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『半沢直樹』に見る“印象付け”の極意

ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2020年8月23日 21時50分

『半沢直樹』に見る“印象付け”の極意

フリーアナウンサーの柿崎元子が、メディアとコミュニケーションを中心とするコラム「メディアリテラシー」。今回は、「印象付け」について—

『日曜劇場半沢直樹 公式ブック』出版:講談社(※画像はAmazonより)

【何がすごい? 印象付けのテクニック】

池井戸潤氏原作のテレビドラマ『半沢直樹』(TBSテレビ 毎週日曜21時~)が、毎週SNSをにぎわせトレンド入りしています。

7年前のシリーズも話題になりましたが、今回は視聴率や演技以上に名言が注目されています。これはコミュニケーション的にも、大変重要な示唆があります。

今回は、毎週話題になるセリフの何がすごいのか、なぜ私たちは惹きつけられるのか、その魅力を言葉の分野から分析してみました。

コミュニケーション上、相手の印象に残るためには、いくつかのテクニックが必要です。例えば“大きな声で訴える”は基本中の基本で、私たちも危険が迫ったときはもちろん、絶対にわかって欲しいとき、何としても聞き逃さないで聞いて欲しい場面では、無意識に大きな声を発しています。

半沢直樹も大きな声を出す場面が多いですね。あまりに互いに顔を近づけ、怒鳴っているかのような大きな声なので、飛沫は大丈夫なのか? といつも不安になります。

実際に、私たちがあそこまで顔を近づける場面などそうそうないのですが、相手との距離が離れれば離れるほど、伝えたいことを伝えるために大きな声は必須です。

ニッポン放送「メディアリテラシー」

【ゆっくり過ぎるぐらいゆっくり】

一方、私たちアナウンサーは、言葉を印象に残すためにさまざまな技術を駆使しています。強弱、緩急、繰り返し、そして間(ま)です。

何気ない話し方なのに説得力があるように聞こえるのは、これらの技術を効果的に使っているからです。そして半沢直樹に出演している役者さんのほとんどが、この手法をさらにパワーアップさせて取り入れています。

名言と言われるセリフを見て行きましょう。まず、今年(2020年)の流行語大賞の呼び声高い「お、し、ま、い……DEATH!」。

宿敵・大和田が半沢に対して、「組織に逆らったらどうなるか。自分は何としても生き残る。だが君はもう、おしまいです」と言い放つ場面で出ました。

「君はおしまいです。お、し、ま、い」と1つ1つの音をゆっくり発しています。いわゆる緩急です。厳密に言うと緩と急が逆で、先に普通の速度で話し、そのあとにゆっくり過ぎるぐらいゆっくり、一語一語発しています。

いわゆるメリハリが出ているのです。これだけでも強調感がすごいですが、“です”=DEATH(死)はあまりによく考えられたセリフでした。字幕が出ているわけではないので、私はすぐにはこの場面の奥深さに気が付かなかったぐらいです。

日本人には難しい英語の発音をここまでわかりやすく表現し、しかもジェスチャーまでつけるとは、さすがとしか言いようがありません。

日本人は身振り手振りを交えて話すのが苦手な人が多く、人差し指を1本出し「ひとつ大事なのは……」ぐらいはできますが、香川さんのように親指を使える人はそうはいないでしょう。緩急、英語、ジェスチャーと目が釘付けになったこの場面は、珠玉の名ゼリフと言えます。

ニッポン放送「メディアリテラシー」

【繰り返しとささやき】

次に、繰り返しのワザをてんこ盛りにしたのは、市川猿之助さん扮する伊佐山です。「詫びろ、詫びろ、詫びろ、詫びろ」と計8回繰り返されました。大きな声で、しかもだんだん大きくなるこの詫びろのオンパレードには、本当に驚きました。

繰り返し手法で身近なのは選挙です。立候補者の選挙カーが候補者名を連呼します。「柿崎元子、柿崎元子、柿崎元子をよろしくお願いします!」と、最低3回は繰り返します。名前を有権者に印象付けるためです。

私は何かを暗記しようとするとき、繰り返し唱えることを学生のころからやっていました。何度も反復して、自分の脳に刷り込もうとしていたのです。

さて、この第2話で濃厚な繰り返し手法を実施した上に、猿之助さんが試みたのは、セリフなのにも関わらず、声を出さずに口パクしたテクニックです。

私たちは聞こえないときには、耳をそばだてます。それを利用したもので、実際には音にしていないため聞こえるはずがないのですが、注意を惹くには最高のワザでした。

アナウンサーの技術では「ささやき法」と言います。「ここだけの話……」がそれです。それまでの声量やトーンとは全く変えて、あえてヒソヒソ話す。これによって、次に出て来る言葉やコメントがクローズアップされる、というわけです。

ニッポン放送「メディアリテラシー」

【やられたら、やり返す。倍返しだ!】

そして最後に、前回のシリーズからの名ゼリフ「やられたら、やり返す。倍返しだ!」を分析しましょう。このコメントには、印象に残すための要因がいくつか含まれています。

まずは短い言葉です。15文字しかありません。一息で言うことができます。人はダラダラした長い話は嫌いです。短く言うことには、それだけで価値があります。

また、3という数はとても覚えやすく、忘れにくいものです。句読点で句切られた3つのフレーズ、このフレーズが短さとあいまって、語呂のよさを醸し出しています。

そして最も興味深いのは、世の中の常識を否定していることです。常識はみんなが知っているから常識なのですが、例えば「大切なことはそれではない」と否定されると、「え? では、大切なことは何だろう?」と考えてしまうのが、聞いているほうの思考です。

「やられたら、やり返す」とは、一般的にはあまり考えられません。しかも倍返しなど、とてもできることではありません。こうした常識を否定するテクニックは、逆説的に私たちに驚きを与えるため、頭から離れないのです。

ニッポン放送「メディアリテラシー」

【技術を組み合わせる】

半沢直樹のキャストは歌舞伎の演者さんが多いため、舞台の表現力をお茶の間に持ち込み、テレビの世界にはなかった新しさがあるのかも知れません。しかし、コミュニケーション力が衰えたと言われる昨今では、顔芸も含め、私たちが参考にするべき点は多くあります。

ここにあげたセリフは、それ自体も非常に考えられたものでしょう。ただ、俳優さんたちは二重に、三重に高度なテクニックを組み合わせて、セリフのパワーを最大限に引き上げていました。これこそが、ここまでの人気につながっている理由ではないでしょうか。

現実の世界では、ここまで大げさに表現することはないかも知れません。でもいまだからこそ、話題に乗ってスキルを真似て、使ってみませんか? いまなら失敗しても、笑ってスルーすることができますよ。是非トライしてみましょう。

「やってみたら、意外とできなかった。実践だ!」……あー、ちょっと滑りました。 (了)

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