中国で相次ぐ“無差別”殺傷事件 困窮にあえぐ人々の声…「社会安全」にほころび
日テレNEWS NNN / 2024年12月29日 14時0分
2024年、中国では広東省で男が車で多くの人をはね35人が死亡するなど、多くの“無差別”殺傷事件が起きた。背景に、経済低迷による社会の不満の高まりを指摘する声は多い。では、経済を支える働き手たちの置かれた状況はどうなっているのか。労働者たちの声を聞いた。
(NNN上海支局 渡辺容代)
■全財産は「スマホ1つ」…社会を覆う閉塞感
上海に隣接する工業都市・江蘇省昆山市。製造業を中心に栄え、日系企業も多く進出している地域だ。ここに職業仲介業者が軒を連ねる場所がある。周辺にはネットカフェや安宿などもあり、全国から職を求めて人々が集まってくる。
地元の河南省に妻と子を残し働きに来たという37歳の男性。一晩30元(約600円)ほどの宿に泊まりながら仕事を探しているが、見つからないまますでに1週間以上が過ぎた。
「月に7000元(約14万円)稼げれば…と思うけど、そんな仕事は見つからない。あっても短期の仕事で、2~3か月働くと給与を下げられる。やり口が汚すぎるよ」
これから職業仲介業者に向かうという別の男性。目的はスマートフォンの充電のためだという。寒空の下、薄手のジャケットの下に首元がすり切れたTシャツがのぞく。
「財産は、これ(スマホ)1つだ」
中国ではモバイル決済が一般的で、スマホがなければ買い物にも事欠く、いわば“命綱”だ。荷物をほとんど持たず、路上で寝泊まりしながら日雇いの仕事を探す男性のような人は少なくない。
多くの労働者は職探しの状況がコロナ禍の後に悪化したと話す。賃金に見合った仕事が見つからないばかりか、雇い主の経営状況が悪化し、契約通りに雇用が守られないケースも続出しているという。すぐそばには富裕層が住むマンションも乱立している。日が暮れるにつれ、明かりがともり始めた高層マンションの窓の向こうとの間に、圧倒的な格差が存在していると感じた。
■消される市民の声 中国当局が覆い隠す「不都合」とは
中国では24年、無差別に住民や子どもを狙ったとみられる事件が相次いだ。11月には広東省珠海市で男が車で多くの人をはね、35人が死亡した。その後、1週間も経たないうちに江蘇省無錫市の職業専門学校で男が学生らを切り付け、8人が亡くなった。当局はそれぞれの事件の詳細を明らかにしていないため、詳しい動機などは分かっていないが、経済の低迷により社会に不満が高まっていることが背景にあるとの指摘は多い。
そうした中、中国のSNSでは、労働者による「抗議デモ」の投稿が相次いでいる。アメリカの人権団体「フリーダムハウス」によると、24年7月から9月にかけて確認された中国の「抗議デモ」は937件で、前年の同時期より3割近く増えた。また抗議デモのうち4割は労働者によるものだったという。しかし、中国当局はこうした投稿を検閲し、政権批判につながる恐れがあるとみなせば削除しているとみられている。
11月中旬、広東省にある家具メーカーで行われた抗議の映像では、30人以上の人々が家具の販売店で、従業員とみられる女性が「最低なボス、給料を返してくれ!」と叫び声を上げていた。動画の投稿者によると、この会社では全ての従業員分あわせて150万元(約3000万円)の給与が支払われていないという。
私たちは実情を確認するため、現地に向かった。すると、わずか2週間ほどの間に家具メーカーの販売店は撤退していて、店が入っていたビルの1階は、わずかに店名が書かれた看板が残されるのみになっていた。働いていた従業員に連絡を取ると、給与はいまだ支払われていないという。
同じ広東省にある電子部品の製造工場でも、従業員による抗議活動の様子がSNSに投稿されていた。900人の従業員を抱えるというこの工場では、数か月分の給与が支払われていないという。
工場から出てきた従業員に話を聞くことができた。この工場に勤めながら一家を養っているという男性。給与が支払われない中、親戚や友人などから借金を重ねながら勤め続けているという。仕事を辞めても再就職のあてはなく、政府機関に相談しても「無駄だ」と肩を落とす。
「9月から3か月分の給料をもらっていない。このままもらえなければ、私はもうおしまいだ」
中国経済が専門の同志社大学の厳善平教授は、中国では職業や立場による格差が大きく、社会保障など格差を是正する仕組みも不十分だと指摘する。
「医療保険制度や年金制度も、中国では住む場所や職業によって大きな格差がある。制度的に手厚く守られた特権階級がある一方、最低限の保障しか受けられない状況にあえぐ人々もいる。こういった格差が大きければ当然、人々の不平、不満は蓄積する」
■住民が“監視”対象か 統制強化で再発は防げる?
「社会の安全」を特に重視してきた習近平政権。政府批判を封じ、国民への統制を強めてきた中で連続して起きたのが“無差別殺傷”事件だ。広東省の事件が起きた直後には、習主席自ら事件の再発防止を指示するなど危機感がうかがえる。
広東省ではさっそく失業者や人間関係に不和を抱える人など「社会に不満を持つ人」を探し出し、管理するよう指示が出ているという。現場周辺では事件後、行政の末端組織から暮らしぶりの聞き取り調査を受けたという住民の証言も得た。この住民は「自分の経済状況がよくないから調査を受けたのかな」と苦笑いしていたが、さらに統制が強まることが懸念されている。
事件の取材中には、警察当局などによる尾行や行く先々での職務質問、カメラを傘で遮るといった取材妨害も受けた。深刻な実態を外国メディアに報じられることを警戒しているのだろう。中国国内のメディアからは景気のいい話ばかりが聞こえてくるが、人々の実感からはますます遠のくばかりだ。再発防止に必要なのは、事件の背景を明らかにし、国民の不満に向き合うことではないだろうか。
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