サッカー選手から一転「僧侶」へ 「絶対ならない」と思いつつ、なぜ仏門へ入ったのか
ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2023年11月29日 17時20分
それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
江戸時代、「越すに越されぬ大井川」と詠まれた大井川が流れる静岡県島田市。街の中心部、旧東海道の近くに「林入寺」という曹洞宗のお寺があります。
今年(2023年)、このお寺の副住職となったのが、五藤晴貴さん・28歳。元はプロサッカー選手で、梅村晴貴の名前で活躍していました。
五藤さんは高校1年のとき、ジュビロ磐田のユースチームで頭角を現し、高校卒業後は当時J2のカターレ富山に入団。ボランチとしてプロの道を歩み始めました。しかしその矢先、雨が降りしきるなかで行われた試合で、スライディングを決め右手をついた瞬間、肩に強烈な痛みが走ります。右肩の脱臼でした。
必死のリハビリを半年間続け、チームに復帰した2年目。今度は試合中に左ひざの前十字じん帯を断裂。8ヵ月の離脱を余儀なくされました。
「次こそは……」と取り組んだ3年目には、また試合中に左足の半月板を損傷。またまた手術とリハビリで、半年にわたってチームを離れざるを得ませんでした。
たまにスマートフォンをのぞけば、ニュースサイトでチームの活躍が伝えられる一方、SNSには「梅村はケガばかりで出てこない」と、心ないコメントも並びました。
「チームのみんなも頑張っているし、SNSで叩かれるということは、サポーターの皆さんに気にしてもらえているんだ。いまはリハビリを頑張ろう!」
五藤さんは入院・手術・リハビリを繰り返すたび、心を奮い立たせて頑張ってきました。しかし、フルシーズンでチームに参加できた4年目、契約満了で富山を離れます。心機一転、JFLのFCマルヤス岡崎に移籍した5年目でしたが、思うような結果を残せません。あれほど好きだったサッカーの練習をサボってしまう日が出てきて、ハッとしました。
「こんなことをしているようでは、もうプロとしてお金をもらう資格はない」
2018年秋、五藤さんは23歳でユニフォームを脱ぐ決断をしました。
五藤さんには当時、お付き合いしていた女性……いまの奥様がいらっしゃいました。奥様の実家はお寺で、しかも地元の古い民話に登場したり、池波正太郎の『鬼平犯科帳』でも描かれた由緒あるお寺です。あるとき、義理の父である住職が、こう話しかけてきました。
「よかったら、この歴史あるお寺を継いでもらえないか?」
五藤さんは、曹洞宗の総本山・福井県の永平寺で修行体験をすることにします。静かな深い山のなかでひたすら続く座禅。食べ物は質素な精進料理で、厳格な上下関係もあります。
サッカーの練習とは違った厳しさに、五藤さんは山を下りる前、「もはや異次元だ。絶対に自分はお坊さんにはならない」と思ったそうです。しかし、ふるさと・静岡に帰ってきた五藤さんは、全てを受け入れるような笑顔で「おかえり」と言ってくれた彼女を前に、心が揺らぎます。
「もしも、ここで仏門に入らなかったら、いままで支えてもらった彼女とはもう一緒にいられない……。決めた、この人と結婚しよう。そしてお坊さんになろう!」
五藤さんは、横浜・鶴見の総持寺に入門。初めの1週間は朝3時起きで、夜9時まで18時間、壁に向かってひたすら座禅を組みます。それを乗り越えた人だけが「修行僧」として認められるそうです。
さらに100日間、世間との接触を一切断って修行に励み、ようやく1通の手紙を出身のお寺に出すことが許されます。その後も、ときには午前1時起きで深夜0時まで、厳しい修行の日々が続きました。
気分転換になったのが、洒掃行(しゃそうぎょう)と呼ばれる修行。総持寺にある長さ164メートルの長い廊下(通称「百間廊下」)を、早朝と昼の1日2回、雑巾で水拭きする修行です。体を動かして大きな声を出せることが、「こんなに幸せなことだとは思わなかった」と言います。
2年2ヵ月の厳しい修行を乗り越えた五藤さんは、晴れて僧侶の資格を取得。さっそく副住職として林入寺に入ると、お寺にやって来た檀家さんや地元の皆さんが、「よくぞお寺に来てくれた」と口々に話しかけてくれました。選手とサポーターとの関係よりも一層、近くて温かいものを感じることができたそうです。
ただ、お寺にやって来る人はどうしても年配の方が多く、現役世代の人たちにとってお寺の存在が少し遠くなっていることが、五藤さんは気がかりです。そこで、サッカーのイラストが入った御朱印帳をつくったり、気軽に立ち寄ってもらえるイベントを開くなど、新たな取り組みも始めました。
「サッカー選手としてプレーできたことも、妻と出会えて僧侶になれたことも、本当にいろいろなご縁に恵まれていると感じます」
五藤さんの僧侶としての新たな人生、始まりのホイッスルは、まだ鳴ったばかりです。
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