経済人が考える日本の課題 財界セミナーの議論【後編】
ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2024年8月2日 5時0分
「報道部畑中デスクの独り言」(第378回)
ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回も前回に続き、財界セミナーについて。
夏に入ると毎年恒例で開かれる経済界の夏季セミナーや政策懇談会、この中で小欄は経済同友会の夏季セミナーについてお伝えしています。後編は以下2つのテーマについての議論です。意外な視点からの意見も飛び出しました。
■投資拡大、日本が本当に目を向ける相手は?
「投資拡大」、いわゆる「成長と分配の好循環」に向けて、投資拡大の必要性が謳われて久しいですが、これについても様々な議論がありました。日本アイ・ビー・エムの山口明夫社長は製造業やサービス業などの「国内回帰」を訴えます。
「やはり、国内でつくらなければいけない、モノでもサービスでもソリューションでも。安いモノを海外でつくって輸入をしてきた、そのメリットを享受してきた30年間の結果として空洞化が起きた。もっともっと国内でいろいろなものをつくれる。企業が自ら国内に投資をする姿勢を見せない限り、外から“日本が魅力的”という形では受け入れらけないのではないか」
山口社長はその上で、海外でソフトウェアをつくっている従業員3,000人を国内に移したことを明らかにしました。
一方、新浪代表幹事はアジアにおける日本の立場に関し、厳しい認識を示しました。「日本は2023年度のFDI(海外直接投資)は187億ドル、シンガポールは1412億ドル……人口が小さいとかそういうことではなくて、やる気があるかどうか。つまり、日本国は世界の投資の中心になるような国ではなくなっていることを自覚し、どうしてこうなっちゃったのかということを考えないと。シンガポールに何と8倍負けている。アメリカ、ヨーロッパに追い付き追い越せ、あれを見て何か考えろというのではなくて、もうアジアに負けているということを理解してやっていかないと、シンガポールを見習わなきゃだめだ」
シンガポールは人口が約564万人で日本の20分の1以下、国土も東京23区よりやや大きいぐらいの小さな国です。しかし、そんな規模の国が膨大な投資を呼び込む国へと変貌しています。
その強みはまずは金融。イギリスのコンサルタント会社が実施している世界の国際金融センターの実力を評価する調査で、最新の実力ランキングは1位ニューヨーク、2位ロンドン、そして3位がシンガポールです。
物流の分野でもチャンギ国際空港は世界60カ国、200都市以上を結ぶ路線が乗り入れていると言われています。シンガポール港はコンテナの取扱量で世界2位。デジタル化、キャッシュレス化、スマートモビリティといった取り組みも強力に進めています。現代の成長のキーワードと言われている要素をほとんど押さえているという意味では、もっと目を向けていくべき国であり、新浪氏の危機意識もここにあると言えます。
新浪氏は日本政府に対し、シンガポールを見習い、「骨太の方針」に盛り込むよう主張したものの、受け入れられなかったと話します。欧米にしか目が向いていない実態に対し「官僚の“アホさ”、政治家の“アホさ”」といら立ちを見せていました。
■生成AI、日本と世界が抱える3つの課題
最後は生成AI、もはやニュースで見ない、聞かない日はないというべき注目のワードです。社会を変えると言われる生成AI ですが、この分野の専門家、千葉工業大学学長でデジタルガレージの伊藤穣一取締役からは様々な問題提起がありました。
一つは、AIが人間を超えるのでないかという懸念。アメリカ、イギリスのLLM=大規模言語モデルのトップは、「10年以内に50%の確率で、インテリジェンス爆発が起きる」と話しています。つまり、人間がコントロールできないAIで出現するというのです。さらに、政府の複数の幹部は、「20~25%の確率でAIによって10年以内に人類は滅びる」とも。これを止めるために全力を果たしていると言います。
もう一つは、人材不足の問題。伊藤氏は、日本では人材不足という認識はあるものの、どういう人材が足りないのかが定義できていないと指摘します。アメリカ、イギリスでは技能のロードマップが標準化され、大学でも検証しているのに対し、日本は圧倒的に遅れているといいます。「どういう人材が何のために必要か」……企業でも役員レベルで理解している人が必要と主張しました。経営者にとっては耳の痛い話だったと思います。
そして、最も深刻なのが、電力の問題です。AIやデータセンターが費やす電力は膨大で、
アメリカでさえ一般市民の分が足りなくなる可能性が挙げられました。さらに、インドや中国では、石炭や原子力による電力でデータセンターがつくられ、脱炭素エネルギーと言っていられなくなるのではないか…そんな状況も指摘されました。
議論では国内でデータセンターや半導体工場の建設により、2033年度には最大電力需要が2023年に比べて537万kW増加する見通しも示されました。クルマの世界でも電動化、知能化が進むと、電力、とりわけエネルギーの問題に直面します。すべての問題はつながっていると痛感します。クエスチョンタイムで新浪代表幹事にこの点を質すと、エネルギー基本計画の話に及びました。
「電力は相当問題がある。いままであった第六次の電力の供給の仕組みそのものが、実現できないというのは明らか。第七次は現実的なものにしてもらいたい。電力に関してはとりわけ、不都合な真実を伝えなくてはいけない。そして国民のコンセンサスを早急に得て、手を打っていかなくてはいけない」
今年度中の策定に向けて、第七次エネルギー基本計画が議論されています。現在の第六次の計画はいわゆる「S+3E」、安全性を大前提に、安定供給、経済効率性、環境を重視して3年前の2021年10月に策定されました。2050年のカーボンニュートラル、2030年度の温室効果ガス46%削減に向けて電力供給の目標比率も定められました。再生可能エネルギー36~38%、原子力20~22%、天然ガス火力20%程度、石炭火力19%程度、石油火力などが必要最小限の2%程度、水素・アンモニアが1%程度というものです。つまり、火力発電はあわせて40%あまりの目標です。
しかし、現実には石炭や天然ガスなどの火力発電が2022年度の実績で70%を超えています。目標は野心的なものとはいえ、実態とのかい離をどうするのか、第七次計画の焦点となりそうです。
セミナーは2日間、経済人が日本の現状、課題をどう考えているのか、輪郭がはっきりしたという意味で意義のあるものでした。ただ、こうした議論を今後の政策提言にどう活かすか、経済同友会の腕の見せ所となります。
(了)
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