ホンダと日産 協業に向けて前進も…今後の展望
ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2024年8月10日 8時0分
「報道部畑中デスクの独り言」(第380回)
ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回は自動車業界の協業について。
8月1日午後4時、東京・京橋のホール。両社の社長は登壇の際、笑顔で軽い握手を交わしました。自動車大手のホンダと日産自動車が今年3月、電動化・知能化の分野における提携検討を発表していましたが、あれから4カ月あまり、その進捗状況が明らかにされました。
「前回はまだ検討をスタートするという段階だったので、握手をするのは時期尚早と考えていた。思った以上にメディアがこの点を取り上げていて、少し心を痛めていた。しっかりと握手ができるまで進展が図られたことを報告しておきたい」
ホンダの三部敏宏社長は記者会見の冒頭、このように語りました。また、日産の内田誠社長は約100日間にわたる検討の成果を強調しました。
「文化の違う両社ではあるものの、課題認識は現場レベルで同じであることがわかった。お互いの強みを生かして、1+1が2以上になるシナジー(相乗効果)を生み出せる協業分野を特定できた」
今回のポイントは「次世代SDV(Software Defined Vehicle)プラットフォームに関する基礎的要素技術の共同研究」「バッテリー、イーアクスル、車両の相互補完、エネルギーサービスなどの協業検討」そして「提携検討への三菱自動車参画」です。
自動車業界は以前からそうですが、英字やカタカナ用語が多く、“翻訳”に苦労します。SDVとは何か? 経済産業省と国土交通省が発表した「モビリティDX戦略」で次のように定義されています。
「クラウドとの通信により、自動車の機能を継続的にアップデートすることで、運転機能の高度化など、従来車にない新たな価値が実現可能な次世代の自動車」
今後、クルマの機能は、機械的な部分以上に、ソフトウェアに負うところが大きくなるというわけです。自動車業界ではソフトウェアを含む基盤=プラットフォームの構築が急務になっており、トヨタ自動車も「Arene(アリーン)」と名付けたプラットフォームの開発を進めています。WindowsのようなOSの車載版とも言えるもので、パソコンと同様の展開がされれば、クルマの世界もプラットフォームを制する者が世界を制する可能性があります。
「競争力を左右する要素は、技術者の質と数、データ量、計算処理能力、これらのかけ合わせと言われている」
ホンダの三部社長はこのように述べ、競争力を確保するための共同研究の意義を強調します。今後1年をめどに基礎研究を終え、現在の仕様とは違う進化したシステムを、順調にいけば、2030年の手前には具体化したいという考えを示しました。
続いて、電動化の領域でも踏み込んだ合意が交わされました。両社が調達したバッテリーを今後、どちらの車種にも搭載できるようにすること、イーアクスルと呼ばれるEV=電気自動車の中核となる装置を将来共通化することを目指し、そのステップとして、装置を構成するモーター、インバーターを共用していくことで合意しました。
モーター、インバーターの共用において、三部社長は供給元も明かしました。それは「日立Astemo(以下アステモ)」というサプライヤー=部品メーカーです。アステモについては以前小欄で、かつての日産系、ホンダ系のサプライヤーが統合されて成立した経緯があり、サプライヤーレベルで両社の距離が縮まっていることをお伝えしました。ホンダ・日産の提携にひと役買っていることが裏付けられたことになります。
なお、イーアクスルはモーター、インバーターに加えて減速装置などで構成されます。共通化に向けてはこれらの部品に関する調整も必要になってきます。また、アステモはいわゆる「Tear1」=一次下請けのサプライヤーです。電動化の分野で今後二次、三次以降を含めた企業再編が加速することが予想されます。
そのほか、車両の相互補完、具体的な車種は明らかにされませんでしたが、ガソリン車からEVなど、幅広い文化を検討しているということです。充電サービスなどエネルギーにおけるサービス体制についても協業検討で合意をみました。
そして、すでに日産と提携関係にある三菱自動車もこの枠組みに参画することが明らかにされました。
「新たな仲間が参画することになった。技術や知識の結集による新たな価値の創出と、三社でのさらなる効率化が期待できると確信している」(日産・内田社長)
なお、三菱自動車の加藤隆雄社長は会見に姿は見せませんでした。
社風も文化もファン層も違う両社の協業検討は、3月の会見の時点ではいささか疑心暗鬼のところもありましたが、今回の会見では予想以上に進捗し、多岐にわたっていると感じたのが正直なところです。それは、中国をはじめとする新興勢力の攻勢に対する危機感にほかなりません。折りしも中国市場における7月の新車販売台数は前年同月比でホンダ41.4%減、日産20.8%減と著しい落ち込みでした。新エネルギー車への「ゲームチェンジ」と激しい価格競争で厳しい市場環境にあることがうかがえます。
「電動化、知能化という領域においては、新興勢力含めてかなりわれわれの想定を超える以上のスピードで変化している。個社の中でそれをやると、いまのままでは彼らの背中を捉えることはできない。いまは平常時というより非常時。いままでのやり方の延長線上ではなかなか世界を捉えることはできない」
ホンダの三部社長の認識はまさに「協業しか手がない」という危機感そのものですが、課題は少なくありません。一つはカネ。三部社長はソフトウェアの開発費用について「四桁億円ぐらい」と話していました。協業で分担するとはいえ、膨大な開発費を、企業体力を維持しながら調達することができるのか、特に日産は今年度第一四半期の決算の営業利益が前年同期比99%の減益となりました。現状の技術、商品力でつなぎながら、次世代に向けた開発費用を安定的に捻出するには一段の奮起が必要でしょう。両社の資本提携の可能性についても質問に上りましたが、「現時点では検討をしていない」と話す内田社長に対し、三部社長は「今後のビジネス含めて可能性として否定するものではない」と含みを持たせました。
続くバッテリーに関してです。日産が以前、NECと合弁で設立したAESC(オートモーティブエナジーサプライ)は現在、中国資本「エンビジョン」の傘下にあります。ホンダはGSユアサなどと組んでいますが、今後のバッテリーの調達を考えると、両社が手を組むのはもはや必須と言える状況です。ただし、大量調達の体制となっても、安全性が第一であることは言うまでもありません。
記者会見では次世代バッテリーとされる全固体電池についての言及はありませんでした。実はここが気になったところですが、関係者によると、現時点では両社の「競争領域」となっているようです。ただ、電池開発の専門家の話では、全固体電池はトヨタが世界的に見ても生産体制を含めた技術力で圧倒的にリードしているとのこと。この分野についても、今後、両社が向き合っていくことになるのか、注目です。
記者会見では「スピード」「スピード感」「スピーディ」という言葉が両社の社長で計19回飛び出しました。内田社長も「何が足りないか、やはりスピード感」と認めます。ホンダとの技術交流会に以前参加したことのあるサプライヤーのOBは、ホンダで驚いたのが試作車製作のスピードだったと言います。「本田宗一郎イズムのF1で養ったものではないか」と話していました。日産はこうしたところもホンダに期待しているとみられます。
「最初のステップに踏み出すことができた。今後これらの構想をスピーディに実行に移し、成果を刈り取っていくことが重要。矢継ぎ早に手を打っていく。まだまだ試合は始まったばかり、十分戦えると思っている」(三部社長)
会見では現場レベルの従業員も参加、「化学反応を起こしながら、お互いをリスペクトしながら密なコミュニケーションがとれた」(ホンダ)、「SDVでもう一度勝つ、リードするという想いは共通している。新しい世界をつくれると確信している」(日産)と前向きな発言が相次ぎました。現場からは社風や文化の違いを超えた熱量を感じます。ただ、それと経営陣の力量は別の話。特に日産は件の通り、経営の失敗や混乱の歴史があります。
会見後、両社の社長はフォトセッションに応じ、改めて握手を交わしました。非トヨタ系として、中国などの新興勢力に対峙しながら、協業を正しい方向に導くことができるのか、両社の経営手腕が問われます。
(了)
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