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対面コミュニケーションでいちばん大事なこと

ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2021年1月12日 17時20分

対面コミュニケーションでいちばん大事なこと

フリーアナウンサーの柿崎元子による、メディアとコミュニケーションを中心とするコラム「メディアリテラシー」。今回は、コロナ禍に行われたメルケル首相の演説から学ぶ、コミュニケーションと感情について—

2018年10月29日、ベルリンで記者会見するドイツのメルケル首相(ゲッティ=共同) 写真提供:共同通信社

【もどかしいオンライン】

2020年は、新型コロナウイルスがすべての中心となってしまいました。営業、勉強、面接、恋愛、あらゆる場面で苦労することになりました。

対面でのコミュニケーションができなくなって感じるのは、人にものを伝えることがこんなに大変だったのか……ということです。相手の反応や気配、雰囲気は思いのほか大切な要素でした。

オンラインには慣れて来たかも知れませんが、やはり「伝わっているはず!」と思っても、そうでもないことがある上に、手さぐりの感じがもどかしいと感じることが多くありました。

ドイツ西部ケルンで、新型コロナの検査のため歩行者から検体を採取する医療従事者(ドイツ・ケルン)=2020年10月15日 EPA=時事 写真提供:時事通信

【感情を込めた独首相の演説】

2020年12月9日、ドイツの新型コロナウイルスによる死者数が、1日で過去最多の590人になったことを受けて、メルケル首相が連邦議会で演説しました。

こぶしを握り、何度も何度も振り下ろし、時にはお願いするように両手を合わせて、懸命に危機感を訴えました。私はまったくドイツ語がわかりませんが、声を震わせ、悲しみの表情で、もしかしたら涙を浮かべているのではないかと思うような、力のこもった渾身の演説でした。

海外でのクリスマスは、日本のお正月のように全国から家族が集まって来ます。その直前に多くの人と接すると、せっかくおじいちゃん、おばあちゃんと過ごしても、「それが最後になってしまいかねない」とメルケル首相は言いました。きつい一言です。

さらにドイツでは、屋外でホットワインを飲む習慣があるようで、おそらく伝統的な大事なイベントの1つなのでしょう。彼女はそれに理解を示すけれども、その代償が何百人もの命だとしたら、受け入れることはできないと訴えました。

地元メディアは、常に冷静な彼女にはない、「最も感情的な演説ではないか」と報じました。

ニッポン放送「メディアリテラシー」

【なぜ外国人でも伝わるのか】

上手く演説するにはどうしたらいいのか、心に残るスピーチとは何か。これはもしかしたら、日本人の永遠の課題と言えるかも知れません。

「まずは結論から話しましょう」「つかみが大事です」「印象に残る言葉を入れましょう」など、スピーチのためのHow to本はたくさん世に出回っています。メルケルさんの話を分析すると、おそらく一般的なスピーチのポイントは押さえられているでしょう。

ただ、それがなくても外国人の私たちでさえ突き動かされるものがあります。内容がわからなくても、伝わる何かがあります。それはいったい何なのでしょうか?

ニッポン放送「メディアリテラシー」

【相手に伝わらない理由とは】

例えば2020年12月17日、東京都の小池知事は「年末年始コロナ特別警報」を出しました。小池知事と言えば「3密」「感染爆発」「重大局面」など、人々の印象に残る言葉を繰り出し、フリップを使って関心を高める手法をとります。

当初はメディアを知り尽くしたさすがの対応と思いました。しかし、この日は言葉の魔術にはまったかのようでした。メディアに取り上げてもらうために、見出しになりやすい言葉を選び、人々の印象に残すことだけに終始し、言葉が上滑りしていました。大事なことを忘れてしまったかのように見えました。

スピーチで最も大切なこととは何か。それは「気持ち」です。

一般的に、気持ちを込めることが日本人は苦手です。私たちアナウンサーは発声や発音、アクセントを正しく学び、明瞭に話すことが求められます。しかし、その上で場面に応じた気持ちを乗せてしゃべります。

この番組は楽しい気持ちで見て欲しい、だから自分も楽しむ。その結果、表情が笑顔になる。また、このニュースでは事件の悲惨さをわかって欲しい、だから被害者の気持ちを考える。結果、抑揚が大きくなる。というように、見ている人、聞いている人の感情を動かすことを大事にします。

逆に言えば、気持ちを乗せないとしゃべることができないかも知れません。どんなに論理的に話しても、わかりやすい言葉を選んでも、そこに想いや情熱がないと、その話は相手に伝わらないのです。

ニッポン放送「メディアリテラシー」

【やる気がないなら帰ってくれないか】

私がアナウンサーになりたてのころ、ダイエットの番組がありました。太っている女性が3ヵ月がんばってダイエットをして、その美しさを競うコンテストの番組です。

私はノミネートされた人たちにインタビューする役割でした。全国放送で大きなスポンサーがついており、進行するのも大物司会者で、私にとっても初の大きな番組と言えるものでした。

しかし、私には担当したくない理由がありました。私自身が太っていたのです。60キロに近い体重の私が、コンテストに出ている人と並んでインタビューをすることは、恥だと思っていました。

そんな私に、大物有名司会者がリハーサルでこう怒鳴ったのです。「君さ、やる気がないなら帰ってくれないか?」……気持ちを見抜かれたと思いました。「何で私がこんな仕事をしているわけ?」といった態度や表情だったのでしょう。顔面蒼白の大失態でした。

それほど気持ちは声や態度に出るのです。ですから人前で話すときは、想いや情熱がなければ伝わらないと言えるのです。

東京、警戒度最高レベル  記者会見する東京都の小池百合子知事=2020年7月15日午後、都庁 写真提供:共同通信社

【感情を込めて想いを伝える】

小池知事は、覚えやすさや目新しさを上手にコントロールし、ロックダウンやウィズコロナ、ソーシャルディスタンスなどの言葉で、人々の危機感をいい意味であおり、コロナと戦う気持ちを共有させて来ました。

しかし、12月17日の会見では、目力もなければ声にも覇気がなく、しぐさも落ち着きがないように見えました。言葉に感情を乗せることができず、「コロナ特別警報」は空虚なものとなってしまったと言えます。

その理由はわかりません。政治の世界はいろいろな事情があるのでしょう。その事情に流されてしまったのかも知れません。メルケル首相の演説が話題になっているなかでは、一層目立ってしまったと私は感じました。

スピーチ下手な日本人、人とのコミュニケーションが苦手な日本人は、技術ばかりを追い求めることを反省し、感情をこめて想いを伝える、気持ちを置いてきぼりにしない、原点に返るべきだと思いました。辛いスタートになりましたが、よい1年にしたいものです。 (了)

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