連載 ウクライナのいま 第2回「戦争で変わった旅の姿」
日テレNEWS NNN / 2024年12月28日 16時0分
この連載では、NNNのウクライナ取材をコーディネートするキーウ在住のビタリー・ジガルコ氏が、ウクライナのいまを報告する。連載第2回は「旅」をテーマに、戦時下の国内旅行事情について詳しく語る。
(文・ビタリー・ジガルコ/編集・坂井英人)
■戦争で変わったウクライナ人の「旅」
こんにちは! ビタリー・ジガルコです。
子どもたちが楽しみにしていたクリスマスと新年のホリデーシーズンが始まりました。ロシアの侵攻が始まる前は、大勢のウクライナ人が、この年末年始の時期を暖かい国で過ごしていました。ウクライナの厳しい寒さを逃れ、エジプト、アラブ首長国連邦、さらには、インドのゴアや、タイといった国々で、暖かい海と砂浜を楽しんだのです。
しかし今年、ウクライナのクリスマスはエネルギー施設や民間インフラを標的にしたロシア軍の大規模ミサイル攻撃で始まりました。
私たちの敵は、私たちウクライナ人の家からも、心からも、光と温かさを奪い、その魂を破壊するために、あらゆることを行っています。しかし、こうした攻撃は私たちをさらに団結させ、強くするだけなのです。
この戦争は、私たちのお気に入りの旅先である海沿いのリゾートを奪いました。海や自然の美しさから、ウクライナ人から「真珠」と呼ばれるほど人気の観光地だったクリミアを2014年、ロシアは占領しました。そして2022年2月24日以降は、アゾフ海(沿いの地域)をも奪いました。
幸いなことに、ウクライナは黒海沿いの地域の防衛には成功しました。夏には現地で泳ぐことも可能ですが、ロシア軍による頻繁な砲撃というリスクを受け入れないといけません。私たち家族はオデーサ州のザトカという海沿いの村へ行くのが大好きでした。子どもたちは、いまもことあるごとに広々としたビーチや暖かな黒海を懐かしんでいます。
残念ながら、ロシア軍のミサイルは、こうした美しい場所を破壊しました。子どもたちは、いまも夏になると海へ行きたがって、しょうがないのですが、私たち親は常に空襲警報をチェックしたり、ミサイル攻撃を恐れなくてもいいよう、暖かな海に加えて、安全な環境も確保しないといけません。私たちにとって黒海は、もはや安全な旅先ではないのです。
■比較的安全な西部で観光開発進む
この戦争は、もうすぐ3年が経過します。冷たい塹壕(ざんごう)で凍える兵士たちや、砲撃を連日受ける前線地域に住む人々のことを考えると、休暇を取るということは心理的に難しいものです。その一方で、戦争のことばかり考え、休みを全く取らないということも不可能です。18歳から60歳の男性が国外に行けないという事情もあり、いま、多くの人が旅先として選んでいるのがウクライナ西部です。
多くの歴史的遺構とカルパチア山脈をはじめとする豊かな自然に恵まれたこの地域には、ロシア軍の攻撃が(他の地域に比べて)少なく、ウクライナの人々にとって唯一残された安全なオアシスとなっています。この戦争の結果、ウクライナ西部には、たくさんの企業が移転し、新たなホテルが建設され、リゾートが次々と開発されています。ハルキウやキーウ、ポルタワ、スムイやその他の地域のウクライナ人は、平穏と活力を得るため、西部への旅に向かうのです。
■西部へ出発 移動のリスクも
学校が1週間の秋休みに入った10月末、空襲警報も夜の無人機攻撃も、弾道ミサイルや巡航ミサイル攻撃もない地域で子どもたちが過ごせるよう、私たち家族は西部のザカルパッチャ州に行くことに決めました。
その日、午前5時に外出禁止令が解除されると、すぐさま、寝ぼけ眼の子どもたちを車に乗せて、ブランケットをかけ、ヘッドライトの明かりを頼りに出発しました。私の心は子どもたちを安全な場所へ連れて行けるという喜びに満たされていました。
車を数時間走らせると、最初の検問所に差しかかりました。軍の制服姿の人たちがいるのを目にした娘は、私の肩をつかみ、こう言いました。「パパ、あの人たちはパパを戦争に連れて行かない?」
その瞬間、はっとしました。数分前までの娘の子どもらしい笑顔は、父親である私を失うかもしれないという恐怖によって、かき消されていたのです。検問所を通過する際、動員対象年齢の男性が、そのまま軍隊に入隊させられる事例が多く報道されていて、ウクライナでは、ある日突然、動員されることへ不安が高まっています。
とてもつらいことに、数千人、数万人のウクライナの子どもたちは、すでに父親と共に暮らしていません。3年もの間(戦地で戦う)父親や母親を抱きしめ、共に時間を過ごすことができていない子どもたちが数多くいます。そして、永遠に帰って来ない親も大勢いるのです。
私は言いました。「心配しなくていいよ。全部、大丈夫だから。そばにいるよ! いま、このお休みで何をしようかと考えていたところなんだ」
しかし、娘は安心せず、「学校には父親が連れ去られた友達がいる」と続けました。幸い、今回の旅では道中の3つの検問所全てを無事に通過することができましたが、その度に娘は大変、心配そうな表情を浮かべていました。
戦争は、もうすぐ3年になろうとしています。動員は続き、ウクライナの子どもたちは、子どもらしい話題の代わりに、動員や不安な気持ち、都市へのロシア軍の攻撃について話をしています。ロシアの侵略がウクライナという国を3年もの間、破壊し続けていることは、なんと嘆かわしいことでしょう。戦争が子どもたちから「子ども時代」を奪い、北朝鮮の兵士たちがウクライナ軍と戦っても、世界の多くの指導者たちは「懸念」を表明するばかりで、中にはロシア側が定義する「平和」について口にする指導者もいます。
■道中の美しい風景 そして目的地へ
やがて山道に入り、峠に差しかかりました。そこには車を止め、ウクライナの山々の風景を堪能できる場所があります。その美しさは全くもって勝るもののない場所でした。
キーウを出発して10時間、ザカルパッチャ州に入りました。今回、訪れたのは山あいにあるコシノと呼ばれる温泉リゾートです。この場所には特別な思い出があります。侵攻当初の2022年春、私たちは西部へ避難していましたが、慣れない避難生活でストレスが限界に達していたときに、妻がコシノのことを教えてくれたのです。
初めてコシノを訪れたときのことを私は決して忘れないでしょう。ホテルの丁寧なスタッフや広々とした部屋、おいしい食事、あたたかい温泉。全面的な侵攻が始まって以来、初めて、私は安心して眠ることができ、疲れとストレスを癒やすことができました。侵攻当初の困難な時期を精神的に生き抜くのに、どれほど温泉が私たちを助けてくれたことでしょう。それ以来、ここは私たち家族にとって特別な場所になったのです。
■つかの間の安全 そして再びキーウへ
今回、長い旅路を終え、私たちは空襲警報も、夜間外出禁止令もない場所に到着しました。ついに息をつき、短い間ながらもスマートフォンを置いてリラックスできます。子どもたちは待ちきれない様子で、おもちゃや遊具がたくさん用意された遊び場へ向かい、あたたかい温泉に飛び込み、おいしい食事を楽しみました。
食事を終えると、すでに夜遅く、全員が疲れていましたが、幸せでした。子どもたちは「初めて見る、おもちゃで遊んだ」「こんな子と知り合った」などと子どもらしい話題を口にしました。戦争の話題は、しばらくの間、私たちから離れたのです。
全員がベッドに入りました。静けさ…、新鮮な空気…、砲撃の心配もなく、子どもたちは安全…。
ふと、空襲警報を確認するため、自動的にスマートフォンへと伸びかけた手を私は止めました。「私たちは安全なんだ」。その言葉は、まるで夢のような響きでしたが、信じられないことに、それが現実になったのです。
1週間の旅は、あっという間に終わり、キーウに戻った翌日の朝、目を覚ますと空襲警報の音が鳴っていました。「安全な暮らし」に慣れた私は一瞬、「警報が鳴っている夢を見ている」と、ぼんやり思いましたが、今度はこれが現実なのです。空襲警報、迎撃の爆発音、シェルターへの避難…。
ウクライナでは、旅が「余暇を楽しむ」ことよりも、「安全を得る」ためのものに変わったようです。私はいま、平和が再びウクライナ全土に訪れ、余暇を楽しむという本来の意味での旅が再びできるようになることを願っています。
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