「核兵器禁止条約」発効へ~日本が条約に入らない2つの理由
ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2020年10月26日 17時40分
核兵器禁止条約の来年1月の発効が決まったことを受け、開かれた記念集会に集まった人たち=25日午後、広島市
ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(10月26日放送)に慶應義塾大学教授・国際政治学者の神保謙が出演。核兵器禁止条約が2021年1月22日に発効されるというニュースについて解説した。
核兵器禁止条約、2021年1月に発効へ
核兵器を違法として開発、保有、使用を禁じた初めての条約、核兵器禁止条約が10月24日、50の国と地域の批准という発効の条件を満たし、2021年1月22日に発効することになった。これに対し、国連安全保障理事会の常任理事国で核保有国のアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の5ヵ国は、「条約は安全保障情勢を考慮しておらず、核軍縮は段階的に進めるべきだ」と反対の姿勢を示している。
飯田)メールもいただいております。千葉県千葉市緑区の“サトル”さん、68歳の男性から、「核兵器禁止条約発効に必要な50ヵ国が達成しましたが、唯一の被爆国である日本が参加していないのが残念で仕方がありません。核兵器廃絶を世界に訴えるには、参加してこそ意味があると思います」ということです。今朝(26日)の朝日、毎日、東京新聞各々1面トップで、論調としてもこういう形でありました。これは、国際政治学という立場からどうご覧になられますか?
神保)まず、私はこの50ヵ国が核兵器を保有、使用しないということを法的に宣言したということは、核拡散を防止するという観点からはプラスであると思います。この10年間は、核をめぐる状況は悪くなっています。北朝鮮を見ても、米露を見ても、中国を見てもそうなのですが、そのなかで、核兵器に関して完全に法的な距離を取って行くということを宣言したことはよかったと思います。
日本が「核兵器禁止条約」に入らない2つの理由
神保)日本がなぜ入らないかということですが、政府からすると、2つ理由の説明の仕方があります。日本は核廃絶を長期的な目標に据えているわけですが、階段は1歩ずつ上って行くもので、一足飛びには実現できません。直ちに法的な拘束力を持って、使用や保有を禁止するということになると、核の傘の下にいる日本としては、この核の傘を万全にすることが難しくなるというのが1つです。もう1つは、法的拘束力を持った枠組みをつくって核保有国を批判するということになると、保有国と非保有国の溝を深めてしまって、実質的な核軍縮の健全な対話が先に進まないという見方をしているわけです。
現実世界に存在する核をどのように管理するか
神保)それぞれ、もっともな論点なのですが、私は日本が取り組むべきは、「現実世界に存在する核をどのように管理するか」ということだと思います。少なくとも、4~5点くらい論点があります。1つ目は、米露です。まさにSTART後継条約において、戦略核をどのように管理するかという話。2つ目は、台頭する中国の核兵器が近代化しているということ。そして3つ目がインドとパキスタン。4つ目は北朝鮮。そして最後に潜在的な核開発の可能性がある国々という、5つくらいの問題があり、それぞれのアプローチがあるわけです。一概に「法的な拘束力で行きましょう」と言っても、5つの分野に、さほど作用するとは言えないわけです。これらの問題に真摯に取り組むことこそが、日本としての責任ある姿勢ではないかと思います。
飯田)特に、中国に関しては、26日に読売新聞が記事にしていますが、「我々は常に核全廃を主張して来ているのだ」ということです。「よくこんなことが言えるな」と思うのですが、この国は言うのですね。
神保)北朝鮮も公式声明を読むと「我々は究極的な核廃絶を要望する」と言っていますし、アメリカも、トランプ政権になってからは言わなくなりましたが、オバマ大統領の時代は「ニュークリアゼロを目指す」と言っていたわけです。何を目指すかということに関しては、長期的な目標は一緒だけれども、「そこに到達するまでの期間に、どのような形で核兵器を安全に管理して行くか」ということこそが求められなければいけないということです。
北朝鮮のような場合、どのようなディールで非核化を達成して行くか
飯田)そうすると、核不拡散であるとか、物資を輸出入でどう管理するかということまで、実際問題としては入るわけですか?
神保)そうですね。オバマ政権の時代から「核セキュリティ・サミット」というサミットにおいて、特に核関連物質の管理や、原子力の平和利用をめぐる国際的な核サイクルをどうして行くかということに関しては、議論を進めて、幸いなことに、テロリストが核兵器を使うというような、悲劇的な事態は、現時点では抑えられています。この努力はずっと続けて行かなければいけないということだと思います。ただ、他方で、特に北朝鮮のように、核開発自体はプルトニウム型であれ、ウラン濃縮型であれ、進んでいるでしょうから、北朝鮮のような問題をどのように扱うのか。一足飛びに非核化が達成できるという形にできないのであれば、その期間において、しっかりと核抑止をかけて行く。もし、北朝鮮が交渉に乗って来た場合には、どのようなディールで非核化を達成して行くかということを、真面目に考えなければいけないということだと思います。
リビアなど、いい事例となっていない「交渉の非核化」
飯田)なかなか、国が非核化するというのは難しいのかなと思う一方で、南アフリカは潜在的に核を持っていたと言われていましたが、廃絶されたということになっています。
神保)核を手放したという事例はいくつかあります。例えば冷戦後のウクライナやベラルーシ。南アフリカは、民主化の過程のなかで核を手放すと決めました。そしてリビアです。カダフィ大佐が、イギリス、アメリカとディールをして、最終的には出すということになりました。いろいろなモデルがあるのですが、ポイントは、「核兵器がなくても安全の保障が担保される」という条件を国際社会が示して、安全保障と非核化のディールが成立したということが大事だと思います。ところが、イラクはまた別のケースですけれども、リビアのケースや、核兵器の開発に従事して、それを手放した国の運命が必ずしもよくない。北朝鮮がそれを見ると「結局非核化しても安全の保障なんて担保されないではないか」ということになってしまったので、交渉による非核化というのは、いい事例として記憶されていません。
飯田)なるほど。
神保)成功例をどのように国際社会がつくって行くのかということも、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)など、核禁条約の動きと並行して、同じくらいのエネルギーをかけてこちらにも取り組んで行かなければいけないということだと思います。
いまの国際社会のなかで「誰が保障できるのか」
飯田)リビアやイラクの事例というのは、アメリカが唯一の超大国だったということでいろいろと振る舞えた。いまは中国も台頭して来たということで、どこが引っ張って行くのかということが見えにくい国際社会のなかで、「誰が保障できるのか」という話になりますよね。
神保)北朝鮮にすれば、核兵器を手放すインセンティブは、ますます遠のいていると思います。もし、ここで外交を再開させて、アメリカだけでなく中国、ロシア、そして韓国が乗るような形で、共同で安全保障を北朝鮮に対して提供するというモデルができればいいですが、なかなかこの方程式をつくり上げることは難しいと思います。
バイデン氏が当選すればイランとの核合意は再構成される
飯田)それを中東に当てはめると、イランを相手にする核合意が、それをやろうとしていたところはあるということですか?
神保)そうです。これは、トランプ政権が精算してしまったのですが、EUや他の中東諸国をはじめとして、再度イランの核合意をつくりかえるという動きに関しては、やりたいという気持ちが強いと思います。もしアメリカ大統領選でバイデンさんが当選すれば、前のイラン合意を率いたチームが戻って来ますから、おそらくイランとの核合意を再構成するという動きになるのではないかと思います。
飯田)お話を伺っていると、それだけ厳しいにもかかわらず、50ヵ国が署名したということが逆説的にいいことであるということですね?
神保)これだけ厳しい世界において、核を持たないという宣言をしたということは、純粋に褒めるべきだと思います。
核の傘に守られる日本が核兵器の使用を禁止すれば矛盾が生まれる
飯田)他方、日本はそんなにいい環境にはないと。
神保)当然、これは他の同盟国、NATOもそうですし、日米同盟もオーストラリアも韓国もそうですが、核兵器の使用を禁止してしまったら、核を使わないということですから、「日本に核を撃ちこまれても、アメリカが報復を法的に縛られるということを日本は言いたいのですか」ということになってしまって、明らかに核の傘とは矛盾してしまうということは踏まえなければいけないと思います。
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