能登半島地震 現地取材でわかった「ボランティアを受け入れられない深刻な事情」
ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2024年1月10日 17時35分
【能登半島地震】電気の復旧工事を行う作業員ら=8日午後、石川県珠洲市の鵜飼地区(甘利慈撮影)
ニッポン放送・飯田浩司アナウンサーが1月5~7日、能登半島地震で被災した石川県各地を取材。珠洲市の現状を、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(1月8日放送)においてレポートした。
能登半島地震発生から124時間後に珠洲市で90代の女性を救出
1月1日に発生した令和6年能登半島地震。地震発生から約124時間がたった6日午後8時20分ごろ、石川県珠洲市正院町川尻の倒壊した2階建ての住宅から、90代の女性が救助された。救助にあたった消防隊や医師が7日午前に取材に応じ、女性は足に怪我をしているものの、会話ができるまでに回復していると話した。
飯田)発災後72時間以降になると、被災した要救助者の生存率が急激に下がるとされ、「72時間の壁」と言われています。その72時間をはるかに超えて救出されました。
金沢市から6~7時間掛けて珠洲市に
飯田)珠洲市に雪が降る前の1月6日に取材しました。金沢市を夜明け前に出発しましたが、珠洲市に着くまでに6~7時間掛かりました。道のりは、ほぼ1本道しかない状況で、激しい渋滞に巻き込まれました。珠洲市役所も事態に対応している真っ最中で、広報対応もあるわけではなく、入り口には届けられた物資が高く積まれており、仕分ける人材を確保するのも大変というような状況でした。
最も不足しているのはガソリン ~正院町ではほとんどの家屋が崩壊し、暖を取るのは車のなか
飯田)珠洲市に住むお嬢さんを助けるため、大阪から来た男性にインタビューしました。
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男性)こちらに住んでいる娘がボランティアの陣頭指揮を執っています。私は大阪に住んでいるのですが、震度5が先にあったので「大丈夫か?」と電話し、娘が「大丈夫」と言ったそのときに震度7の地震がきたのです。娘の悲鳴とともに電話が途絶えたので、その足で1月2日の18時に自衛隊の第1陣とともに来ました。外から来た身ですが、いろいろなことを経験しました。
飯田)あの満載になっている物資も全部積んで来たのでしょうか?
男性)いえ、これはボランティアさんが積んでくださいました。しかし、これら(の物資)は実際には機能していない、物資は来れども運ぶ人がいない。本当の声は地元の若者や、いろいろなところの災害を経験したボランティアさんがいま……。
飯田)いまでもいちばん欲しいものは何ですか?
男性)ガソリンです。一貫してガソリンです。正院町の方は見てきましたか?
飯田)まだです。
男性)壊滅ですよ。一軒もまともな家はありません。家はすべてなくなっているので、暖をとるのは車なのです。しかし、みんな燃料がいつ届くかもわからず、ガソリンスタンドも長蛇の列なので、怖くて車のエンジンをかけられないではないですか。だから1日5リットル、一晩過ごせるだけの燃料でも配ってもらえると、もっと車を有意義に使えるのではないかな。
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飯田)能登半島へ行く道すがら、開いているガソリンスタンドもありましたが、緊急車両に限定して入れていたり、量を絞って「1人10リットル」という形で給油しているところもありました。それも能登半島の入り口の部分で、珠洲まで行き渡るのはなかなか難しいようです。能登半島はブーツを逆さにしたような逆L字型をしていますが、珠洲市はそのつま先の部分に存在します。珠洲市へガソリンを届けるには、半島の付け根からずっと陸路で持っていくか、あるいは海路を使わなければなりません。やはり物資、なかでもガソリンの不足がかなり言われていました。
懐中電灯を物置に取りに行って奇跡的に助かった書店の家族
飯田)近隣を取材すると、やはり民家の1階部分が潰れてしまったような家もたくさんありました。そんななかで、商店街にある「いろは書店」店主の八木さんという方にインタビューしました。その模様は、ニッポン放送『サンドウィッチマン ザ・ラジオショー サタデー』という番組のなかでも行いましたが、そのレポートの一部です。
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飯田)「いろは書店」さんは1階が店舗、2階が住居でしたが、1階は完全に潰れており、2階が下に降りてきてしまっている感じです。
サンドウィッチマン・伊達みきお)となると、いまは避難所暮らしということですか?
「いろは書店」店主・八木)そうですね。皆さんにお世話になっています。
飯田)お店の目の前にいるのですが、完全に潰れています。地震のときは皆さん2階にいたのですか?
八木)私だけ2階にいました。
飯田)ご家族は?
八木)家族は全員下にいました。
飯田)間は50センチくらいしか空いていないのですよ。
八木)たまたま奥に物置があって、そこに親父が懐中電灯を取りに行ったのですが、家族みんなが「そっちに行ってはダメだ」と言って物置まで追いかけたのです。そうしたら家が崩れてしまった。崩れたのですが、その物置だけ崩れなかったのです。
伊達)奇跡ではないですか。
八木)だからそっちに行ってよかったのです。私だけ2階から窓を割って飛び降りて出たのですが、もう2階が1階になっていたので、家族ともすぐに合流できました。もちろん被災しており、いまでも大変な人たちがたくさんいます。しかし、我々も踏ん張らなくてはいけない、気を緩めるわけにはいかないと思っています。「目はしっかり前を向かなくては」と思っています。お互いに。
飯田)こうやって前向きに「次の目標を持ってやっていこう」と思っている人たちがたくさんいらっしゃるということは、「日本って本当にこういう国なのだな」と思います。
八木)前を向いて進んでいきます。皆さん本当にご協力をお願いいたします。
伊達)わかりました。
被災証明をするための人手が不足しており、ボランティアを受け入れられず
飯田)5分くらい前にまず震度5クラスの地震がありましたが、珠洲市のなかには「それで表に出て助かった」と言う人もいらっしゃいました。先ほどのご家族の場合は物置にみんなで行き、そのおかげで、いわば本震のようなものがあとから「ドン」ときたとき、潰れた家の下敷きにならずに助かったわけです。いろいろな被害があるなかでも、書店の店主である八木さんのように、次に向けて「イベントをやろう」などと考えている方もいらっしゃいます。現場の特に若い人たちは、「前を向こう」という人もいらっしゃいました。
ジャーナリスト・須田慎一郎)先ほどリポートのなかで「ガソリンが不足している」と言っていましたが、ボランティアについては現在どうなっているのでしょうか?
飯田)ボランティアを受け入れるには、行政側がニーズを把握した上で「ここに行ってください」という流れを1つひとつつくらないといけないのですが、まだまだその部分の人手が足りないのです。
須田)なるほど。
飯田)かつ、ボランティアの主な作業は瓦礫の撤去や、被災した家から散乱したものなどを運び出して直すようなものが多いのですが、その作業をするためには被災証明を取らなければなりません。しかし、被災証明を行うための人手が不足しており、なかに入って「安全かどうか」というチェックができないのです。それをやらないと、ボランティアの方を受け入れても、危険だから派遣することができない。一部の限られた地域では募集しているところもありますが、例えば珠洲や輪島などは、まだそこまでいっていない状況のようです。
須田)被災証明が取れないために。
飯田)また、雪の影響で作業がストップしているところもあります。行政の人手が足りず、国も公務員の派遣を行っていますが、そろそろそういうフェーズに変わってくるかも知れないなと思います。
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