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六本木のバー、開店半年でコロナ禍 経営する那覇市出身の幼なじみ3人 危機を乗り越えた業態転換

沖縄タイムス+プラス / 2025年1月28日 19時19分

3人で多店舗展開を目指す沖縄ダイニングバー「さね」の(左から)玉城秀光さん、金城一靖さん、大城禎さん=東京・六本木の同店

[東京報道プラス][アクロス沖縄](212)「おきなわダイニングさね」経営 金城一靖さん(41)大城禎さん(41)玉城秀光さん(41)=那覇市出身

 互いの実家は徒歩1分の距離。幼いころから気心の知れた同級生3人が「やったら楽しそう」と東京・六本木に沖縄料理店「おきなわダイニングさね」を開いたのは2019年7月だった。半年足らずでコロナ禍に見舞われたが、率直に意見を出し合うなど、幼なじみだからこそ乗り越えられたとの自負がある。「まだ最初の1店舗目。多店舗展開を目指したい」と口をそろえる。

 那覇市の城南幼稚園から同小、首里中、那覇工業高まで、3人はいつも一緒だった。玉城秀光さん(41)は高校卒業後、大阪で料理人として修行を積み、21歳で上京。大城禎さん(41)と金城一靖さん(41)は20歳の時に東京へ移り住んだ。

 別々の飲食店で働いていたが休日は食事をしたり、ほかの県出身者も交えて模合をしたりとよく会っていた。「いつかは東京で独立したいと、それぞれが夢を持っていた」(大城さん)。

 「一緒にやってみないか」と声をかけたのは玉城さん。1人よりも3人の方が客席の多い店を運営でき、収入増が見込める。知らない人を雇うリスクも減らせるなどが理由だった。

 何より、沖縄の幼なじみが大都会の東京で一緒に店を出すのは「面白い」と意気投合。玉城さんが10年以上勤めた店の業態を引き継ぎ、当初はダイニングバーとして「さね」を開店した。玉城さんの前の店の常連客が支えてくれた。

 ところが半年もたたずにコロナ禍となり、客足は激減。落ち込んだ収入を補おうとランチ営業を始め、昼は大城さんが店頭に立った。金城さんは弁当販売、玉城さんはこれまで通り夜の営業と役割を分担した。大城さんは「店を残そうと必死だった」と振り返る。

 ランチでは沖縄そばやチャンプルー、タコライスなどの沖縄料理が人気だった。そしてやっと気づいた。「店の周囲に沖縄料理店がない」(玉城さん)。

 これは強みになると考え、沖縄料理や泡盛の取り扱いを増やしていくと、沖縄ファンが集まるようになった。沖縄を何度も旅した人や、旅行前に情報収集したい人など、店内は沖縄の話題で盛り上がっている。

 金城さんは「コロナ禍は本当に大変だったけど、お店のコンセプトが明確になったのは良かった」と振り返る。

 休日には玉城さんの自宅で、常連客らとバーベキューをすることもある。一緒に過ごすことの多い3人だが、けんかはほとんどないという。大城さんは「店の経営方針を巡っても、もめることはない。お互いの性格を知り過ぎているのかも」と笑う。

 玉城さんは「ようやく経営が軌道に乗ってきた。2店舗目、3店舗目と広げていきたい。3人ならできる」と力を込めた。

 「さね」は港区六本木7の6の3の2階。電話03(6721)0803。(東京報道部・照屋剛志)

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