日本学術会議問題~会員候補6人が選ばれなかった「複雑な理由」
ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2020年10月12日 17時45分
自民党役員会に臨む二階俊博幹事長(左)と菅義偉首相=6日午前、東京・永田町の自民党本部
ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(10月12日放送)に慶應義塾大学教授・国際政治学者の細谷雄一が出演。日本学術会議の会員候補6名が任命されなかった報道について解説した。
日本学術会議、予算や機構など見直し検討へ
日本学術会議の会員候補6人が任命されなかったことを受け、自民党は会議のあり方を検討し直す必要があるとして、作業チームを新たに設けて議論を始めることにしている。また、河野行政改革担当大臣は自民党からの要請を踏まえて、政府の事業全般の検証のなかで、会議の予算や機構について検討して行く考えを示した。
飯田)年間で10億円の公費が入っていることや、活動の内容などについても検討するということです。一方で、「学問の自由が」という批判もあります。最初にこのニュースを見たときは、どうご覧になりましたか?
選ばれなかったのは「何が問題だったのか」が見えない
細谷)多くの方々がこのニュースを見たときに、「何が問題なのか」が見えにくかっただろうと思います。政府は……この場合は菅総理ということですが、6人の候補を任命しなかった。しかし、その理由がよくわからない。「総合的、俯瞰的に見て、この6人に何か問題があったのだろうか」ということが、多くの方々が疑問に感じたことだと思います。特に、いままでの上の世代の方々とは違って、例えば、私の専門に近い方であれば、宇野重規さん、それから加藤陽子さんという、政治学と歴史学で非常に有名で、活躍もしていて、バランスの取れた方々です。この2人が外されたということに対する反発が、私の周りでは非常に強くありました。総理も「個々の研究者の方々の業績によって排除したわけではない」とおっしゃっていましたが、だとすれば、「何が問題だったのか」というところが見えないわけです。
「軍事的安全保障研究に関する声明」の「戦争に協力するような科学研究を行ってはいけない」という内容~軍事目的の範囲がわからない
細谷)政府がなぜこのような判断をしたのか。政府がこの問題に対して明確に説明していないので、あくまでこれは私の推測ということになりますが、最も大きいのが2017年に日本学術会議が出した「軍事的安全保障研究に関する声明」のなかで、日本の大学、研究機関が軍事的安全保障研究を行う場合に、厳しい制約を課す、審査をするということです。2015年に防衛省、防衛装備庁が、「安全保障技術研究推進制度」というものをつくりました。
飯田)はい。
細谷)防衛省のさまざまな開発に関して、自分たちだけでは対応できないので、大学や企業に協力して欲しいというものですが、サイバー攻撃や宇宙など、とても防衛省だけでは研究が進まない。宇宙の研究や、サイバーの研究、AIというものは、防衛省のなかでやるのではなくて、最先端の研究をしている大学や研究機関にやって欲しいということです。ところが、この制度を用いようとしたいくつかの大学が応募したら、「これを受け取るな」と上から圧力をかけられた。どういうことかと言うと、2017年の日本学術会議の「軍事的安全保障研究に関する声明」つまりは、「戦争に協力するような科学研究を行ってはいけない」という内容です。もともとは1950年にできたものです。科学者が戦争に協力してはいけないということです。これはまだ理解可能なのですが、1967年にこれがさらに広がり、「軍事目的のための科学研究は行わない」ということになりました。「軍事目的とはいったい何か」ということになり、例えば、軍事史とか戦争研究は軍事目的になるのかなど、軍事目的の範囲がよくわからないのです。
サイバーなどについて大学や研究所と協力したい防衛省~軍事目的との判断で協力できなくなってしまう大学側
細谷)科学者の方々がAIの研究をしていたり、サイバー攻撃などインターネットの研究をしていたり、ということが果たして軍事目的なのかということですが、科学者の方々は軍事目的にやっているわけではない。ところが、軍事目的の研究をしてはいけないということになると、この範囲が見えません。このなかで拡大解釈する方と縮小解釈する方がいて、これはそれぞれの大学、研究機関によって違いますけれども、これを拡大解釈すると、いろいろな研究をしている方からすれば「その研究はやってはいけない研究だ」ということになってしまう。科学者のなかからも反発が出ていました。そのことによって、日本が国際的な科学技術の競争で遅れてしまうという焦りが政府のなかでありました。文科省の予算は限られていますから、サイバーやAIというものを、防衛省を通じて協力して行いたい。ところが、大学側は「それについては防衛省から予算を受け取るな」ということで、やめることになってしまう。
日本学術会議のあり方に不満があった政府
細谷)その反発のなかで、従来のような形で、日本学術会議が前の方が推薦する形だと、同じような考えを持った人しか会員にならないのではないかという不満が、政府や官邸のなかにあり、従って、名簿を見ずに、今回はこのような形で任命しなかった。名簿をきちんと見ずに、1人ひとりの業績で判断せず、総合的、俯瞰的に判断するということは、多くの人は納得できないと思います。非常にわかりにくい摩擦になってしまったということです。
学問に政治・権力が恣意的に介入することは避けるべき~それを隠れ蓑に社会的要請に応えないということもしてはならない
飯田)議論の行方がいろいろなところに行っていて、学術会議や、学問をしている全体の機構として、あまりに一般人を見下し過ぎだというところにまで話が及んでしまっています。そういうところの議論までを、政府側が意図していたのかも知れませんけれども。
細谷)やはり、学問に対して政治・権力が恣意的に介入するということは、我々は避けなければならない。しかしながら、それを隠れ蓑に、自主努力をしない、自浄効果を果たさない、あるいは、さまざまな社会的要請に応えないということも、納得してもらえない。この2つをどう均衡させるかということだと思いますが、私は政府の最初のやり方があまりよくなかったのではないかと思います。
日本学術会議も選考方法についての説明が必要
飯田)他方、学術会議に推薦で出して来る、それを総理が任命するということについて、推薦するリストの選び方も、学者の方、特に若手の人たちで任期付のポストでやっている人たちからすると、「何を言っているんだ。俺たちを代表している気になってくれるな」と指摘される方もいらっしゃいます。
細谷)おっしゃる通りです。政府側もきちんと説明しなければいけないのですが、日本学術会議もどのような選考方法で、どのような人たちを推薦しているのかということについて、一切外からの要求に対して説明する必要がないというわけではないと思います。「専門家で信頼できるから、専門がわからない人間は口を出すな」ということになると、今度は日本学術会議に対する反発も出ます。
先進国のなかで博士号取得者数が減っているのは日本だけ~学会全体の雇用にも絡む
飯田)防衛省が研究開発費を出すという仕組みの話がありましたが、そういうところで予算が取れないと、いま下で研究してもらっている人たちを解雇せざるを得なくなるとか、「博士号を取ったけれども」というような、学会全体の雇用の話も絡んでいることでもあります。
細谷)最近の報道では、日本だけが、先進国のなかで博士号取得者数が減っている。しかも、科学競争ランキングも日本は16位くらい。技術イノベーションのランキングで34位。90年代とは違って、日本はこの点では、先進国の座から落ちかねない状態にあるわけです。これに対して、政府がより予算を充実させることと同時に、学者のコミュニティでも、より若手が研究しやすい環境を真剣に考えなければいけないと思います。学問の自由ということにのみ安住していると、社会からの批判も増えて来ると思います。
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