オオカミより強い“青ずきん” 絵本で性別の固定観念を壊す 元アナ・杉上佐智枝がイタリアで取材
日テレNEWS NNN / 2024年6月15日 7時40分
世界最古の大学ともいわれるボローニャ大学や、スパゲティの“ボロネーゼ”で有名なイタリア北部の古都・ボローニャ。ここで毎年春、世界最大の児童書専門展である『ボローニャ・チルドレンズ・ブックフェア』が開催されています。
私、日本テレビの杉上佐智枝は、2023年6月に22年間所属していたアナウンス部から異動。現在は、サステナビリティ事務局という部署で『絵本専門士』の資格をいかし、絵本を使った地域・教育への貢献活動などに取り組んでいます。今回、現地を取材すると、イタリアならではの問題に絵本の力を活用しようとする人の姿がありました。
街の中心部に、市立図書館や児童書専門店がある本の街・ボローニャ。至るところに書店があり、カフェが併設されているなど、市民の生活に溶け込んでいます。その中で、とても気になる書店を見つけました。名前は、『LIBRERIA DELLE DONNE DI BOLOGNA』。直訳すると、“ボローニャの女性たちのための書店”です。
入ってみると、女性が描かれたものや、性教育・ジェンダーに関する本がずらりと並んでいます。店長に話を聞きました。
杉上「こちらは、どういう書店なのですか?」
店長「基本的には、女性に対する性差別、ジェンダーのこと、女性に対する暴力などに特化した本を置いています。物語、詩、エッセイ、伝記、児童書などで、それらの著者が全員女性であるということに重きを置いています」
杉上「ティーンや児童向けのものもありますね?」
店長「もちろんあります。特に、この5年くらいで、性と体、生理に関する本は爆発的に増えました。イタリアでは、性や体の話は学校でも家庭でも話しにくい。小学校や中・高でも性教育は行われていないですし、体の変化に関する本も数年前まで一切なかったです」
児童向けの絵本では、“王子様”ではなく“本”に助けられたプリンセスの物語や、日本でも出版されている『せかいでさいしょにズボンをはいた女の子』という絵本。筋骨隆々だけど、趣味が編み物の男性を描いた作品など、ジェンダーバイアスやステレオタイプを打破するような視点を持つ絵本が多くありました。
外務省のホームページによると、国民の約80%がキリスト教(カトリック)といわれるイタリア。男女の役割が明確だったファシズム政権下での歴史的背景もあり、保守的な価値観が根強く性について語ることがタブーとされていて、女性の権利や多様性への理解も進んでいない面があるといいます。世界経済フォーラムが今年6月に発表したジェンダー・ギャップ指数では、イタリアは146か国中87位(日本は118位)。EU27か国中25番目です。
そのような保守的思想の強いイタリア社会での挑戦。この書店でも多く見かけた、多様性やジェンダー平等に関する本だけを取り扱っている出版社があるということで、ブックフェアの会場に向かいました。
■批判殺到も…子ども向けに“ジェンダー絵本”を出版する理由
私が訪れたのは、『セッテノーヴェ』という出版社のブース。編集のモニカさんに話を伺いました。
杉上「どういった出版社なのですか?」
モニカさん「2013年にできた出版社で、当初から性別による暴力や、両性のあいだの平等というものをメインにした出版をしています。絵本やエッセイ、物語、それから暴力を受けている人を助ける救済センターに置く情報冊子も作っています」
杉上「イタリアの社会にとって、必要だったということでしょうか?」
モニカさん「その通りです。性に関するステレオタイプを打ち壊していくための本が必要だと思います」
この出版社の挑戦は、最初は驚きとともに受け止められ、SNSに批判が殺到したこともあったそうですが、こういう動きが必要だと思っている人も多くいるといい、応援や支援の声も多く届き、その支援と理解の輪がどんどん広がっているそうです。
この出版社でおすすめだという絵本が、こちら。
“赤ずきんちゃん”の主役が青いずきんの女の子で、赤い帽子をかぶった男の子がオオカミ。2人は仲良く遊んだり、ケンカしたりすると青ずきんちゃんの方が強くて、オオカミ男子は泣いてしまうことも。最後は、おばあちゃんの家に着き、オオカミ男子にもパンを分けてあげるというストーリーです。有名な童話をベースに、ジェンダーギャップやバイアスに一石を投じています。
杉上「子ども向けにこのテーマで絵本を出すことの意味を、どのように感じていますか?」
モニカさん「あえてこういうテーマで、小さな子ども向けの絵本をだすのはすごく大事だと思っています。特に、“ステレオタイプ”な考え方をとりのぞくためには。幼い頃から、“自分たちはどういうふうになるのかは自由でいい。あなたたちは特別”ということを教えるために、絵本のきれいな絵や物語で伝えていくのは、とても意味があると思います」
この出版社は“リフージ”という、書店と一緒になって女性を救う活動も始めています。
“リフージ”とは“避難所”という意味で、街の書店と協力し、暴力を受けている女性が逃げ込んで保護してもらう事ができる、「書店が避難所になる」仕組みです。その協力書店には、DVを受けている女性がどうすれば自分を守ることができるのか、という情報誌が置いてあったり、ワークショップを行ったりしています。現在、すでに40ほどの書店と連携しており、その数はどんどん増えていく見込みだそうです。
■編集後記
「ジェンダーレス」。従来のジェンダー観にとらわれない表現や、男女兼用の衣類等を意味する和製英語と言われています。イタリアには、ジェンダー「レス」という考え方はないそうで、「ジェンダーは、ある。物理的、身体的な差などは、ある。その上で、お互いその差を認め、理解し合う上に理想の社会がある」という認識が一般的だそうです。それぞれの国の歴史や背景、価値観は多様ですが、少なくとも、ジェンダーのバイアス=思い込みに気づくこと、そしてすべての「違い」を彩りととらえ、お互いのありのままを尊重できる社会になればいいなと思います。そのために自分ができる、絵本と子どもたちに向けた活動をもっと考えていきたいと思いました。
(取材・構成 杉上佐智枝)
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