【現地ルポ】シリア首都の今(後編)…政権崩壊の高揚と傷あと
日テレNEWS NNN / 2024年12月21日 8時32分
シリアで長年独裁体制を続けてきたアサド政権が今月8日崩壊した。政権崩壊後初の週末にNNN取材班は隣国レバノンから、シリアの首都ダマスカスへと入った。圧政に苦しんだシリアの民衆の高揚と傷痕を現地で取材した。
(NNNニューヨーク支局長 末岡寛雄)
■高揚とお祭り気分に包まれたダマスカス中心部の広場
国境を越えて1時間も走ると、車はダマスカス市内へ入る。高層団地が立ち並ぶ中、自転車をこぐ人や散歩する人の姿が目に入ってきた。幹線道路沿いには大量の平べったいパンを頭にのせたり両腕に抱えている人が歩いていた。平日より少し遅めの土曜の朝食だろうか。
我々はまず、中心部にあるウマイヤド広場へと向かった。世界最古の都市の一つとされる首都ダマスカスに都を置いたイスラム初の世襲王朝のウマイヤ朝の名前を冠した広場で、大きな剣のモニュメントがそびえ立っている。背後に町を抱く赤茶けた山の名前はカシオン山。ダマスカスを象徴する標高およそ1100メートルの山で、旧約聖書の創世記でカインがアベルを殺した場所と伝えられる。
土曜の朝、広場には従来のシリア国旗とは違う、反政府側の緑の旗を持つ人が続々と集まってきていた。圧政から解放されて自由になった喜びからだろうか、広場は独特の高揚感とお祭り気分に満ちあふれていた。行き交う若者らはみんな笑顔で我々に手を上げて近づいてくる。圧制下では外国人観光客はあまりいなかったためなのか、異邦人である我々に対し、ダマスカス市民は口々に「ウエルカムトゥーシリア」と笑顔で話しかけてくれ、スマホで記念撮影をせがまれる。広場にいた家族は、「アサド政権時は弾圧と恐怖で家の中でも自分の意見を言えなかった。勝利を祝うために広場に来た。まだ信じられない」と興奮した様子で我々に語ってくれた。
突如、広場の一角が騒がしくなった。そこに足を向けてみると地面には赤い血のようなものが流れ出している。群衆の中をのぞき込むと、ラクダの首が切り落とされていた。地元の人に話を聞くと、アサド政権の崩壊を祝って、ある裕福な人がラクダを9頭寄付。うち3頭がダマスカスに寄付され、肉は貧しい人に分け与えられるという。
■次々と貼られる行方不明者を捜す写真…「突然弟が消えた」
ウマイヤド広場を後にした我々は「マルジェ広場」で車を降りた。古くはトルコの支配に反抗した民族主義者やイスラエルのスパイが死刑に処せられた広場で“殉教者の広場”と呼ばれている場所だ。中央には黒ずんだ一本の塔が立っていて、土台部分には行方不明者を捜す真新しい写真が取材中にも次々と貼られていく。塔の周りには、行方不明者を捜す家族や親戚が座り込んでいる。ある男性は、「それまでは平凡な暮らしを送っていたが、内戦が勃発した。いきなり弟が行方不明となり12年間捜し続けている」という。別の女性はいとこを捜すためにここにきて朝から夜までここにいるが手がかりは全くないとため息をついた。
■遺体安置所にただよう死臭…肉親を捜す家族で人だかりに
市内の病院も行方不明者を捜す家族であふれていた。病院の薄暗い長い地下を歩いて地上に出た所には、軍用病院から運ばれてきたという遺体13体の白黒コピーが掲示され、のぞき込む人だかりが出来ていた。口を開いて歯がむき出しになったり、目が飛び出したり眼窩(がんか)がくぼんだりした遺体の白黒写真を老人から子どもまで、熱心に見つめている。ここで出会った大学生は、「アサド側の人は大学の中でも私たちをけなしていた。いとこが2人殺されて、旦那の兄弟も行方不明のままだ」と訴えた。
それ以外にも、涙ながらに家族の写真を示しながら話す人の話を聞いていると、遺体安置所の扉が開いた。確認のために家族を入れる時だけドアが開くのだという。扉の向こうから記憶に残る臭いが漂ってくる。ハマス襲撃後、たくさんの人が犠牲となったイスラエルのキブツを取材した時と同じ臭い・・・、死臭があたりを覆った。家族を捜す人が次から次へと遺体安置所へと入り、女性はスカーフで口元をおさえながら身元確認を行っていた。普通の市民たちが突然、政治犯として連れ去られるケースがこんなにも多いのかという異常さを実感した。
■入り交じる期待と懸念…「戻ってきても仕事がない」
休憩のために立ち寄った新市街のカフェでは西欧諸国と変わらない光景が広がっていた。店内には英語のポップミュージックが流れ、おしゃれな若者がコーヒーを飲み談笑している。スカーフを頭にかぶった目鼻立ちのくっきりした女性が水たばこを楽しそうにふかしている。水たばこの煙以外は、パリやニューヨーク、東京と変わらない景色で、わずか1週間前まで独裁者による圧政に苦しんでいた国とは思えなかった。
城壁内の旧市街にあるスーク(市場)は身動きがとれないぐらい多くの人でごった返していた。アーケードの両側には、生地を売る店、洋服店楽器店などが立ち並んでいる。間を縫うように、トウモロコシをゆでる屋台が湯気をもうもうと立てて進み、笛をくわえた子どもがエキゾチックなメロディーを奏でていた。貴金属店ではスカーフをかぶった女性が宝石の品定めをしている。政権崩壊後数日は店がしまっていたが少しずつ店は再開してきているという。
また初の週末ということもあり、市場には観光客も多かった。体制崩壊により、反乱軍が支配していた北部から初めてダマスカスを訪れることができたという人もいた。市場にいた人々からは、「不安がなくなった。これから帰国する若者の力で国は間違いなく良くなる」とシリアの将来への希望の声が聞かれた。
しかし、現実はそう甘くないという。我々を案内してくれたシリア人は、「いったん難民となって国外に避難してきた人々が、シリアに戻ってきても、国は貧しいので仕事はない。戻ってきた人にかかるコストの方が大きくなる」と将来への不安を語った。
■難民帰郷の今後…シリアの安定した統治は?
13年にわたる内戦でシリアから国外へ避難した人々は500万人にのぼる。シリア難民が流入した陸続きのヨーロッパ諸国は、右傾化するなど国際政治にも大きな影響を与えている。さらにアサド政権崩壊で、難民が国にすんなり帰れるというわけではない。避難先で定住しその国の労働力になっているケースもあるし、帰ったとしてもシリアに仕事があるとは限らず受け入れ態勢も整っていないなど問題は山積している。一方、反政府勢力による虐殺や迫害を恐れて、シリアから周辺国に避難するという人もたくさんいる。
国内ではクルド人勢力が広大な地域を支配下に置き、周辺からはイスラエルが混乱に乗じて緩衝地帯に軍を進めていて、シリア暫定政権は薄氷を踏むようなかじ取りを迫られる。
ダマスカスを後にして国境に向かう道中、乾いた山々は西日で真っ赤に染まった。チェックポイントの手前で車を降りると、日陰となった谷間を冷たい風が駆け抜けた。
■筆者プロフィール
末岡寛雄NNNニューヨーク支局長。「news every.」「news zero」のデスクやサイバー取材などを担当し、災害報道にも携わる。気象予報士。2021年から現担当。22年ウクライナ、23年イスラエルを取材。趣味はピアノ演奏。
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