ヤギと一緒に人生の“みちくさ”を……幼き日にヤギに救ってもらった女性の決心
ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2024年5月23日 17時50分
それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
神奈川県横須賀市で、去年から2匹のヤギが草を食んでいます。1頭は、好奇心旺盛で活発な白いオスのヤギ・メイ太くん。もう1頭は、おしとやかな茶色いメスのヤギ・くりちゃん。飼育しているのは、市内にお住まいの池田陽子さん(50)です。
陽子さんは、千葉・流山のご出身で、小さい頃は家の近所の幼稚園で飼育されていたヤギのところに、「みちくさ」をしながら帰るのが常でした。ご両親は共働きで忙しくて、学校から帰っても、家には誰もいなかったんです。さらに、学校から配られる授業参観のお知らせが、陽子さんにとっては苦痛でした。
そんな陽子さんに、子供のいたずら心が芽生えます。
『どうせ来てくれない授業参観……、お知らせのプリントをヤギさんに食べてもらおう』
陽子さんがランドセルから、わらばん紙を差し出すと、ヤギはまるで童謡の「やぎさんゆうびん」のように、何も読まず、ムシャムシャと食べてくれました。そして、ヤギが口角をクッと上げて、ニコッと笑ったような表情をすると、陽子さんはどこかホッとして、自分を受け入れてもらったような気持ちになりました。
その後、大学を卒業した陽子さんは、お勤めを経て結婚。ご主人の転勤で横須賀に移り住み、お子さんの成長に合わせて、再び仕事を始めました。しかし、体調を崩してしまい、改めて人生を見つめ直す機会が生まれます。
ふと、小さかった頃、ヤギとふれ合って楽しかった経験が思い出されました。
『子供の頃、居場所が無くて、ヤギさんに救ってもらった私……。今度はヤギさんと一緒に、まわりのみんながホッとできる場所を作ってみたい!』
その気持ちを、思い切って知り合いの人たちにも話してみました。
「いいじゃない! 何も100点満点で開業する必要はないよ。たとえ60点でも、ヤギと一緒に癒しの場所を作るなんて、試してみるだけで面白いよ!」
その言葉に後押しされた陽子さんは、思い切ってヤギを飼う決心をしました。
さっそく池田陽子さんは、ヤギを通じて多くの人に触れあってもらうためには、どんな準備が必要なのか調べてみました。すると、「愛玩動物飼養管理士」という資格があることや、1年間の動物に対する実務経験が必要なことが分かります。
陽子さんは、知り合いのツテを辿って、動物病院でのアルバイトを始めました。一方、神奈川県内でヤギを飼育している牧場を訪ねて、ヤギを受け入れるために、牧場主さんとの信頼関係を作っていきます。
さらに、横須賀には、「Miraie(ミライエ)」という、夢を叶えようとする人を応援する団体があることも分かって、陽子さんの考えに共感して、無償で土地を貸してくれることも決まっていきました。
そして、2023年5月、陽子さんのプロジェクトが産声を上げます。小さい頃の「みちくさ」の思い出にちなんで、「みちくさラボ」と名付けました。「ヤギがいる!」とウワサを聞いた人たちが、少しずつ「みちくさラボ」にやってきて、ふれ合い体験を楽しんでいく方が増えていきました。
そのうち、陽子さんのママ友だった方が、久しぶりに声をかけてくれました。
「陽子の夢を応援したいから、今度、学校へ来て授業をやってよ!」
2頭のヤギと一緒に小学校を訪ねて、自然と命の大切さについて出張授業を行うと、エサやりをした子どもたちが笑顔いっぱいで喜んでくれました。
「みちくさラボ」の誕生からちょうど1年。ボランティアの協力者も増えて、その活動の広がりに、陽子さんも驚いています。
「夢みたいですね。きっと、ヤギさんには人を惹きつける力があるんですよ!」
じつはヤギは寂しがりで、1頭だけで飼育することが出来ません。力も強いため、人間が1人で面倒を見ることも、まず無理な動物なんです。ヤギがいると、自然と人間同士で声を掛け合って、助け合う必要が生まれます。そんな特性がヤギの周りに人が集まる理由ではないかと、陽子さんは考えています。
いまでは、「みちくさラボ」のヤギとのふれあい体験に訪れた人が、1日ボーッとヤギのしぐさを眺めるうちに、日ごろの悩みをポツポツと話し出す人もいるといいます。
池田陽子さんは、幼き日に、「みちくさ」をしながら学校から帰った自分自身の姿に思いを重ねながら、こう話してくれました。
「コスパ、タイパの時代っていいますが、そう上手くいくことばかりじゃないと思うんです。人生だってもっと、“みちくさ”をしてもいいんじゃないでしょうか?」
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