「読書はセクシー!?」イギリス人が日本文学にハマる理由と“正義”のありか【ロンドン子連れ支局長つれづれ日記】
日テレNEWS NNN / 2024年11月3日 18時59分
イギリスで今、日本文学が人気を集めている。去年、イギリスで売れた翻訳小説の4分の1は日本のもの。何がそんなにイギリスの読書家たちを惹きつけるのか…その理由をひも解いた。
(NNNロンドン支局 鈴木あづさ)
■イギリス人は“本の虫”
ロンドンで最もうらやましい光景の1つが、地下鉄の中でけっこうな人が本を読んでいることだ。理由の1つには「ロンドンの地下鉄が古すぎてWi-Fiが入らない」ことにあるのだが、もう1つの大きな理由は「日常生活に本が溶け込んでいること」にあると思う。
6月になれば曇天だろうが小雨が降っていようが「短い夏を満喫しなきゃ損!」とばかりに、屋外に登場するシャンパンバーやおしゃれなカフェに可動式の本棚が置かれる。好きなだけシェークスピアやディケンズ、オーウェル、エリオットなんかの名著を手に取ることができるし、地方のちょっとさびれた場所に突然、おしゃれな「ブック&ワインバー」が出現したりする。
図書館に行けば、古くなった蔵書を50ペンス(100円程度)または無料で分けてくれるし、店先に「好きな本を持って行く代わりに、あなたのお気に入りを置いていってね」なんて看板が出ていたりもする。個性光る独立系の書店も多く、工夫をこらしたオリジナルのトートバッグや文房具はおみやげにも大人気。こうしたユニークな書店をめぐるガイドブックも多数、刊行されている。
ことほどさように、道行く人のかばんをのぞけば誰でも1冊は本を持っていそうなくらい、とにかく本好きな国民性なのだ。
■『読書ってセクシー』“Z世代”が本に回帰
そんななか、英ガーディアン紙で意外なタイトルの記事に出会った。『読書ってセクシー』…え、どこかの国の大臣発言ですか? 思わず目を疑う。なんでも、1997年から2012年生まれの“Z世代”が紙の本や図書館に回帰しているというのだ。
スーパーモデル、シンディ・クロフォードの娘で雑誌「VOGUE」の表紙を飾る23歳のモデル、カイア・ガーバーが読書クラブを立ち上げ、「読書って、とてもセクシー」と語っているという。実際に昨年、イギリスでは6億6900万冊の書籍が売れ、過去最高を記録した。図書館の利用も71%増加。Z世代の書籍購入の80%がデジタル書籍ではなく、紙の本。Z世代に特に人気なのが、少女期や女性としての人生に関連するテーマだという。
イギリスで長い歴史を持つ週刊の政治・文化雑誌「Spectator」で、こんな記事も見つけた。タイトルはずばり、『日本の小説ブームの裏に何があるのか』。記事によれば、日本の小説が今、イギリスで人気を博しているという。物書きの端くれとして、これは看過できない!と書店に向かうと、「Criminally Good」(反則級に素晴らしい)という最上級の褒め言葉の下に、柚木麻子さんの小説「BUTTER」が平積みになっている。思わず「おおおお~」とため息をもらす。店内を探索すると、ほかにもさまざまな日本の作家の本が並んでいる。人気の裏に、いったい何があるのか?
■「さりげなさ」を愛するイギリス人
「Spectator」の記事を書いたジャーナリストで、日本文化にくわしいパトリックさんは、日本文学の魅力はその「さりげなさ」にあると語る。
「我々イギリス人の読者は、人種差別や性差別、気候変動といった政治的なものに関する強いメッセージを押しつけられることに、もう疲れてしまったんです。日本文学は社会的な要素を盛り込んではいるものの、ユーモアを交えてとても魅力的にさりげなく表現されている。銃でバーンと撃つような感じじゃない。さりげないことで、読者は自分で人生の謎を解き明かし、その意味を発見したような気分になるんです」
Netflixも“日本化”が進んでいて、大人気マンガ「ワンピース」の実写版や「きのう何食べた?」などの実写版ドラマが人気を集めている。また、ディズニープラスでは「SHOGUN」がエミー賞を総なめにした。ロンドンではスタジオジブリのアニメ作品が舞台で上演されて人気を博し、10月末には劇作家・野田秀樹さんの最新作も劇場に登場する。
パトリックさんは「1つ、不思議なことがあるんです」と続けた。日本文化は世界でこれほど人気を集めているのに、なぜか日本人だけが自国文化の魅力に気づいていないように見える、と言うのだ。「なぜだと思うか」と問うと、パトリックさんはちょっと考えたあと、こう言った。
「『金魚と水』の理論ではないでしょうか。金魚は水の中を泳いでいるが、それが何なのかわかっていない。日本人は自国の文化の中にどっぷりつかっていて、それに疑問を持たない。イギリス人は常に自己批判をくり返しているので、ダメなところにも、魅力にも気づきやすいんです」
魅力はさておき、ダメなところにも気づかない…さりげなく痛いところを突かれた気分になった。
■日本は創造性の“万華鏡”
もう少し聞いてみたい、と、最近、日本文化の魅力について解剖した「カレイドスコープ・ジャパン」(邦題「ニッポン万華鏡:文学を通して見る日本の姿」)を上梓したリチャード・ネイサンさんに話を聞いた。
ネイサンさんは言う。「日本の小説を読んでみればわかります。日本の文学はまるで万華鏡のように、さまざまな顔を見せる。 だから世界の誰が読んでも、文化の違いはあれど、何か響くものがあって、『わかる! そういう人を知っている』あるいは『これは僕のことだ』と感じるんです。誰にでもあてはまる普遍性がそこにある。普遍性を支えているのは、日本文学がもつ“多様性”です。日本はじつは多様性を擁した国だと私は思います」
ネイサンさんはさらに「日本文学は繊細なニュアンスや緻密な表現といった独特の魅力があり、この独自性こそが海外の多くの読者を惹きつけている」として、日本人が自国文化の魅力にもっと気づき、積極的に投資していくことが今後の日本のソフトパワーの飛躍のカギだ、と語った。
■“ヒーローと悪役”
「多様性」と聞いて思い出した光景がある。息子が通うイギリスの学校で、作家エドガー・アラン・ポーの命日である10月7日の『ミステリー記念日』に、全員が本の登場人物のコスプレをする、というイベントが開催された。今年のテーマは「ヒーローと悪役」だという。
スーパーマンからダース・ベイダー、なぜかイーロン・マスク氏まで、思い思いの仮装に身を包んだ子どもたちが校内を練り歩く。息子は…といえば、学校が毎日、更新するSNSを見ると、私服の「Fujiyama」と書かれた富士山柄のトレーナーに身を包んでいる。週末、学生寮から戻った息子に「あれは何の仮装だったの?」と聞いてみると、「別に。仮装とか恥ずかしいし…」と憮然とした表情。確かに最高学年の半数は仮装せず、私服のまま行進している。「せっかくなんだから、仮装すればよかったのに…」と思わずぼやくと、「だって、そんな場合じゃなかったんだよ」と息子。
聞けば、香港出身の子が「Glory To Hong Kong」という歌を歌いながら行進したところ、中国本土出身の子が「それは分裂の歌だ!」と言ってケンカになったのだとか。香港の子は「これは自由と正義の歌だ!」と主張し、本土出身の子は「香港は中国の一部だ!」と応酬。周囲が双方どちらかに加勢したことで、騒ぎが大きくなったのだそうだ。なるほど…とうなずく。香港で民主化運動に参加し、その後、ロンドンに来た若者4人と話をした際、「ここロンドンでも中国本土から来た人たちは大多数が香港の民主化運動に否定的で、外地にいてさえ香港人同士でしか打ち解けられない」と言っていた。
私が北京に駐在していた頃の記憶がよみがえる。中国ではインターネットやメディアが厳しく制限されているため、この歌がつくられた背景や目的を知らず、ただ“国家の統一を乱すもの”としてしか受け取られないのかもしれない。
■“正義”のありか
「で、君はどっちに加勢したわけ?」と息子に聞くと、「もちろん、香港」と息子は胸を張る。「だって、ママの番組で“香港の独立運動”の話、見たじゃん。みんなが独立したがっているのに、誰かが押さえつけるのっておかしいよ」 う~ん…ここは大切なところだ、と慎重になって尋ねた。
――君が言う“みんな”って何だろう?
「“みんな”は“みんな”でしょ」
――そんなテキトーな感じなのに、“みんな”が独立したがっているって、なんで言えるの?
「だってデモとかしてる人、いっぱいいたじゃん」
――それは君がテレビで見た画面のことだよね。テレビカメラがデモ隊だけ切り取って映しているといっぱいに見えるかもしれないけれど、そのほかの所は、しーんとしているかもしれないよ。
「じゃあ、カメラが嘘ついてるってこと?」
おっと、痛いところを突かれたような気がする、と内心ひるむ。そうだ、と胸に手をあてて考えてみる。地震や台風など災害取材の際、被害が大きいところばかり映してはいないか? 中継場所を選ぶとき、わざわざ崩壊した建物の前に立つのはなぜか?
――ウソはついていない。でも、そこだけ大写しになれば、実際より激しく見えたり、大きく見えたりするかもしれないよね。
「じゃあ、本物よりオーバーに見せてるってことじゃん」
さらに痛いところを突かれ、息苦しくなる母。
――そういうこともあるかもしれない。だから疑うことが大事なんだよ。ネットに書いてあることも1回「ホントかな?」って疑ってみる。“これが正義だ”って誰かが言っても、何でもハイハイそうですか、って鵜呑みにしない。
私が言うと、息子は特に反応せず、そのまま自室に入っていった。「ちょっと、試験近いんだから、少しは勉強しなさいよ!」と背中に声をかけると、息子は振り向きもせず、勝ち誇って言った。「何でもハイハイって鵜呑みにしない!」 次の瞬間、部屋からYouTubeの音が聞こえてきた。
苦い敗北感を胸にテレビを付けると、BBCに「Middle East War」の赤いタイトルがでかでかと映し出されている。痩せさらばえた子どもたち、子どもの遺体を抱えて泣き叫ぶ母親、親を探して裸足でさまよう小さな男の子…思わず目を伏せる。
子どもに何かを教えようとするとき、言い訳をしているような気持ちになるのは、なぜだろう。それは自分の考え方や生き方に、いくばくかのごまかしが含まれているからではないか。
この日もガザ地区北部では空爆が続いていた。避難民が集まっていた集合住宅では、死者と行方不明者あわせて93人にのぼるという。正義とは、真実とは、いったい何か…今後、息子の問いが難度を増すにつれ、私の胸苦しさも増していくのだろう。まずは今、目の前で起きていることを伝える――できることはそれしかない。重苦しい気持ちでパソコンを立ち上げた。
◇◇◇
■筆者プロフィール
鈴木あづさ
NNNロンドン支局長。警視庁や皇室などを取材し、社会部デスクを経て中国特派員、国際部デスク。ドキュメンタリー番組のディレクター・プロデューサー、系列の新聞社で編集委員をつとめ、経済部デスク、報道番組「深層NEWS」の金曜キャスターを経て現職。「水野梓」のペンネームで作家としても活動中。最新作は「金融破綻列島」。
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