一度閉店するも、「創業100年」目指して復活『パティスリーふじの木』
ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2022年3月30日 17時20分
それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
「パティスリーふじの木」は、東京・中野区の西武新宿線・都立家政駅前にある、モダンな雰囲気の洋菓子店です。現在は3代目の田中祥一さんが、毎朝4時起きでケーキや焼き菓子など、さまざまな洋菓子づくりに励んでいます。
「ふじの木」はいまから98年前(大正時代・1924年)、高円寺の青梅街道沿いにあった路面電車の車庫の前で、パン屋さんとして歴史が始まりました。屋号は、創業者が生まれ育った家に藤の木があったことに由来していて、当時のお店の前にも藤の木が植えられていたと言います。
その後、「ふじの木」は高円寺のお店を弟子に譲り、当時、東京市に編入されたばかりの野方(のがた)へ移転。さらに1938年には、東京府立家政女学校(現・都立鷺宮高校)の移転に伴い、新しい駅が設けられたことで、いまの都立家政駅前にやって来ました。
中野区にしっかりと根を下ろした「ふじの木」は、パンはもちろん、和菓子から洋菓子と、順調に事業を拡大して行きました。なかでも高度経済成長期に始めた喫茶店は、駅前の立地も手伝って大当たり。客席数が100を超え、西武新宿線沿線では最大級の規模を誇りました。
そんな歴史あるお店を受け継いだ3代目の田中さんは、ファミリーレストランやコーヒーチェーンの進出にも耐えながら、洋菓子づくりに絞ってお店を守って来ました。
新たに開発した商店街のマスコットキャラクター「かせいチャン」をモチーフに、シュークリーム「かせいチャンdeシュー」を発売すると、2014年の「中野の逸品グランプリ」を受賞。
地元の皆さんが誇りに感じるお菓子が、これからもずっと「ふじの木」から生み出されて行くであろうと思われた矢先、店頭に貼り出された1枚の紙が、大きな波紋を呼ぶことになったのです。
『突然ではございますが、当店は5月31日にて閉店いたします。これまでのご愛顧ありがとうございました。 2018年4月1日・店主』
貼り出されたのは、まさかの閉店告知でした。エイプリルフールに貼り出したため、最初は誰にも信じてもらえなかったと言います。しかしこの際、田中さんには固い決意がありました。
「倒れてしまった父の面倒を、自分がしっかり見るんだ」
じつは田中さんのお父様は、介護が必要な体になっていました。お父様の世話をしていたのは、同じように年老いたお母様。このままでは、お母様も介護で疲れきってしまうことを心配して、田中さんは長く続いたお店を閉めようと決めていたのです。
ところが、閉店を発表した直後から、常連さんや地元の方たちから「何で辞めちゃうの?」という声が相次ぎました。閉店当日には、とくにセールをやっているわけではないのに、開店から長い行列ができ始め、商店街通りに続くようになりました。
夕方、品物がすべて売り切れても、お客様はなかなか帰ろうとしなくなりました。長い列に並んだ1人1人のお顔を見ながら挨拶するなかで、田中さんは固く閉じたはずの心が、大きく揺り動かされるのを感じました。
「ふじの木のお菓子を、これほど多くの方が愛して下さっている。介護をしながら、いままで通りのお菓子づくりは無理かも知れない。でも、いまの自分にできる形で、まずはお店が100年になるまで頑張ってみよう!」
田中さんは、一旦お店は閉めましたが、復活に向けて走り始めます。まず介護の道筋をつけた上で、老朽化が目立っていたお店と工場を自宅に移転しました。
さらに、改めてお菓子の専門学校に通い、ふた回り以上若い世代の人たちと一緒に、最新のお菓子づくりについて学び直しました。起業セミナーにも参加し、会社経営についても知識を深めました。
およそ1年半の休業期間を経た2019年秋、新たな「パティスリーふじの木」としてオープンの日を迎えました。不安と期待のなか、田中さんがお店を開けると、復活を待ち焦がれていた人の列が都立家政駅までつながっていて、思わず胸が熱くなったそうです。
いまも営業時間中は、まず来店者が途切れることのない「パティスリーふじの木」。焼き菓子の詰め合わせセット「中野みやげ噺」は、中野区認定観光資源や、NAKANOブランドにも認定されています。この2022年3月で、お店は創業から98年となり、田中さんは決意を新たにしました。
「100年まであと2年。中野と言えば『ふじの木のお菓子』と云われるようにしたい。その先は、新たに学んだことをもっと活かしたお菓子をつくりたい!」
常連さんの愛でよみがえった老舗のお菓子屋さんは、いま再び輝きを増しています。
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