ウクライナを支援する「歯科技工所」 歯の「かぶせ物」デザイン委託で
ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2023年5月31日 17時20分
それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
鳥取県中部、「二十世紀梨」の産地で知られる倉吉市の郊外に、「倉繁歯科技工所」という会社があります。20人の歯科技工士が日々、主に鳥取県内の歯医者さんから注文を受けた歯のかぶせ物を、1つ1つ丁寧につくっています。
この技工所を家族と経営されているのが、倉繁竜士さん・36歳。倉繁さんの仕事の1つが、SNSによる情報発信です。
「歯科技工士」の仕事をもっと多くの人に知って欲しいと、インスタグラムを開設。「#デンタルテクニシャン」「#デンタルラボラトリー」といった言葉を付けて投稿すると、日本国内のみならず、世界各国から「いいね!」が付くようになりました。
そんな「いいね!」を付けてくれた海外の歯科技工士の1人に、ウクライナ西部・リヴィウ在住の方がいました。2021年に入ると、メッセージも送ってくれるようになります。
「技工所の整理整頓で工夫しているところはどこですか?」
「多分に漏れず、弊社も雑然としております」
他愛もないやり取りをするうちに、この技工士さんとの接点が生まれました。
明くる2022年2月24日、ロシア軍によるウクライナ侵攻が始まりました。歯科業界でもウクライナに近い国々の人たちが、ロシア製品の不買運動に取り組むなか、そのウクライナの歯科技工士さんからメッセージが届きました。
「ウクライナで起きていることを無視しないで欲しい」
メッセージには砲撃を受けた街の様子や、人が倒れている画像が添えられていました。倉繁さんは大きな衝撃を受けます。
「もう『平和を祈ります』や『元気でいてね』という言葉だけでは、相手にとって何の役にも立たない。こういうときは自分が動かないとダメなんだ!」
倉繁さんは会社を挙げて、ウクライナの歯科技工士さんに何ができるかを考えることにしました。
倉繁さんはウクライナの技工士さんたちに、直接届く支援をしたいと思っていました。話を聞けば、戦時下ではどうしても歯の治療が後回しになってしまうとのこと。そのため、技工士さんたちの仕事が減ってしまっていました。
一方、リヴィウの技工所では、首都・キーウから避難した同業者も受け入れていました。切実な現状を把握した倉繁さんは、ウクライナの技工士さんにこんな提案をします。
「日本から仕事を送ります。日本の患者さんが使う歯のかぶせ物を、ウクライナでデザインしてもらえませんか?」
いま歯科技工士さんは、スキャナーやCAD(キャド)などのパソコンソフトを使って、歯のかぶせ物をデザインしています。医療用語は世界共通のため、かぶせ物のデザインは一定の通信環境と技術があれば、世界中どこにいても、話す言語が違っても仕事ができるのです。
厚生労働省にも確認を取ると、いわゆる自費診療のかぶせ物で、担当の歯医者さんが承諾していれば、「海外発注でも問題ない」とお墨付きをもらいました。国内の技工士仲間にも声をかけると、群馬、福井、沖縄の技工所の皆さんも参加。侵攻から3ヵ月、去年(2022年)5月に「ウクライナへ仕事を送る支援」が始まりました。
それから1年、いまも倉繁さんたちは、歯のかぶせ物1本を8ユーロ(約1000円)としてウクライナに仕事の発注を続け、これまでに約80万円の業務委託を行いました。始めてみると、日本との時差が6時間あるのも好都合だとわかりました。夕方に発注すると、日本の技工士さんが休んでいる間にデザインができているのです。
最初は関係者の皆さんに理解してもらうのが大変でした。でも、いまは「ウクライナへ送れるものは、みんな送って」と頼んでくれる歯医者さんも増えてきました。ウクライナでデザインされた歯が入った患者さんも、喜んでくれる人が殆どだそうです。
倉繁さんは、ウクライナの技工士さんの誇り高い言葉が身に沁みると言います。
「私たちは武器を持って戦えないけれど、できるだけ普段通りの生活を送っていることを世界に見せつけるのが、最大の武器だと思っています」
5月に来日したウクライナのゼレンスキー大統領も、日本に期待する支援の1つとして「医療」を挙げました。
「技工士さんたちの生活が元に戻るまで、規模は大きくないですが、支援を続けます」
そう力強く語る倉繁さんたちは、きょうも行動で平和を願います。
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