創業133年の沼津の駅弁業者が、美味しい駅弁を届けるための工夫とは?
ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2024年3月14日 11時55分
「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
東京駅の東海道本線の発車時刻を表示する電光掲示板にも、早朝と夜に表示される「沼津」の文字。最近はさほど遠くない行先も多いだけに、「沼津」の表示が見られると、『ああ、美味しい魚を食べに行きたいなぁ』という旅ごころをくすぐられるものです。実際、週末となれば、沼津港周辺の飲食店は、多くの行楽客で大にぎわい。そんな沼津の魚を「駅弁」として届けるためのさまざまな工夫に注目いたしました。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第49弾・桃中軒編(第5回/全6回)
富士山をバックに東海道本線の普通列車が終着・熱海を目指します。JRになってから、東海道本線の普通列車は熱海で乗り換えることが多くなりました。先頭に立つオレンジのカラーリングが特徴的な車両をはじめ、名古屋周辺で運行されていた車両が静岡地区で活躍することも増えています。一方、東京方面と直通する普通列車のなかには、東北本線の宇都宮行や春からは国鉄時代にもあった両毛線・前橋発の列車の運行もあります。
JRになって間もなく、東海道新幹線の各停車駅で駅弁業者ごとにさまざまな趣向を凝らした「新幹線グルメ」と称した1000円の駅弁が販売されたことがありました。三島駅の駅弁を製造している桃中軒が発売したのは「海ひこ山ひこ」(現在は販売終了)。この駅弁には、いまでは桃中軒の寿司駅弁でおなじみの“自分ですり下ろすわさび”が入っていました。今回は、株式会社桃中軒の宇野社長に、「わさび」など食材のこだわりを伺いました。
●静岡の駅弁業者として、わさびは「重要食材」!
―いまの「港あじ鮨」に受け継がれている、自分で「わさびをすりおろす」アイデアは、どのようにして生まれましたか?
宇野:昔あった「わさびづくし」という弁当から生まれたものです。3代目当主・秀吉(初代社長)のころから愛鷹(あしたか)山麓にわさび田を自社所有していた時期がありました。戦前、土産物の扱いが鉄道弘済会(のちのキヨスク)に移った際には、老舗・田丸屋の職人さんに教えを乞い、酒粕も京都から仕入れてわさび漬けを自家製に切り替えたほどです。ですので、弊社の弁当における「わさび」は、いまも重要な食材と位置付けています。
―そのなかで、平成15(2003)年に「港あじ鮨」を開発されたのは、なぜですか?
宇野:「海ひこ山ひこ」や「桜えびめし」といった弊社の弁当は、ご飯とおかずが盛り付けられた幕の内が主流でした。しかし、当時は(ご当地らしい)1つの食材にスポットを当てた駅弁が求められるようになっていたのが開発の理由です。私自身、初めてゼロから開発に携わった最初の駅弁でした。20年以上経ったいまもお客様に受け入れてもらっているのは、酢で〆すぎず昆布で〆た鰺本来の旨味が味わえる美味しさではないかと思います。
●そのとき、そのときに、「冷めても美味しい」いちばん美味しい米を届けたい!
―ご飯や酢飯には、どんなこだわりがありますか?
宇野:その時々で冷めてから召し上がっていただくときに、いちばん美味しい米を使うようにしています。選定するときは、弊社社員みんなで試食をしながら決めていきます。ときには3ヵ月に1回くらいの短いスパンで変更することもありますし、その年の収穫状況によって、産地を変えることもあります。炊き方はガスの丸釜で炊いています。酢飯の酢は、甘めの味に調合するのが伝統です。この部分は今後も守っていきたいと思います。
―沼津は魚介の駅弁も多いですが、食材の仕入れ等での工夫、ご苦労はありますか?
宇野:アジは地元産を中心に、静岡の近海ものを使うようにしています。鯛も沼津産です。桜えびに関しては、漁獲が減って価格が上がっていることもあり、台湾産を使っています。最近は「あしたか牛」「箱根山麓豚」など肉を使った駅弁も多いですが、地元のJAさんの協力をいただきながら製造しています。あしたか牛は赤身が多い分、サッパリとした味わいが特徴で、脂も扱いやすい良質な牛肉ですね。
●地元JAとの協力体制を築きながら、新たに冷凍技術も導入!
―確かにJAさんとのコラボ弁当が多いですが、どんな繋がりがありますか?
宇野:JAさんとは古いお付き合いです。安定的な食材の供給にJAさんのご協力は欠かせません。静岡県東部はJAさんが全て合併しまして1つの「JAふじ伊豆」になりました。大きなJAさんとお付き合いできているのは大変有難いですね。
―コロナ禍以降、「冷凍駅弁」の開発もされましたが、その理由は何でしょうか?
宇野:1つは、静岡の美味しいものを駅で売るだけではなく、いろいろな地域にお届けしたい思いからです。もう1つは、県内産の食材は獲れる時期が決まっているため年間を通してお客様にそれらを使った駅弁をご提供することが難しいといった課題がありました。そこで冷凍技術で安定した量を予め確保しておいて、弁当食材として使っていくことも必要と考えたからです。また、弁当の需要は日によって大きな差がありますので、できるだけ平準化の努力をしないと、社会の変化に対応できないかと。
「港あじ鮨」の姉妹品として、平成24(2012)年3月1日に発売され、干支がひと回りしたのが「沼津香まだい寿司」(1230円)です。地元・駿河湾で育った鯛を使用し、その鮮度へのこだわりから、毎年7月から9月の間は販売を休止する季節限定販売の駅弁です。もちろん、「沼津香まだい寿司」でも、伊豆天城産の本山葵と卸器が封入されていて、“自分ですり下ろすわさび”が楽しめます。
【おしながき】
・まだい寿司(真鯛、酢飯、山葵の葉・茎)
・まだい寿司炙り
・伊豆天城産本山葵
・ガリ
ふたを開けると、寿司らしい香りと共に、ほのかな甘い香りが広がる「沼津香まだい寿司」。じつは開発に2年をかけた駅弁だそう。酢と昆布で最適な真鯛の〆方を見つけるまでに時間を要したと言います。「柑橘系のだいだい酢を効かせることで、鯛が持つ本来の甘さを引き出すことができているのでは」と桃中軒も自負する駅弁。比較的淡白な味わいの鯛を、粘り強い工夫でヒットにつなげているのも老舗の技ですね。
静岡県東部地方にある、東海道新幹線の三島・熱海の両駅にも、一部の「ひかり」号が停車します。三島駅は日中、2時間に1本、熱海駅には上下3本ずつの列車が停まり、東京~三島間は最速42分。三島停車「ひかり」は在来線接続が良好で、沼津港まではあっという間です。加えて富士からの身延線・甲府行や吉原からの岳南電車に待ち時間少なめで乗り継ぐことができるのも魅力の1つです(一部時間帯を除く)。
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/
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