「手術・診断」なし…広がる性別の自己申告制「セルフID」 ヨーロッパで何が起きているのか?
日テレNEWS NNN / 2025年1月2日 9時0分
欧米ではトランスジェンダーの人々が法律上の性別を自身で決定できる権利をさらに認めるため、手術や医師の診断を求めることをやめ、完全な自己申告による性別の変更、いわゆる「セルフID」を認める動きが広がっています。ただこれによって、生物的な性別によって区切られてきた制度に影響は生じないのでしょうか。ヨーロッパではマイノリティーの人権が尊重されるとして歓迎される一方で、混乱も生じています。
■日本でも「手術なしの性別変更」 認める動き
日本では2023年、性別変更に生殖能力をなくす手術を求める「性同一性障害特例法」が最高裁によって「憲法違反」とされました。その後、家庭裁判所では実質的に性別適合手術なしで性別変更を認める判決も出されるようになりました。一方で、医師による「性同一性障害である」の診断が必要などの条件はあり、自由に変更できるわけではありません。
■ドイツで“性別の自己申告制”はじまる
これに対して欧米諸国では、診断を受けずに自己申告による性別の変更を認める「診断なしの性別変更」が広がっています。当事者でつくる国際NGO「トランスジェンダー・ヨーロッパ」によると、現在、ヨーロッパではスペインやフィンランドなど11の国や地域が、申告のみによる性別変更を認めています。
ドイツでは2024年から「性別自己決定法」の施行を開始しました。法改正をけん引し、公聴会で参考人として意見を述べるなどした「トランスジェンダー・ヨーロッパ」の顧問、リヒャルト・ケーラーさんに話を聞きました。ケーラーさんは同法について、診断も裁判もなく、迅速かつ安価で誰にでもアクセスできる「21世紀にふさわしい法律だ」と話します。
ただ、「変更が1年に1回までに制限されていること」や「3か月間の待機期間がある」点で、今回の法改正は不十分であるとも指摘します。
生物的な性別によって区切られてきた「女性専用スペース」をどう扱うかについては、各事業者に任せられています。ケーラーさんは「新しい法律が、自認する性別に応じてスペースを利用する際に法的根拠を与えるものになる」とみています。
■「診断なしの性別変更」…悪用の恐れは?
一方で、「診断なしの性別変更」が性犯罪目的で悪用されるなどの危険はないのでしょうか。ケーラーさんは、犯罪については「性別変更とは全く関係がない」と強調します。「性犯罪のほとんどは、生まれながらの性別に違和感を持たない“シスジェンダー”の男性が引き起こしている」との認識を示したうえで、「トランスジェンダーが利用する『診断なしの性別変更』と結びつけるのは的外れだ」というのが、その理由です。それだけではなく、ケーラーさんは「トランスジェンダーの人々こそ、過剰に暴力や敵対者による攻撃を受けている」と強く訴えています。
■スペインでは“混乱”も…
ただ、問題がないわけではないようです。スペインは2023年から、診断なしでの性別変更を導入していますが、地元紙「エルムンド」によると、マドリード市で、男性から女性に性別を変更した2人の救急職員の存在が物議を醸しています。
この2人はもともと兄弟で、女性の外見になる性別移行はしておらず、SNSでも自身を「男性」と紹介していると報じられています。“女性”に性別変更をした2人は、職場の女性用更衣室で裸になって着替えており、シャワーやトイレも女性用を使用。これに対し女性職員100人以上が「プライバシーを侵害されている」と感じ、市に抗議の書簡を送りました。書簡で職員らは、「性的マイノリティーとすべての人の権利の平等を尊重する」と前置きしたうえで、手術なしで女性に性別を変更した人のための「第3の更衣室」を解決策として提案しています。ただ2人は「自らの権利だ」と主張し、着替えに個室を使用するという妥協案も拒否しているということです。
マドリード市は私たちの取材に対し、報道にあった事案が事実であると認めたうえで、「新たに個室を設置したが、2人が女性用更衣室に入ることを妨げることはできない。その行為自体は法律違反ではないからだ」と回答していて、対策に苦慮している様子がうかがえました。
■揺らぐ「DVへの対策」
影響は、DV=ドメスティック・バイオレンスへの対策にも及んでいます。スペインは先進的なDV対策を行っていることで知られ、女性に対するDVは「性差別的暴力」として、通常の暴力よりも厳しく処罰されます。しかし、男性が女性へと性別変更したのち、元配偶者に嫌がらせを続けているケースが問題となっています。
この事件でDVを専門とする裁判所は「加害者が“女性”に性別変更した以上、DV裁判所としては扱えない」と判断しました。さらに地元紙は、女性となった別の加害者が、DVシェルターにいる被害者に接近を試みたと思われる例が3件あった、と報じています。こうした問題から、DV加害者の性別変更を禁止するべきだという主張も出ています。
私たちは、もう一度、トランスジェンダー・ヨーロッパのケーラーさんに尋ねました。ケーラーさんは「虚偽の性別変更に対しては、苦情申し立ての法的手段が用意されている。悪用は、優れた法律の適用を制限する理由にはならない」と話します。
■思春期の少女の違和感
2019年までスペインの国会議員を務め、自身がレズビアンでもあるアルバレスさんは、「診断なしの性別変更」に反対しています。心配しているのは、「自分を『トランスジェンダーだ』と考える少女が、他の年齢層や、男性に比べて増えていること」です。地元メディアによると近年、性別への違和感を訴える人の多くが「15歳から24歳の若い女性」です。アルバレスさんは「思春期に少女が体の変化に違和感を覚えるのは自然なこと」だとしたうえで、「その違和感を解決しようと『性別の変更』を軽率に選んでしまった場合、彼女たちにホルモン治療や手術への道を開くことになる。思春期のまっただ中にホルモン投与を始めてしまったら、彼女たちの未来を壊してしまうことになる」と懸念を示しています。
これに対し、国際NGO「トランスジェンダー・ヨーロッパ」のケーラーさんは「このような意見は、根拠がなく有害なうそを助長する」と批判します。「医療的措置を行うかどうかは、法的性別の自己決定とは関係がなく、専門家の慎重な監督により管理されている」と話しています。
性自認を尊重する機運の広がりを受け、社会がどう対応していくのか。そして、日本ではどのような制度を作るのか。トランスジェンダー当事者も、そうでない人も生きやすく、悪用されにくい制度のあり方について考えていく必要があります。
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