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「その写真が私と妻の唯一の記録」~3.11被災者が写真家に語った言葉

ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2021年3月9日 17時20分

「その写真が私と妻の唯一の記録」~3.11被災者が写真家に語った言葉

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

扶桑社『災害列島・日本 49人の写真家が伝える“地球異変”の記録』(3.11写真記録委員会 編)

東日本大震災から10年となる2021年3月11日、扶桑社から写真集が発売されます。タイトルは『災害列島・日本 49人の写真家が伝える“地球異変”の記録』。

東日本大震災を中心に、そのあと起きた御嶽山噴火、鬼怒川決壊、熊本地震、九州北部豪雨、房総半島台風、東日本台風、熊本豪雨など、この10年で日本人が直面した大規模災害をリアルに伝える写真集です。

野澤亘伸さん(写真提供:野澤亘伸)

ページをめくっていると、思わず見入ってしまう写真がありました。11ページにある『唯一残された夫婦の記録』。横たわった人に覆いかぶさる男性……。その脇でうずくまる男性の表情から、横たわった人は亡くなっているように見えます。

撮影したのは野澤亘伸さん(当時42歳)。写真週刊誌『FLASH』をはじめ、雑誌の表紙やグラビア撮影の仕事が増えていた10年前、仕事に向かう首都高速の上で午後2時46分を迎えます。

下記は、野澤亘伸さんが体験した記録となります。

南三陸町(写真提供:野澤亘伸)

高速道路の街灯が釣竿のようにしなり、車が飛び跳ねたような衝撃でした。

一旦自宅に戻って家族の安否を確認し、当日の夜から現地に向かうのですが、高速道路が使えず、下道にはいたるところで亀裂が入り、渋滞してまったく進まない。南三陸町に着いたのは、埼玉の自宅を出てから24時間後、3月12日の深夜でした。

車のなかで3月13日の朝を迎えました。そのとき目にした光景は、いまでもはっきり覚えています。1つの街が巨大な力で押し潰され、残骸の山となっていました。土砂から空気が抜けて行く「プシュ、プシュ」という音だけが聞こえ、それが人の苦しげな呼吸のように感じて足元が震えました。

南三陸町(写真提供:野澤亘伸)

しばらくすると、上空をマスコミのヘリコプターが騒がしく飛び交いました。自衛隊の物資を受け取りに来ていた年配の男性が、ヘリを指差しながら私を睨みました。

「あんなとこから見たって、何もわかりゃしないよ。ここにいる者にとっては地獄だよ!」

そして一緒にいる男性の方を向くと、こう言ったのです。

「この人はね、おとといから奥さんが見つからないんだ。それだって、こうして避難所の人たちのために物資を運んでいるんだ」

その人は、私と歳も背格好も同じくらいに見えました。やつれた顔をしながらも、ぐっと口元を結び、毅然とした姿で両手に物資を運んで行きました。

そのあと避難先の志津川高校で、先ほどの男性に会いました。佐々木さんという名前で、当時の事情を聞くことができました。

奥さんと一緒に介護士として働いていた老人介護施設は、明治の大津波のとき、避難所となった高台にあったそうです。それなのに、施設を取り囲むように津波が押し寄せて来た……。

南三陸町の防災庁舎(写真提供:野澤亘伸)

他の介護士さん達と連携し、1人でも多くのお年寄りを助けようと必死になって運び出していたところに、津波が襲いかかりました。佐々木さんは間一髪のところで、どうにか高台に逃れたそうです。

ところが、一緒に救助にあたっていた奥さんの姿が見当たらない。同僚に聞いて回ると、「もうだめだ」と叫ぶ彼女の声を聞いたと……。

「夜になると本当に寒くてね。濡れた服で寒さを凌ぐのは厳しくて……。校舎のなかでも、寒さで明け方までにお年寄りが何人か亡くなりました。こんななかに妻を置いておきたくない。早く見つけてやりたいんです」

南三陸町の惨状を撮影してまわり、お昼過ぎに再び老人介護施設へ戻ったときでした。消防隊員が施設のなかに積み重なった瓦礫の奥から、遺体を発見したのです。すぐに駆けつけた佐々木さんが、妻の名を叫びながら、ものすごい形相で瓦礫を取り除きました。

必死で取り出した体を床に寝かせると、「ウオーーッ!」と叫び声を上げて抱きつきました。冷たくなった頬に、何度も何度も顔を押しつけて泣き叫びました。

1年後に妻が見つかった場所で手を合わせる佐々木さん(写真提供:野澤亘伸)

私も涙が溢れ、嗚咽しながらカメラを構えました。静かな施設内にシャッター音が響きました。佐々木さんが奥さんに語りかけた言葉が、いまも耳に残っています。

「子どもらは、俺がちゃんと育てっからな」

シャッターを切ることに、もちろん、ためらいはありました。あとで佐々木さんからこう言われたのです。

「あなたが撮っているのはわかりました。でも、撮られてもいいと思ったんです。いまは、その写真を見ることができません。でもいつか、気持ちが受け入れられるようになったら、見せてください。家も写真もすべて流されてしまって、その写真だけが、私と妻の唯一の記録なんです」

扶桑社『災害列島・日本 49人の写真家が伝える“地球異変”の記録』(3.11写真記録委員会 編)

■『災害列島・日本 49人の写真家が伝える“地球異変”の記録』

著者名:3.11写真記録委員会 編
出版社:扶桑社
価格:1800円+税

https://www.fusosha.co.jp/books/detail/9784594087616

(左)『この世界を知るための大事な質問』/(右)『師弟 棋士たち 魂の伝承』

■野澤亘伸(のざわ・ひろのぶ)

・1968年、栃木県生まれ。上智大学法学部卒業後、日本写真芸術専門学校卒。
・1993年から光文社『FLASH』専属カメラマンとして、同誌の年間スクープ賞を3回受賞。その後フリーとして雑誌表紙やグラビア、タレント写真集を多数撮影。
・著書に、『この世界を知るための大事な質問』(宝島社)、『師弟 棋士たち 魂の伝承』(光文社文庫)などがある。

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