オーロラ研究から転身 「おいちい」の言葉で報われた「居酒屋経営」の道
ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2023年11月15日 17時20分
それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
東京・小平市、西武新宿線・花小金井駅の近くにこの秋、居酒屋さんが開店しました。店の名前は「久重」。和モダンを基調とした店内は何となく懐かしい、ホッと落ち着く空間。店の入口には商品の陳列ケースもあって、惣菜のテイクアウトもできます。
ご主人の久保田実さんは埼玉県出身、1966年生まれの57歳。高校時代、地震や地殻変動といった「地球物理」に興味を持ち、専門的な研究を行っていた東北・仙台の国立大学に進学します。そこで海洋調査か、オーロラ調査か……研究ジャンルの選択を迫られました。
「もしかしたら、オーロラを研究すれば南極に行けるのではないか?」
そう思った久保田さんはオーロラ研究に没頭。大学院時代に念願叶って、第35次南極地域観測隊に選ばれます。越冬隊として1年間、昭和基地でオーロラの観測に従事しました。
まるでカーテンが風にひらひらと揺れるように空が輝く「激しいオーロラ」が見られると、気持ちの高ぶりが抑えきれないくらい、心を動かされたそうです。
久保田さんは30歳で都内にある国の研究機関に就職してからも、オーロラの研究を続け、アラスカの大学との共同研究にも取り組みます。しかし、40歳を過ぎたころから研究の現場を離れ、企画立案や官庁への出向、サイバーセキュリティの研究責任者など、さまざまな仕事を経験する立場になりました。
そして50代になり、新たな会社を起こす「起業」を応援する仕事を担当していると、こんな気持ちがよぎったそうです。
「人の仕事の応援だけではなく、自分でも新しいことをやってみたい!」
久保田さんは、25年あまり勤めた研究機関を早期退職することにしました。
実は、久保田さんは無類の料理好き。家でも普段から食事をつくり、職場の仲間や家族を集めてパーティーを開くことがあれば、率先して自ら料理を振舞っていました。「研究者になれなかったら、料理人になりたい」という夢もあったそうです。
2022年春、退職が間近に迫ったとある日、スーツを着た人が並んだ固い雰囲気の研究機関の会議室で、久保田さんは「居酒屋をやります」と宣言。異業種への転身に、驚きのあまり会議室は水を打ったように静かになりました。
それでも、久保田さんは本気でした。すぐに料理の専門学校に通い始め、高校や大学を出たばかりの若者たちに混じって先生の講義を聴き、必死にメモを取りました。夜は近くの居酒屋でアルバイトをしながら、飲食業界の現場を体で覚えていきます。
その甲斐あって、久保田さんは調理師免許を取得。簿記3級や野菜ソムリエなど、役立ちそうな資格も着々と取っていきます。店の物件選びは難航しましたが、何とか条件がよさそうな場所が見つかりました。
大変ではありましたが、若い世代と一緒に学んだり、「経営」へのチャレンジは新鮮で刺激のある1年半となりました。
今年(2023年)9月18日のオープンの日、さっそく古くからの友人や昔の仕事仲間たちが、花を持って開店祝いに駆けつけてくれました。少しずつ立ち寄ってくれる地元の方も増えてきて、肉豆腐や小平産の野菜を使った自慢の料理は、人気メニューへと成長しつつあります。
先日は嬉しいこともありました。惣菜を買いに来店したお母さんと一緒にやって来た2歳くらいのお子さんが、お店に来るなり、こんなことを言ってくれたそうです。
「ママ、ここのおにぎり、おいちい!」
久保田さんは、開店までの苦労が少し報われた気持ちになったと言います。
お店を開いてから間もなく2ヵ月。長年パソコンと向き合って黙々と仕事をこなすことが多かった久保田さんは、お店のお客さんとやり取りするなかで気付いたことがあります。
「私自身、こんなに人と話すことが好きだとは思いませんでした。居酒屋で新しい自分に出逢えたような気がします」
ちなみに、店名の「久重」は自分の苗字・久保田と、ずっと一緒に家庭を支えてくれた奥様の旧姓から一文字ずつ取ったもの。その感謝の気持ちを胸に、久保田さんは人生の新たな一歩を踏み出したところです。
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