賃上げに沸く中、忘れてはいけないこと
ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2024年4月12日 11時30分
「報道部畑中デスクの独り言」(第367回)
ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回は、「賃上げ」に沸く空気に隠れている「課題」について—
自動車・電機など大手企業の組合で構成される東京・日本橋の金属労協事務局。3月13日の集中回答日、ホワイドボードに各社の妥結金額が書き込まれました。この日は日本製鉄など組合の要求を超える回答もあり、例年にも増して明るい雰囲気が漂っていました。集中回答日を待たず組合の要求に満額回答する企業もありました。午後に開かれた記者会見は例年にも増して注目度が高く、新型コロナウイルスが落ち着いたことも相まって、多くの記者でごった返しました。
「日本経済の好循環を実現しうる原動力ともなる回答結果。日本経済をけん引する労使の社会的役割をしっかり果たしている」
会見で金属労協の金子晃浩議長(自動車総連会長)は回答の状況を総括しました。会見の時点では2024年以降で「群を抜いて高い水準」とも話しました。
そのほかの組合でも回答の結果を高く評価するコメントが聞かれました。
「社会的責任が果たせる水準。経済の好循環の一助になる」(電機連合・神保政史中央執行委員長)
「非常に歴史的な水準。中小の交渉に大きな勇気を与えてくれる」(JAM・安河内賢弘会長)
中小の組合が多いJAMの安河内会長は歯に衣着せぬコメントで知られています。そういう意味では異例の評価と言えますが、「価格転嫁そのものはまだまだ道半ば」と注文も忘れませんでした。
集中回答日の夕方には首相官邸で政労使会議も開かれました。
「昨年を上回る力強い賃上げの流れができていることを心強く思う」
岸田文雄首相はこのように評価した上で、「中小・小規模企業における十分な賃上げによって、すそ野の広い賃上げが実現していくことが大切、あらゆる手を尽くしていく」と述べました。
中小企業への期待は労使双方も一致するところです。
「いいスタートが切れた。中小企業もモメンタム(勢い)を引き継いでもらいたい。去年を上回ることは確実になったと思うので、どこまで上積みできるか楽しみにしている」(経団連・十倉雅和会長)
「大手のいわゆる“親ガメ”に向かって価格交渉を、勇気を持ってやってくれと」(日本商工会議所・小林健会頭)
「真摯な労使交渉の結果で昨年を上回る回答。これが中小にいい意味で波及できることを期待している。これからが勝負どころ」(連合・芳野友子会長)
賃上げの焦点は中小企業に移っています。4月に入って連合から発表された第3回回答集計結果では、定期昇給を含む正社員の賃上げ率は全体で平均5.24%、組合員300人未満の中小組合の平均も4.69%でした。比較可能な2013年以降で最も高い水準です。連合では、中堅・中小組合が健闘していると分析しています。
今年の春闘は大幅賃上げの回答が相次ぎ、機運は高まりつつあります。一方で、忘れてはいけないことがあります。自動車業界では認証不正の問題など、不祥事が相次ぎました。
「競争力向上を狙った短期開発日程のもと、遅れが発生するとそのしわ寄せが後工程で発生する。日程優先で進め、最終プロセスとなる認証で不正をさせてしまった」
「業務量が増え、人材交流が滞り、上司に素直にモノを言えなくなった部分があった」
ダイハツ工業の井上雅宏社長は4月8日の新経営方針発表の中で、認証不正問題が起きた背景について改めてこのように話しました。また、日産自動車では取引業者への支払代金を不当に減額する「下請けいじめ」が明らかになりました。
足元を見ると、働き方改革の名の下、残業が規制されました。労働環境の改善は一定程度進んだとみられます。しかし、現場の仕事量が減るわけではない(増える場合もある)。人が増えるわけでもない。むしろ、全体として人手不足はますます深刻化している……。
現場を預かる人々は必死です。人出不足を解決するにはDX(デジタル・トランスフォーメーション)の活用による生産性の向上が必要という声がよく聞かれます。しかし、中小企業にそうした策を講じるだけの余裕があるのか、キャパシティを超えて疲弊した現場の労働環境を上層部がどれだけ理解しているのか……。業界を取材していると、自動車業界のような問題は実はどこの業界にも潜んでいるのではないかと思います。
ある化学メーカーの関係者が話してくれました。
「ヒトは減らされる。でも仕事はそれ以上に増えてくる、総残業量も減らせと経営サイドから現場のことをわからないまま、“まっとうな言い分”のように命令される。意外と組合員はしっかり管理されるが、そのしわ寄せが、残業代がつかない中間管理職に回ってくる。その上、中間管理職は“成果も出せ”という矛盾したことを言われ、疲弊していく」
このような状況になった理由として、関係者は日本社会が“効率化”の名のもとに、正社員をどんどん減らしてきたことを挙げています。会社はヒトを減らしても当面は何事もない状態で運営できるので、経営陣は、もっと減らせるとミスリードをするのだと……。
その上で関係者はこう語ります。
「機械、装置の効率化はぜひやるべきだけど、ヒトの面での“安易な効率化”はだめ。経営陣はもっと現場に入り込んで、真の現場の姿を常日頃観察する必要がある。この場合も現場のマネージャーとだけ話をして、現場査察した気分にならないことが大事だ」
街中に目を移すと、外食産業は慢性的な人手不足に陥っていると感じます。たまの外食の際、満席でないにもかかわらず、客席に案内する店員が出てこない、オーダーそのものも遅い店をよく見かけるようになりました。大手のファミレスではタブレットによるセルフオーダー、ロボットによる配膳も増えてきました。一方で、近くのラーメン店は人手不足でしばらく休業した後、いつの間にか店の扉に「テナント募集」の張り紙がありました。
3月13日の春闘集中回答日では金属労協会見後、金子議長が自動車総連会長の立場での会見に臨みました。認証不正問題が春闘に与えた影響について質問すると、不正そのものは許されるものではないとした上で、次のような回答が返ってきました。
「産業全体で何かしらの対策があるのではないか、改めての気づきがあった。働き方のところでかなりの労使がそこに向けて議論していた。『本音が言えないといい環境にならない』とか、議論をしたという意味ではプラスの影響があった」
労働に見合う正当な対価としての賃上げは大前提です。しかし、人出不足が常態化する中、決してカネだけでは解決できない部分もあります。賃上げの陰に隠れがちですが、「適正な働き方とは何か」……労使交渉は本来、そんな議論が大切なはずです。メディアも改めて焦点を当てるべきと考えます。
(了)
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