外交文書公開~天安門事件当時の日中関係から学ぶこと
ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2020年12月24日 17時40分
天安門広場に近い長安街で、戦車の列に一人で立ちはだかり、前進を阻止しようとする男性(左下)。その後戦車は向きを変えた。男性は無事だった=1989(平成元)年6月5日(ロイター=共同)、 「ザ・クロニクル 戦後日本の70年」第9巻使用画像(P161)
ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(12月24日放送)にジャーナリストの鈴木哲夫が出演。外務省が行った外交文書公開のニュースを受け、天安門事件当時と現在の日中関係について解説した。
外交文書公開
外務省は12月23日、1987年~1990年の外交文書26冊、およそ1万600ページを一般公開した。1989年6月4日の天安門事件に関連する記録では、日本政府が事件発生当日、中国を国際的に孤立化させるのは得策でないと懸念し、先進7ヵ国 (G7)としての共同制裁を拒否する方針を固めていたことがわかるなど、当時の様子が克明に記されている。
飯田)天安門事件、その前後の中国との関係というものが、24日の各紙面でもクローズアップされています。
いまの時代を踏まえて振り返る作業が必要
鈴木)外交文書は30年がいいのかどうか。継続するようなものはもっと長くて50年くらいでいいのではという議論もあったし、もっと短くてもいいというのもありました。大切なことは、「そういうこともあったね」という単なるノスタルジーではなく、「いまの時代を踏まえて振り返る」という作業をするということです。当時を振り返ることによって、外交はその後どう進んだのか。30年はかなり長いけれども、「そこに原点回帰すべきではないか」ということも出て来るかも知れません。
飯田)まさにこの時期は、冷戦が終わり、新しい秩序がやって来るという前後の時期にあたります。現在、安全保障に関しては、当時と同じ議論をしていますよね。
鈴木)そうです。そういう意味でも「懐かしいな」だけではなく、いまに当てはめるということに意味があるのだと思います。
飯田)そうですね。
1988年には開かれた中国で「日本ブーム」が起こっていた
鈴木)天安門事件というのは1989年でしょう。この前年の88年に、私はある企画の取材で中国に1週間ほど行っているのです。当時の中国は日本ブームで、多くの大学生たちが日本語を勉強していました。どんどん世界へ出て、西側や日本などと交流して行こうという、「開かれた中国」のブームが凄かったのです。それを私は取材に行ったわけです。日本語を教えている大学の日本語学科に行ったら、30人くらいの中国の若い学生さんたちがいて、日本語でインタビューをして日本語でその答えが返って来るという形でした。「私たちは世界に出て行きたい」と彼らは語っていました。
自由化に対して開かれ過ぎた中国の揺り戻しが「天安門事件」につながった
鈴木)そして、その翌年に天安門事件が起こったのです。私がインタビューをしたような学生たちが、映像で見ると、戦車や兵士にやられているのです。それで、私はあのとき、「自由化に対して開き過ぎた」のだと思いました。それに対して、象徴的に引き締める、揺り戻しのようなものが天安門事件だったと思います。
天安門事件当時の日中関係に通じる現在~米中の間に日本の存在感を示すべき
鈴木)当時の文書を読むと「中国を非難すべきだ」と西側諸国は言っていたけれども、日本だけは「やり過ぎると開放的になっていた中国が、より閉じてしまうから、慎重に行くべきだ」と言っていた。当時の日本と中国が開かれた関係で、いい方向に進んでいたなかで、「慎重に行くべきだ」と言っていた日本は、裏でそういう外交をやっていたのだなと思って、「ああ」と思いました。これはいまも続いていると。
飯田)なるほど。
鈴木)安倍さんが総理になる前に、思想的に言えば、中国に対して厳しくと、尖閣などは厳しく対応していました。だけど、「中国とは是々非々で行くのだ」と。言うべきは言う。向こうがいらないことをやって来れば、こちらもやり返す。だけど、対話は続けて行く。中国の解放部分とWin-Winで経済協力する。安倍政権の間、それを通して来ました。だから、そういう意味では、まさにいま同じことが大事なのではないかと。我慢するというわけではないのだけれども、日本は日本で武器をチラつかせながら、Win-Winの関係で行く。つまり、外交の主導権を日本が握るということです。そんないまに通じるものを天安門事件から感じます。
飯田)この当時は経済力の面で中国と相当差があったということもありました。
鈴木)大きな差がありました。「日本、お願い!」的な空気で、取材に行っただけで、ものすごく歓迎されました。
飯田)いまは経済力では変わったけれども、アメリカとの関係性の強さのようなものが続いているうちは、向こうから対話しようとして来る。
鈴木)そこを日本は強かに掴めばいい。私はアメリカとも等距離であるべきだと思います。アメリカと中国の間に日本という存在ができることが、いちばんいいと思っています。
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