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世界初の治験進む iPS細胞を使った重症心不全の治療 開発の裏側は・・・

日テレNEWS NNN / 2024年8月27日 7時3分

日テレNEWS NNN

iPS細胞から心臓の筋肉の細胞を作り、それを重い心不全の患者の心臓に注入して心臓の機能回復を目指す世界初の治験が行われている。そのためには医学的研究のほか、特殊な針の開発、長距離輸送試験など様々なチャレンジが続いていた。

治験の手術から1年半 みこしを担ぐ岡村勇さん(赤い服の男性)

岡村勇さん(68)は、およそ2年前、重い心不全と診断された。「歩くともうはあはあして、自転車をこぐって言っても苦しくなってぜんぜんこげない」「3日間くらい息が苦しいんで。もう緊急で入院しなくちゃダメだと言われた」岡村さんは1年半前、iPS細胞から作られた心筋細胞(心臓の筋肉の細胞)を心臓に注入する治験に参加した。その後、心臓の機能が回復し、今年の夏は、週末ごとに祭りで趣味のみこし担ぎを楽しむほど体調が良いという。

■心不全を治すには心筋細胞を補填するしかない

心不全とは、心筋梗塞などで心臓を動かす筋肉の細胞=心筋細胞の一部が死んでしまい、心臓の収縮力(血液を押し出すポンプの役目)が弱まり、死に至ることもある病気。治療のための飲み薬もあるが重症患者は治せず、根治には心臓移植しかないが、心臓の提供者は少ない。実は心筋細胞は、ほかの筋肉の細胞とは異なり、一度死ぬと体内で再び作られることがない。心不全を治すためには、自然には増えない心筋細胞を人工的に補って、心筋を増やし、心臓のポンプ機能を回復させる必要がある。

■世界初 iPS由来の心筋球による心臓治療とは

心筋細胞を心臓に移植するイメージ図

医師で慶応大学名誉教授の福田恵一氏らの研究チームは、様々な臓器の細胞になれるiPS細胞から心筋細胞を作りだすことに成功し、それを患者の心臓に大量に注入する世界初の方法、心筋補てん療法を開発した。注入された心筋細胞はもともとあった心臓の筋肉につながって生着し、心筋が増え、心臓が収縮力を取り戻すというのだ。

福田氏が立ち上げた医療ベンチャー企業Heartseed社は、現在、ヒトで安全性と有効性を調べる治験を行っている。今年5月までに、5人の重い心不全の患者の心臓に心筋細胞5000万個を移植(注入)したところ、経過観察期間の6か月を経過した4人のうち3人では、様々なデータで、心臓機能の著しい改善がみられたという。改善がないとされた1人も、心筋細胞が移植されていない部位の悪化で全体の数値が良くないものの、移植された部位では改善が見られたと福田氏は説明した。

複数の心筋球が拍動している(Heartseed社提供 )

この研究チームが開発した方法の特徴は心筋細胞を1000個集めてごく小さい塊「心筋球」を作ったことだ。心筋細胞をばらばらの状態で心臓に移植すると、そのうち3%ぐらいしか生き残らなかったが、塊にして移植すると細胞が死ぬのを防ぐことができ、生着率は20倍以上になったという。

また心筋細胞移植後、不整脈やがんができる可能性があることも課題だった。研究チームは純度の高い心筋細胞を作る技術を16年以上かけて開発した。iPS細胞からは体の様々な部分の細胞を作ることができるが、その性質ゆえに心筋細胞を作ろうとしても、ほかの臓器などになる細胞もできてしまい、拍動しない細胞が混じったまま心臓に注入すると「不整脈」が起きてしまう。

真ん中の白い塊が心筋細胞。周囲にある黒っぽい細長いものが未分化のiPS細胞(Heartseed社提供)
特別な培養液の中で育てると、周りにあった未分化のiPS細胞が消えていき、白い心筋細胞が大きく育つ(Heartseed社提供)

そもそも細胞は種類によって必要とする栄養が異なる。iPS細胞はブドウ糖とグルタミンを栄養としていて、それがないと死んでしまうが、心筋細胞は乳酸があれば生きていけることを研究チームの慶応大・遠山周吾助教(当時。現在は藤田医科大学東京先端医療研究センター准教授)が2016年、世界で初めて発見した。iPS細胞から作り出した心筋細胞を育てて増やす段階で、栄養となる「培養液」にブドウ糖とグルタミンを入れずに、乳酸を入れることで、未分化のiPS細胞がなくなっていき、純度99%以上の心筋細胞を作り出すことに成功したという。それにより、がんができるリスクを下げた。

さらに心筋細胞の中でも、「心室」の筋肉の細胞だけを作り出し、「心房」の筋肉の細胞などが混入しないようにする技術も開発できたこと、かつ、心筋球にして死滅する細胞を少なくしたことにより、不整脈を減らすことができたという。

治験のうち5例目の手術(5月・東京女子医大病院)

今年5月、治験のうち5例目の手術が行われた。今回の手術を担当したのは東京女子医科大学病院心臓血管外科の新浪博教授。

手術に使われた特殊な針(透明な筒の部分に心筋細胞が入っていて、右下の銀色の3本の針で患者の心臓に注入する)

患者の心臓に15回、特殊な針を刺し、心筋細胞5000万個(心筋球5万個)を注入する手術はおよそ40分ほどで終わった。正式な経過観察データは6か月以降に集める規定だが、患者の状態は安定しているという。

■特殊な針も開発 出血がない針とは?

開発された特殊な針 3本一組になっている

世界初の治験のため、心筋球を注入する針もいちから開発する必要があった。Heartseed社の機器開発担当が施行錯誤を繰り返し、3本一組の特殊な針が編み出された。はり治療に使う針を参考にして、針を抜いた後の出血がなく、移植した心筋細胞が漏れ出さないものを目指した。通常の注射針は先端がとがり、組織を切り裂くが、開発された針は先端が丸く、組織を押し広げるように入り込み、針の脇にあいた穴から心筋細胞を出し、針を抜いた後は組織が元に戻り、穴が塞がるのだ。

水を入れたビニールで実験 左=通常の注射針 右=開発された特殊な針
左=通常の注射針を刺した後、穴があき、水滴が出ている 右=特殊な針を刺した瞬間
左=通常の注射針を刺した穴からは水滴が出ている 右=特殊な針を抜いた後、穴(3つ)はふさがり、水が漏れない

Heartseed社が特殊な針の製造を委託したのは、医療用機器など金属の精密加工技術を誇るスズキプレシオン社(栃木県・鹿沼市)。

スズキプレシオン社での針の開発会議

7月に行われた会議では、治験の手術を担当した医師からの意見をもとに、両社の担当者が針の角度などについて話し合っていた。

スズキプレシオン社の担当者玉那覇ケンジさん

「針にごく小さい穴を安定して開けるのがとても大変でしたが、我が社が長年培ってきた、精密微細加工技術を生かして加工方法や加工プログラムを何度も見直して試行錯誤し、精度の高いものを作ることに成功しました。実は私の家族も心臓病でバイパス手術を受けまして、病気の苦しみを近くで見ていたので、今回の世界初の治験の中で、自分たちの技術がちょっとでも一人一人の患者さんを救えることになるんだとしたら、とてもうれしく思います」

■長距離輸送の試験も繰り返している

輸送試験前の心筋細胞のチェック(ニコン・セル・イノベーション提供)

現在の課題は、極めてデリケートな心筋球が長距離の運搬に耐えられるかだ。正式な治療法として承認されれば、全国で心筋球が使われる可能性があるため、運搬方法の詳細を決める必要がある。7月に行われた輸送試験では、冷蔵保存(4度)で約450キロメートルを移動、品質に問題がないことを確認したという。

■治験は新たな段階へ

Heartseed社社長で慶応大名誉教授の福田恵一氏(左)

この治験について、今年7月、独立した安全性評価委員会が安全性に問題なしと認めたため、福田氏らは、移植する心筋細胞の量を3倍の1億5000万個に増やして、新たな5人の重い心不全患者に移植する治験を行う予定だ。その後、順調にいけば2027年に、国から治療法として承認されることを目指しているという。

この治験では、あらかじめストックされている、多くの人に適合するタイプのiPS細胞から心筋細胞を作って移植している。今後は、心臓病の患者本人の血液などからiPS細胞を作り、それをもとに作った心筋細胞を移植する形も目指すという。そして、胸を開く手術ではなく、カテーテルで心筋細胞を投与する形も検討中だ。

福田氏は「従来の治療法では救えなかった患者さんを救える可能性が出てきた。かなり冒険に近いようなことの連続だったが、最終的にこのような医療に繋がるのは無上の喜びです。なんとか開発を成功させたい」と話している。

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