押し付けられた雑用を毎晩させられている官僚~政治家と官僚のあり方を元官房副長官・松井孝治が語る
ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2021年2月6日 11時45分
参院予算委員会で答弁を巡り菅義偉首相(中央)へ詰め寄る与野党の理事=27日午後、国会・参院第1委員会室(春名中撮影)
ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(2月5日放送)に元内閣官房副長官で慶應義塾大学教授の松井孝治が出演。日本における政治家と官僚のあり方について解説した。
押し付けられた雑用を毎晩させられている現在の官僚
安倍前政権と比較すると、現在の菅政権は総理のトップダウンの度合いが強いという見方もある。ここでは、民主党政権で内閣官房副長官を務めた松井孝治に、政治家と官僚のあり方について訊く。
飯田)政策の決め方というところで、「月刊正論」3月号で厚労官僚だった千正康裕さんとの対談「ブラック霞が関改革待ったなし」という記事も出ておりますが、働く身としては相当厳しさが増しているのですね。
松井)そうですね。彼と話をして、聞いてみると、私たちの時代とはまったく違う、悲惨な状況です。残業時間の方は私たちのほうが長いです。いまのほうが少なくなっています。しかし働く中身が違う。私たちは楽しく、どこまで仕事でどこまで趣味なのかという議論もしていたし、馬鹿話も含めて、夜中の2時、3時まで議論をしていたけれども、いまの人たちは押し付けられた雑用を毎晩させられている。「自分で仕事をしている」という感じではなくなっているのが、気の毒な感じがしますね。
飯田)それは政治側からの要求が高いということですか?
松井)そうですね。半分くらいは政治の責任ではないですか。もう半分は、世の中からのいろいろな苦情がたくさんある。特に厚労省のような役所はそうですよね。行政分野が国民生活そのものですから、医療、介護、年金など、その苦情にどう答えるかということで忙殺されてしまう。政策の仕組み自体をどう変えて行くのか、どうしたら世の中のためになるような制度をつくれるのか、というようなことができない。過去に、例えば介護保険を導入するような人たちは、そういうことを考えて、それが仕事であったし喜びであったわけです。「自分たちは、日本の新しい時代の社会保障をつくって行くのだ」と。しかし、いまはそうではなくて、それらの綻びを、「ここが破れているのではないか、ここが漏れているのではないか」ということを追及されて、それを防御するのが仕事という感じになってしまっているのです。少しかわいそうですね。
資料づくりで手一杯になってしまっている~違う働かせ方があるのではないか
飯田)「我々がこの法律のこの文言を変えるとこうなるのだ」という源流から海までというところ、それを見渡す余裕がないということですか?
松井)それを見渡して、「国民生活や介護の現場でこういうことになっている。それを何とかするために、この制度のこの文言を変えて、この解釈を変えて、お金も少しかかるけれども、そこは財政当局と交渉して」という大変な仕事だけれども、それがかつては見えていたと思うのです。しかしいまは、「ここでこんな問題が起こっている」と。「どうするのだ、どうするのだ」と、とにかく追及されて、それに防戦一方になってしまっている。自分たちのできることは限られているのだけれども、「とにかくお前は前に出て答えろ 」と言われて「その資料をつくれ」ということを言われているので、少し本末転倒になっているのではないかなと。彼らをあそこまで働かせるなら、もう少し違う働かせ方をした方が、人々の生活のために役に立つし、そうすると人間は元気が出るのですよ。「自分はこのためにやっているのだ」という。
飯田)ある意味やりがいのような。
国会議員に怒られるために働いているのか
松井)ええ。例えば居酒屋でも、お客さんが喜んでくれる、その喜びのために少し大変だけれども、おいしいものをつくってサービスをよくして行く。その笑顔が見えればいいのだけれども、その笑顔が見られないと「何のために働いているのか。国会議員に怒られるために働いているのか」ということになると、同じ残業時間でも、人間は壊れて行くのですよ。そして、「壊している」という自覚が政治家にないことが、私はすごく腹が立つのです。「お前らはこの人たちの情熱を潰しているのだぞ」と。自分たちの当選のためにやっているのに、正義のために戦っているような顔をしている……ということに私は腹が立ちます。実は与党議員だって「もう少し守ってやれよ」と。なぜこの人たちを前面に立たせているのかと思います。
飯田)参考人や政府答弁の形で矢面に立たされることもありますし。
松井)野党合同ヒアリングなどでも、政治家対政治家で、「もう少しあなたたちが仕切ってあげなよ」と思うこともあります。
「資料を読めば答えている形になる」という国会のやり方をしている国は日本だけ
飯田)質問をとりに行ったり、レクチャーに行ったりしても、議員から怒鳴られてボコボコにされて帰って来ることも多いしと。
松井)真っ当に働かせた方がいいですよ。みんなの財産なのですから。みんなの税金で雇っていて、彼らはもともとそういう仕事のために働きたいと。千正康裕さんなどはまさにそうですよ。NPOの人たちや患者さんなどに話を聞きながら、どうやって世の中をよくすることができるか、ということを一生懸命やりたい。「やりたいけれどできない」ということを彼は訴えて、間違って掛かってしまった歯車を是正するために、彼は人生を賭けて辞めたのです。私は「あなたのような人は辞めずに働いたほうがいい」と言ったのですが、「辞めて後輩たちのために訴えたい」という人なのです。
飯田)官僚の方々と話をすると、皆さん情熱的だし、危機感も持っていて、日本をよくしたいと思っているのだけれども、働き方のことを議論すると、「政治が変わらないとダメなのですよ。僕らだけでは」ということを常に言う方がいらっしゃいます。
松井)私たちの時代では、役人の奥さんは専業主婦の人が圧倒的に多かったです。だから、みんな土曜、日曜も、「疲れているだろうから昼1時に集合で」というような時代だったのですが、いまの時代では、それでは社会が持たない。みんな家庭では家事も育児も分担しています。そんなことをするとブラック家庭になってしまうから、そういうことも含めて、我々の時代とは違うのだけれど、まだそれをわかっていない先輩や政治家も多いのです。
飯田)なるほど。
松井)社会のあり方は変わっている、自分たちもそれを主導しているのだから、それに合わせた働き方を考えて行きましょうと彼らは言っていて、それは私たちも考えて行かなくてはいけないし、国会のあり方についても考えなくてはいけない。本来は政治家同士でやる話を、すべて質問表をつくって、参考資料までつくって、毎朝それの大臣レクをして、「知らないけれど、とにかくそれを読めば答えている形になる」という国会のやり方をしている国は、私が知る限り日本だけですよ。泣きながら朝まで大臣の答弁資料をつくっている方、追加資料や想定問答や参考資料などすべて1枚の紙にまとめろと言われて、すべてつくり直してと。そういうことに労力を使うなら、もっと現場で苦しんでいる人たちの声に耳を傾けて、「どうしたら世の中がよくなるのか」ということに役人の労力を使ったほうがいいですよ。
政治家にはもっと討論して欲しい
飯田)それが深夜までかかるというのも、質問通告は2日前までとなっているけれども、完全にそれが形骸化しているという。繰り上がったら、大きく変わるということはないかも知れませんが、ここも1つ大きなネックになっていますよね。
松井)「知らないことを大臣に一夜づけで答えさせる」という連続のゲームをやるのではなくて、課長クラスの役人が、夜5時から7時限定で、「何でも専門的なことを質問してください。すべてに答えますから。その代わり勉強して来てください」とするべきです。彼らは答弁資料などなくても答えられるわけですから。場合によっては大臣などいなくていいから、彼らで専門的な議論をさせるということもしたほうがいいです。そして、大臣と、野党の政治家には、やはりもっと討論して欲しいですよ。お互いが、丁々発止の。それが、日本がモデルとするイギリスの議会なのです。
飯田)もっと射程の長い話や、戦略に関わる話ですよね。
党首討論をするべき~堂々と横綱相撲で議論をする
松井)「代案を出せ」ということも言われますが、イギリスの議会を見ていると、必ず「で、お前らのときは何をやったんだ」ということを、いまの総理や大臣が聞くのです。「お前の政権のときはこうだっただろう。それはどう言うのか」と言われると、こちら側も責めるだけではなく、「そうではなくて、俺たちの場合はこういうことがあった。俺たちならこうやっているよ」という議論をしなければ、代案も出て来ない。実はいまから20年前に、いま野党の元締めの1人である小沢一郎先生などを含めて、「日本の国会を変えましょう」と決めたのに、そのときの目玉である党首討論なんてほとんどやらないでしょう。党首討論をやるときは、役人が答弁なんてつくれないですよ。
飯田)そうですよね、その代わり、総理側も与党側も質問ができると。
松井)お互い細かいことで揚げ足をとるようなことをやっていたら笑われると。大将戦でしょう。大将と大将がぶつかり合って、横綱相撲をするのでしょう。そのときに、いきなり猫騙しなどをしたら笑われます。「堂々と議論をしなさい」と。そういう国会にすれば、官僚の負担も減るのです。官僚の細部の部分は、本当に専門的な勉強をしたい人間が、実務家の役人とガチでやったらいいのですよ。そうすれば、国会の様相も国民に見える姿もすべて変わるのです。
飯田)専門的な議論を課長レベルとやろうとすれば、野党側、あるいは政党ごとにある意味バックとなるシンクタンクなどもいると。
松井)自分の情報ソースを持たなくてはいけないのですよ。いまのように、役人に質問をつくって欲しいというようなことを言っていたら話にならないのです。それをやりたい与党の議員もいるのです。しかし、いまは事前審査制ですから、事前にすべて党本部や議員会館で話を聞いて、すべてそこで決着がついたものが国会で出て来るから、国会でまともな議論ができないのです。
『七人の侍』に学ぶ公務員人事制度改革論
飯田)与党議員からすると、「そこで俺たちが一生懸命議論しているのに、どうしてわかってくれないのか」と。
松井)しかし、そもそも、その姿を国民に見せていませんから。恥ずかしい議論ではないのだから、国民に見せなさいよと。なかには、「俺のところにこれをくれ」というようなことを言う人もいますが、そういう議論をしている与党議員ばかりではないのです。きちんと政策の議論をしている与党議員もいるのですが、あなたが見せていないのだから。映画『七人の侍』では、あの7人組は百姓との関係のなかでコミュニケーションを取っているのです。百姓と共に戦っているのです。百姓は単に7人の統治者だけを見て文句をつけているのではなくて、一緒に戦っているのです。一緒に悩みを議論しているのです。そのコミュニケーションが政治と官僚、あるいは国民に「自分たちがどうやって議論して悩んでいるのか」ということを見せていないから、国民は単なる評論家になってしまうのです。「あれが足りない。これが足りない」と、巻き込めていないのです。
飯田)まさにその辺り、中央公論に「『七人の侍』に学ぶ公務員人事制度改革論」という寄稿もされていらっしゃいます。
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