宇都宮駅「きぶなカレー(レッドキーマ)」(800円)~戦争と駅弁(2)
ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2020年8月13日 11時50分
【ライター望月の駅弁膝栗毛】
宇都宮を発って、神奈川・逗子を目指す「湘南新宿ライン」の快速列車。
東北本線(宇都宮線)では、朝夕は上野経由の快速「ラビット」(通勤快速)、日中は新宿経由で横須賀線に直通する快速(大宮~小山間)が、概ね毎時1本運行されています。
この他、上野・東京経由で東海道本線に直通する列車も多く運行されており、黒磯~熱海間、宇都宮~沼津間といった、比較的長距離を運行する普通列車もあります。
かつて、長距離を運行する在来線の列車は、決して珍しいものではなく、「駅弁」の需要もまた、鉄道で移動する人たちによって支えられていました。
それは決して民間人だけでなく、軍人もまた、汽車で長距離を移動していたわけです。
「駅弁膝栗毛」では戦後75年に合わせ、そのような軍の要請でつくられた駅弁当「軍弁」について、日本鉄道構内営業中央会の沼本忠次事務局長にお話を伺っています。
―かつて、旧日本軍の移動の際に提供されていた「軍弁」が駅弁業者の基礎を築いたと前回おっしゃっていましたね?
明治時代、鉄道旅客は少なくとも、軍隊による需要(軍弁)が見込めることから、駅弁屋は有利な(儲かる)企業として、クローズアップされました。
このため、日清・日露の戦争を経て、業者はどんどん増えていきました。
ただ、列車の到着30分前には、駅長の指定する地点に、「軍弁」を搬入することなど、細かく指示が出されていて、厳しい対応を迫られたと言います。
―具体的には、どんな駅弁業者が「軍弁」の恩恵に預かったのでしょうか?
かつて中央会が出した「会員の家業とその沿革」などの文献を見ると、東北本線・郡山駅にあった「東北軒」(現在は撤退)は、日露戦争で社業の基礎を築いたと言います。
郡山には、郡山海軍航空隊の面会所があって、鉄道の利用者が増えたのが理由です。
この他、中央本線・甲府駅にあった「甲陽軒」、信越本線・長岡駅にあった「野本弁当部」も、日露戦争の時、軍の輸送部隊などへ供食するためにできた駅弁屋です。
―その意味では、「いまになってみると、なぜこの駅に駅弁が?」という駅弁屋さんが、いろいろなところにありましたよね?
福知山線・篠山口駅の「浪花」(現在は撤退)も、その1つかもしれません。
篠山には、日露戦争後の明治41(1908)年に、陸軍の歩兵第70連隊が置かれました。
これによって人の往来が急増したことで、その年から駅弁の販売が始まりました。
千葉・佐倉駅にも2000年代初めまで駅弁がありましたが、佐倉も陸軍がありましたよね。
身近なところでは代々木練兵場(現・代々木公園)の最寄りだった新宿駅もその1つです。
―いわゆる「軍都」と云われたまちでは、駅弁も賑わったという訳ですね?
その典型は、「宇都宮」ですね。
宇都宮には第十四師団が設置され、栃木、群馬、長野、茨城などから徴兵された兵士が宇都宮に集合し、外出、外泊、面会などの人で大きく賑わったと言います。
このため、白木屋(撤退)、富貴堂(撤退)、松廼家という3軒の駅弁屋さんが繁盛します。
その後も、那須で天皇陛下御臨幸の大演習が行われるなど、軍弁の依頼が続きました。
―近代の日本は、日清・日露と、およそ10年おきに戦争をしていましたが、大正3(1914)年の第一次世界大戦にも、連合国側として参戦しています。
第一次世界大戦でも、日本国内の軍事輸送は増大しました。
「軍弁」をはじめとする、移動する兵士のための供食事業は、より大きな仕事となりました。
しかし、戦後、欧州経済が復興してくると、日本経済は一転、不況となっていきます。
鉄道省は鉄道利用者の減少に頭を悩ませ、列車のスピードアップや観光誘致、海外からの旅行客の誘致を積極的に行い、駅弁の品質向上を目指した取り組みを行うのです。
―その意味では、現代の日本にも似たような雰囲気がありますね?
大正時代、鉄道省は、全国各地の「駅弁コンクール」を実施していました。
また掛け紙に投書欄を設けるなどしてサービス向上を図る一方で、各地の鉄道管理局は、品質向上を目的とした抜き打ち検査を行ったり、夏場の衛生管理を厳しくしました。
昭和初期、国立公園が誕生すると、国内の観光開発も進んで旅行熱も高まり、鉄道旅行は、富裕層のものから一般庶民が楽しむ時代へとなっていったんです。
(日本鉄道構内営業中央会・沼本事務局長インタビュー、つづく)
日本の“国民食”カレーも、軍隊の影響を大きく受けています。
とくに英国式を採用した旧海軍のカレーは、いまも海上自衛隊に受け継がれています。
戦後、平和な時代となって、日本でもさまざまなタイプのカレーが食べられるようになりました。
昭和30年代に登場したとされる、挽肉を使った「キーマカレー」もその1つ。
今回は、宇都宮駅に今春登場した新作「きぶなカレー」(800円)をご紹介しましょう。
宇都宮の病気除けのシンボル「きぶな」の伝説にちなんで、今年(2020年)4月に発売され、話題を呼んでいる「松廼家」の新作キーマカレー駅弁、「きぶなカレー」。
イエロー、レッド、グリーン、ブラックが日替りで販売されており、訪れた日はレッドでした。
掛け紙には、コロナ禍の収束を祈るように、きぶなの折り紙が添えられています。
自分で折ることができる「折り紙黄ぶな」も付いて、駅弁と共に日本文化を発信しています。
【おしながき】
・ターメリックライス
・レッドカレーソース ココナッツミルク 豚肉 玉ねぎ 人参 ナンプラー
・ゆで卵
・赤パプリカ
・ヤングコーン
・オクラ
・発芽にんにく
訪れた日は、宇都宮の最高気温が35度を超える猛暑日でした。
滝のような汗をかいた後、このレッドキーマをかき込むと、とても元気が出ました。
何かと気持ちが萎縮しがちなこの夏ですが、疫病退散を兼ねていただくには最高です。
昔は戦地に赴く兵士たちを支え、いまはコロナ禍と闘う私たちを応援する宇都宮の駅弁。
戦前は兵士たち1人1人の武運を、いまは私たち1人1人の健康を。
添えられた折り紙に、時代を超えて重なる、つくり手の皆さんの「祈り」を感じました。
宇都宮から分岐する日光線は、今年(2020年)8月1日で開業130周年を迎えました。
観光列車「いろは」にも、記念のヘッドマークが掲げられています。
日光の玄関口、軍都・宇都宮、加えて雪害の影響を受けやすい東北本線だったことも、かつて宇都宮で3社の駅弁業者が成り立っていた理由として考えられると言います。
「戦争と駅弁」、次回は昭和の戦争時代に注目していきます。
(参考)JR東日本大宮支社ニュースリリース・2020年7月16日分
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/
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