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台湾で新日本プロレスの人気が高い理由 プロレスラー・新日本プロレス社長 棚橋弘至

ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2024年3月29日 11時20分

台湾で新日本プロレスの人気が高い理由 プロレスラー・新日本プロレス社長 棚橋弘至

黒木瞳がパーソナリティを務めるニッポン放送「黒木瞳のあさナビ」(3月22日放送)にプロレスラーで新日本プロレス社長の棚橋弘至が出演。プロレスの世界の素晴らしさについて語った。

新日本プロレス TV選手権試合 新社長の棚橋弘至 就任後初白星でTV王座奪取=2024年1月4日 東京ドーム(撮影・荒木孝雄) 写真提供:産経新聞社

新日本プロレス TV選手権試合 新社長の棚橋弘至 就任後初白星でTV王座奪取=2024年1月4日 東京ドーム(撮影・荒木孝雄) 写真提供:産経新聞社

黒木瞳が、さまざまなジャンルの“プロフェッショナル”に朝の活力になる話を訊く「黒木瞳のあさナビ」。3月18日(月)~3月22日(金)のゲストはプロレスラーで新日本プロレス社長の棚橋弘至。5日目は、今後のビッグマッチの予定について—

黒木)4月以降のビッグマッチをぜひご紹介ください。

棚橋)4月6日(土)に両国国技館大会があります。

黒木)両国国技館は1万人以上が入るのですよね?

棚橋)そうですね。普段は大相撲の会場ですが、ここで年に何回かやります。

黒木)会場は満席になるのですか?

棚橋)なります。

黒木)では、砂かぶり席がパイプ椅子になるのでしょうか?

棚橋)はい。

黒木)乱闘シーンでは、パイプ椅子を持ってリングに上がる光景がありますが、棚橋さんもそのようなことをしますか?

棚橋)私はずっと「いいもん」なので、何回かしかないですね。また、4月14日には台湾で新日本プロレス大会があります。

黒木)アジアでやりたいとおっしゃっていましたが、まずは台湾なのですね。

棚橋)コロナ禍以前は台湾で頻繁に大会を行っていました。今回は久しぶりに台湾へ行きます。

黒木)台湾でのプロレスはどうなのですか?

棚橋)台湾は、ケーブルテレビなどでプロレス中継を観てくれている方が多いのです。特に平成初期のプロレスを繰り返し放映している番組があるようで、新日本プロレスは知名度があり、会場も満員になります。

黒木)台湾は番組数が多いから、エンタメならエンタメ、プロレスならプロレスと、同じジャンルのものが1日中流れているのですよね。

棚橋)他にも5月3~4日には、福岡国際センターで2連戦を行います。

黒木)2日とも出るのですか?

棚橋)いまはタイトルがたくさんあるので、興行が盛り上がるように、この2日間でタイトルマッチをバランスよく入れています。

棚橋弘至

棚橋弘至

黒木)棚橋さんはどの辺りで出るのですか?

棚橋)いまはチャンピオンではないので、真ん中くらいですね。タッグマッチは2対2や3対3の他にも、4対4、5対5もあるので、すごいですよ。リングのなかで10人がグチャグチャになります。基本的には1対1で戦わないといけないルールですが、反則が5秒以内とか、割とルールがファジーなのです。レフェリーが見ていなければ反則も行えるので、1人がレフェリーを捕まえておき、うしろでボコボコやることもあります。こんなに曖昧なスポーツはないですし、そこがまた面白い部分でもあります。

黒木)ファンが歓喜するわけですね。

棚橋)「うしろ、うしろ!」と言って教えてくれます。

黒木)社長になられて数ヵ月ですが、就任当初と現在で、何か変化はありますか?

棚橋)プロレスラーになったときは、社長になれるとは考えていませんでした。プロレスという競技が終わったあとのセカンドライフでも、新日本プロレスのことを考えないといけないので、よくしていきたいなと思っています。

黒木)道場には、亡くなられた猪木さんのパネルが置いてあるそうですが、そのうち棚橋さんのパネルも現役中に……。

棚橋)猪木さんの本名は「猪木寛至」なのですが、そのなかから私は「至」という漢字を一字いただき、棚橋弘至になったのです。「弘」一文字でも「ひろし」と読めるのですが、あえて止め字で「至」をいただいています。父が猪木さんのファンだったそうです。

黒木)おばあちゃんだけではなく、家族でファンだったのですね。

棚橋)生まれながらにして、プロレスラーになることを宿命付けられていたのですね。

黒木)やはり100年に1人の逸材ですね。

棚橋弘至

棚橋弘至

棚橋弘至(たなはし・ひろし)/プロレスラー・新日本プロレス社長

■1976年、岐阜県生まれ。
■立命館大学法学部時代にレスリングを始め、1999年、新日本プロレスに入門。10月、真壁伸也(現・刀義)戦でデビュー。
■2003年に初代U-30無差別級王者となり、その後2006年に団体最高峰のベルト、IWGPヘビー級王座を初戴冠。第56代IWGPヘビー級王者時代には、当時の歴代最多防衛記録であるV11を達成した。
■またプロレスラーとして活動する一方で、執筆の他、テレビ番組等に多数出演。2018年には映画『パパはわるものチャンピオン』で映画初主演。2016年にはベスト・ファーザー賞も受賞した。
■愛称は「100年に1人の逸材」。
■2023年12月、新日本プロレス新社長就任を発表。

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