「無料塾」運営の24歳、生徒に伝えたい言葉「“いい人間”じゃなくていいから」
ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2024年2月7日 17時20分
それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
東京・池袋から西武線の急行で1つ目、練馬区の石神井公園駅。駅の北口から5分ほど歩いた住宅街の一角に、毎週火曜日の夕方になると、手書きで「無料塾 Aitie(あいたい)」と記された白い看板が掲げられます。
開いているのは地元出身の湯川愛可さん、2000年生まれの24歳。小さいころはコックさんに憧れていたという湯川さんですが、学生時代に個別指導塾で講師のアルバイトに取り組んだことで、人生が変わります。
大学2年生のあるとき、児童養護施設の女の子を受け持つ機会がありました。児童養護施設では高校生の年齢になった子どもは、通学していないと施設にいられません。「高校に入らないといけない」という必要に迫られ、試験の作文の書き方を学ぶために塾を訪ねてきた15歳、不登校の女の子でした。
しかし、試験に出そうな作文のテーマは、女の子にとってつらいことばかり。
「お父さん、お母さんに感謝することは何ですか?」
「中学時代に頑張ったことは何ですか?」
女の子は、一行の文を書くのがやっとだったと言います。
湯川さんは女の子と交換日記をしたり、一緒に本を読んで感想を言い合ったりしながら、女の子が心に固く閉じ込めていた「感情」を、ゆっくりゆっくり引き出していきました。日に日に表情が豊かになっていく女の子に、湯川さんも仕事の楽しさを感じます。
一方で、他にもさまざまな事情を抱えた生徒さんを受け持った湯川さんは、成績アップや受験の結果が求められる学習塾に「限界」も感じました。湯川さんは大学4年生だった2021年夏、1つの決心をします。
「もっと子どもたちの人生に向き合っていきたい。自分で塾をやろう!」
湯川さんは学習塾で子どもたちとふれ合ったり、自分自身も学生生活を送るなかで感じていたことがありました。それは、「大人になりたくない」と話す子どもが多いことです。加えて、自己肯定感が低い子どもたちも少なくありませんでした。
「大人になって、自分のことを自分で決めて、自分の足で立って生きていくのは、こんなにも楽しいことなのに……」
湯川さんは、就職が内定していた会社に断りの連絡を入れました。そして、子どもたちに自ら自立して生きている姿を見せようと、「無料塾 Aitie」を立ち上げます。塾の名前には、ご自身の名前とネクタイの「tie(タイ)」をかけて、いろいろな人を「結ぶ」という意味を込めました。
無料としたのは現在、決して経済的に豊かではない子育て世帯も多いからです。湯川さんはシングルマザーの家庭で育った子どもの面倒を見たこともありました。一方、育児放棄を受けた子どもたちの「生きる希望」になりたい、軽度の発達障害を抱えた子どもたちの受け皿にもなりたい……そんな考えもありました。
いま塾に通っている生徒は、中学1年生から高校3年生までの35人。勉強は苦手だけれど絵がとても上手な子もいれば、以前は通学していたものの、授業で指名されて頭が真っ白になったことをきっかけに、不登校になった子もいます。でも、1人1人はみんな心の優しい生徒たちです。
そんな生徒を見守るのは、湯川さんと、志に賛同した7人の大学生ボランティア。塾そのものは福祉系の独立行政法人による助成金や、一般の方々からの寄付金によって運営されています。「特に地元の皆さんの支えが大きいんです」と湯川さんは話します。
ただ、湯川さんは子どもたちに対し、試験に通るだけの受験テクニックはほとんど教えていません。生徒1人1人の事情に寄り添い、自分の人生をどう生きたいか、自分の頭で考えてもらっています。
そして、自分でものごとを考えられるようになったお子さんは、勉強にも自然と「やる気」がみなぎってきます。たとえ湯川さんが宿題を出さなくても、自ら質問を持ってきてくれるようになり、成績も徐々にアップしていくと言います。
湯川さんは生徒たちと向き合いながら、力強くこう語りかけます。
「勉強はあくまでも目標を実現する手段。できなければ他のやり方もある。そして、別に『いい人間』じゃなくていいから、人生をもっと楽しんでいこう!」
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