引退馬に“セカンドキャリア”を……居場所はどこに? 「1頭でも救いたい」葛藤抱えた元調教師、移住で新たな挑戦『every.特集』
日テレNEWS NNN / 2024年12月14日 13時33分
華々しい戦いが繰り広げられる競馬界。その裏では、毎年7000頭ほどが引退しています。登録を抹消された馬のうち、事故死・自然死・行方不明などは約3割。乗馬になるため訓練を受ける引退馬や、馬の居場所をつくるため挑戦する元調教師を取材しました。
■観戦した人「引退後はわからない」
競馬の最高峰、G1レース。ファンの熱狂の渦の中、頂上決戦に挑むのは狭き門です。華々しい戦いの裏では、毎年約7000頭の競走馬が引退しています。
G1レースを観戦した人は「引退した後…別の施設に行って休んでいるのかな」「引退した後は…ちょっとわからないですね」「僕もわからないですね」と言います。
■獣医師「居場所は競馬場にはない」
今年8月。栃木・宇都宮市の施設に、引退したばかりの競走馬が引き取られました。引退馬を乗馬などに訓練するサラブレッド・アフターケア・アンド・ウェルフェアに来たのは、地方競馬で16戦2勝を上げたサラブレッドのレアリゼシチー(5)です。
JRAが初めて、引退馬のセカンドキャリアを開拓する事業に乗り出しました。馬の一時受け入れ施設「TAW」の宮田健二獣医師は「競馬場にいる馬たちは競馬のためだけにいる馬なので、競馬に使わない馬の居場所は競馬場にはないんです」と話します。
居場所をなくしたレアリゼシチーは、この施設が迎えた初めての馬です。
■したたる汗…初の放牧、全速力で疾走
乗馬への訓練が始まりました。まずは足を守るプロテクター。装着するのは初めてですが、違和感があるのか、その場で地団駄を踏みます。
この施設での初めての放牧では、すぐに全速力で疾走。しかも同じ場所を行ったり来たり、走り続けます。競走馬の使命はどの馬よりも速く走ること。レアリゼシチーは30分以上、汗だくになるまで走り続けました。
「アスリートなので。サラブレッド競走馬は。それを1回リセットしてもらう」とTAWの宮田獣医師。速く走る競走馬ではないことを、認識させなくてはなりません。
■小回りが苦手…競走馬から乗馬へ
約3週間後、早くも変化が現れました。放牧すると、その場でのんびりと草を食べ始めました。訓練初日は放牧するとすぐ疾走し続けていましたが、取材したこの日は一度も走りませんでした。10分の1秒を争う訓練をやめるだけでも穏やかになるといいます。
調教担当の千葉祥一さんは「基本、馬は毎日、一日中草を食べて生活するような本能がありますから。これが本来の姿なんでしょうけど」と言います。競走馬から徐々に、本来の馬の姿になろうとしています。
しかし、まだ競走馬ならではの動きがあるといいます。「競走馬は(走るのは)直線や大きいカーブで、できるだけ全速力・速くを求められてきた」と話します。
全速力で、楕円形の長いコースを走ることをたたき込まれた競走馬は、小回りが苦手だといいます。乗馬になるには、ゆっくり小さく回ることも身につけなくてはなりません。
歩く、走るなど動作の指示を正確に聞き分け、誰でも扱えるようになることも必要です。
■30歳ほどの寿命を全うできない馬も
競走馬の多くは、レアリゼシチーのように5歳前後で引退します。しかし、寿命は30歳ほどです。
農林水産省によると、競馬界から登録が抹消された馬のうち、事故死や自然死、行方がわからないなどの割合は約3割。その中には、動物のエサなど食肉となり寿命を全うできない馬も多くいます。
■決断の裏に、35年間抱えたジレンマ
1頭でも救いたい…。その思いとともに、福島・鮫川村に移住した人がいます。競走馬の元調教師である栗林信文さん(57)。連れてきたのは、引退した2頭の馬です。
栗林さん
「イサチルエースは、今年の3月ぐらいまで自分の厩舎(きゅうしゃ)で走ってくれていた。クロムルキナは、僕が競馬場で開業した時に最初に来てくれた」
決断の裏には、競馬界に身を置いた35年間抱え続けたジレンマがありました。「競馬が最後の最後どうなるのかというのはあって、ある程度してきたら、やっぱり最後はそういう形になるというのは漠然とみんなわかっているんですけども」
■初めて育てた愛馬が…「引退」の現実
目を背けていた現実。それを突き付けられる事態が起きました。調教師として初めて育てたクロムルキナが2012年、右前脚のケンを断裂し、引退を告げられたのです。
栗林さん
「人間でいうと、アキレス腱(けん)が切れたような状態で、競走馬でそれになると致命傷。自分のために頑張ってくれた馬が、最後どうなるかわかっていたので、なんとかしてやりたいとずっと思っていて」
■引退馬をさらに引き取り、農地拡大へ
クロムルキナら2頭を引き取り、今年調教師を引退しました。馬の居場所をつくるため選んだのが農業でした。馬の堆肥を活用しています。
栗林さん
「動物の堆肥としては馬の堆肥が一番良いと言われているみたいです。実際においしくなったので、それでいいかと。それでやっちゃえと」
畑には、愛馬の堆肥で作ったたくさんの野菜がありました。「これはカブです。もう出荷できますよ」。来年の春頃に販売を始め、引退馬をさらに引き取りながら、農地を広げることが目標です。
「なんとか人の役に立たせてやりたいと思って、この子たちがここに来てくれて、ここの地元の人たちが良かったと思ってもらえるように、という思いが強いですね」と栗林さんは語ります。
■訓練2か月…レアリゼシチーは
今年10月、宇都宮市にあるJRAの施設で乗馬訓練をしていたレアリゼシチーは、約2か月のトレーニングを終え、施設を卒業しました。
次の訓練先となる岡山県の乗馬クラブ「サラブリトレーニング・ジャパン」では、落ち着いた様子で障害物を跳び、競走馬として染み込んでいた走りや動きはほとんど見られなくなっていました。
競走馬から乗馬へ。レアリゼシチーは、春頃には新たな居場所で、セカンドキャリアを歩み始めます。
(12月10日『news every.』より)
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