大量に獲れるけど安い「マイワシ」に付加価値をつけた! 『ハコダテアンチョビ』に詰まった思い
ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2024年6月20日 11時30分
それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
函館で漁師をされている熊木祥哲さん(43)。
「僕が子供の頃、函館は若い漁師が街を闊歩し、活気あふれる港町でしたね。祖父も父も漁師だったので、カッコいい漁師に憧れましたね!」
ところが高校を卒業すると「インテリアコーディネーターになりたい」と上京し、デザインの専門学校に入ります。東京への憧れがあったようです。
しかし、専門学校を出ても、インテリア関連の就職先が見つからず、就活を続けながらアルバイトをしたのが、マンション販売の会社。そのうち、勧められるまま、正社員に採用されます。1日2,000本の電話営業や、一軒ずつお宅を訪問し、地道に努力した結果、どんどん売上を伸ばして、やり手の営業マンになっていくのですが……
24歳の時、過労で倒れて意識不明に陥り、救急車で病院に運ばれます。病名は「急性心筋炎」……、呼吸困難からショック死の恐れもありました。
意識を取り戻した熊木さんは、契約中の仕事が気になって仕方がない。ベッドの上から上司に電話をかけ、引き継ぎを頼みました。退院してからも、バリバリの営業マンとして働き続けますが、次第に心も体も疲れ果て、これ以上は無理だと29歳の時、会社を辞めます。
心配した函館の父親から「帰ってこい」と電話があり、次の仕事が見つかるまで、父親の手伝いでもするか、と船に乗ります。
この時、初めて漁師のきつさを知った熊木さん。
「苦労して魚を獲ったのに実入りが少ない。漁師ってこんなにきついんだ」
魚離れの影響で、市場のセリも安い。その後、漁師になったものの、何千万円のマンションを販売していた頃が、懐かしくて仕方ないんですね。
そんなある日、小学生になったばかりの息子から、こう聞かれます。
「パパが獲った魚って、どこで売ってるの?」
息子の素朴な疑問に、熊木さんは衝撃を受けます。農業だったら、名前や写真付きの野菜が売れるのに、漁業は誰が獲った魚か分からない。市場や組合に任せるだけではなく、漁師も売り方を考えるべきではないのか……、息子の一言で熊木さんが動き始めます……。
熊木さんの1日は、朝3時から始まります。3時半に両親と3人で函館漁港を出港し、定置網で獲れたヤリイカを、5時半に市場へ運びます。6時になると、今度は一人用の磯舟に乗って、ウニ漁に出ます。水揚げしたウニは、母が待っている加工場に運び、“塩水パック”にして出荷します。ウニ漁の最盛期は、夜11時にやっと寝られるそうです。
忙しく働く熊木さんですが、息子の一言で立ち上がります。2021年、地元の漁師5人と、直販イベント『ハコダテ フィッシャーマンズ マルシェ』を開くと、これが大盛況! 飛ぶように売れますが、食文化の無いイワシだけはさっぱり売れない。
函館は「イカの街」と呼ばれています。毎年6月、スルメイカ漁が解禁になりますが、海水温上昇が原因なのか記録的な不漁が続いています。熊木さんは、定置網でヤリイカを獲りますが、ここ数年、マイワシが、1回の漁で、ドカッと2~3トンも掛かります。市場でセリ落とされないと、「熊木さん、持って帰って」と言われ、マルシェでお客さんに勧めても、「イワシ?」と首を振られてしまいます。そこでイワシの「フライ」や「つみれ汁」を作って試食してもらうと「あら、意外と美味しいわね!」と笑みが溢れます。しかし、一回の定置網で、2~3トンも獲れるイワシを、人件費をかけて加工しても、安いイメージからどうしても価値を見出すことが出来ません。
何かいいアイデアはないものか……。漁師だけで考えても何も始まらないと熊木さんは、水産加工会社、シェフ、商業施設、魚博士、就労支援施設に呼びかけ、マイワシに付加価値を付けるプロジェクトを発足します。その名も『ハコダテ アンチョビ プロジェクト』……。試行錯誤の末、2022年に世界初マイワシを使ったアンチョビがようやく完成しました。
熊木さんの行動力、それはマンション販売の営業で培ったものでした。
「一番大事なのは人間関係……。人と人とのキャッチボールなんですよ。行政も、組合も、お店も、漁師も、みんなで力を合わせて、ウィンウィンじゃないと、うまくいかないんです。この『ハコダテ アンチョビ』は、みんなの熱い思いが詰まった商品だと思っています」
熊木さんには、小学4年生と2年生の息子さんがいます。「4代目にさせますか?」と伺うと……、「継がせません!」とキッパリ。
「漁業の現状が、このまま変わらないのなら、継がせない」
という熊木さんですが、日本の漁業を変えていこうと頑張る父親の姿を、息子さんたちは、カッコよく見ているかもしれません……
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