国宝級の美術作品を甦らせる「デジタル復元師」が美術品を復元することで新たに見えてきたものとは…?
ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2021年9月4日 10時30分
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いにしえの時代に作られた、国宝級の美術作品。中には、長い年月が経ったことによって絵の具がはげ落ちたり、劣化が進むなど様々な事情で、最初に製作されたときとはまったく違った状態になっている作品もあります。
今日は、そんな日本の古い美術作品を最新のデジタル技術を駆使して、製作当時に近い状態まで甦らせる「デジタル復元師」のストーリーをご紹介します。美術品を復元することで、新たに見えてきたものとは……?
今から400年ほど前、江戸時代のはじめに作られた国宝。満開の桜の下で、貴婦人たちが開いた花見の模様と、それを眺める人々を描(えが)いた屏風絵「花下遊楽図屏風(かかゆうらくずびょうぶ)」。左右2つの屏風が対になった作品で、今残っているものは右側の屏風の中央が欠けた状態になっています。
大正時代にその部分だけ表具師(ひょうぐし)の所へ補修に出したところ、関東大震災が発生。原図が焼失してしまったのです。ただし、補修前に撮影した白黒の写真が残されていて、それを頼りに欠けた部分の再現を試みたのが、デジタル復元師の 小林泰三(こばやし・たいぞう)さん・55歳。
「貴婦人の部分だけ『こんな色』という顔料のメモが文字で残っていたんです。専門家にも話を聞きに行ったり、残っている部分から推測して、もとの色を再現していきました」
もともと美術が大好きで、大学では美学と美術史を専攻、学芸員の資格を取った小林さん。卒業後は印刷会社に就職、デジタル部門に配属されました。社内でハイビジョン向けの企画募集があった際、小林さんはPCで画像を補正する「レタッチ技術」を使って、一部が欠けた国宝の屏風絵を、もとの完全な形に復元できないかと考え、会社に提案。企画が通り、デジタル復元に成功した小林さんは、その画像を原寸大のサイズで印刷し、表具師に頼んで屏風に仕立て、レプリカを作りました。
「正座して屏風絵を見ていたら、絵の中の貴婦人と目が合って、私に語りかけてきたんです。『そうか、江戸時代の人はこんなふうに屏風絵を鑑賞していたんだな』って気付きました」
これをきっかけに、古い美術作品のデジタル修復を手掛けるようになった小林さん。次に手掛けたのが絵巻物でした。12世紀に作られた国宝「地獄草子(じごくぞうし)」は、地獄に墜ちた罪人たちが、緑色の鬼によって石臼で挽かれるなど、地獄の不気味な様子が描かれた絵巻物として知られています。
現在残されている原本は絵の具がはげ落ちておどろおどろしい感じになっていますが、デジタル技術で絵のシワを取り除き、描(か)かれた当時の鮮やかな色彩に戻してみると、意外なことに気付きました。描かれている世界は陰惨なのに、鬼の表情を見るとどこかマンガ風で、ユーモラスに見えるのです。
「どういうことなんだ?」と疑問に思った小林さんは、デジタル復元した画像を実際に巻物にして、製作された当時と同じ環境で鑑賞してみることにしました。和風の家屋で、ロウソクの灯り1本だけで巻物をくるくるとめくっていくと……ロウソクの灯りが揺らめくたびに、鬼の表情が変わったり、罪人たちがうごめいて見えたり、まるでアニメ映画を観ているかのような感覚に陥りました。
「そのとき、ハッと気付いたんです。古い美術作品は、美術館じゃなく、製作当時の人たちと同じ環境で観てみないと、本当の良さは分からないって」小林さんは2004年に会社を辞め独立。「小林美術科学」を設立し、古い美術作品のデジタル復元を次々と手掛ける一方、「一般の人に、当時と同じ環境で作品を観てもらう」活動にも力を注いでいます。
「高松塚古墳」の壁画をデジタル復元したとき、小林さんは、古墳と同じ密閉空間に、復元した絵のパネルを貼って、埋葬者の位置に横たわってみると、天井部分に描かれた赤い服の女性が、自分の方をじっと見つめていることに気付きました。小林さんは、その女性が埋葬者の最愛の人だったに違いない、と直感。旅立ちを見送ってあげようという温かさを感じ、幸せな気持ちになったそうです。
小林さんは言います。「昔の美術作品を復元することは、何十、何百という絵師たちの思いを、今に伝えることなんです。これからも、復元作業だけでなく『どうやって観てもらうか』も追究していきたいですね」
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