんは、飼い主さんが入居時に連れて来た愛犬。ナナちゃんの飼い主さんは、筋肉がうまく動かせなくなる難病を患っていたものの、ナナちゃんのおかげで主治医も驚嘆するほどリハビリを続けられたそうです。
「飼い主さんが亡くなる前日にベッドに上ったナナちゃんが、旅立ちのあともそのまましばらく寄り添っていた姿が忘れられません。その光景を見て、人とペットとの絆の強さをひしひしと感じました」(若山さん)
いつも、どんなときも私たちに寄り添ってくれる犬や猫の愛情の深さが、“さくらの里山科”の数々のエピソードから伝わって来ます。高齢者をはじめ、多くの人々が、ペットと一緒の幸せな時間を日常的に過ごせるよう願ってやみません。
連載情報
ペットと一緒に
ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!
著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。
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