ポール・マッカートニーが全来日公演で、ジミ・ヘンドリックスを追悼する理由と背景

okmusic UP's / 2013年11月21日 19時0分

11年ぶりのジャパンツアーで日本中を沸かせ、いよいよ11月21日(木)の東京ドームでツアー最終日を迎えるポール・マッカートニー。そんな彼が全公演で「ジミ・ヘンドリックスに捧ぐ」と言って演奏している特別な演目がある。ポールは、自身の「レット・ミー・ロール・イット」という楽曲の最後に、ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスの「フォクシー・レディ」をつなげてメドレー演奏しているのだ。27歳で亡くなりながらも今も伝説として語り継がれるジミヘンを、同年代の生ける伝説のポールが追悼している理由と背景とは……。

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ファンの間では有名な話だが、ポールとジミはジャズの帝王=マイルス・デイヴィスらと共に空前絶後のスーパーバンドを組む寸前だった。ジミが亡くなる1年前の1969年に、アラン・ダグラスをプロデューサーに、ジミとマイルス、そして当時のマイルスのバンドでドラマーを務めていたトニー・ウィリアムスの3人がレコード制作を計画していて、その企画の中でポールにベーシストとしてバンドに加わるよう正式な依頼が出されていたのだ。結局、ポールがスコットランドで休暇中であったため、バンド実現には至らなかったものの、その電報はプラハのハード・ロック・カフェによって落札、展示されている。ロックの神様によるボタンの掛け違いによっては、2人はバンドメイトになっていたかもしれない。それほどに深いポールとジミの間柄を示すほかの事象として、ジミがギターに火をつけて伝説となったモントレー・フェスティヴァルの一件が挙げられる。11月20日に発売されたジミの最新DVD『ヒア・マイ・トレインAカミン』の中で、ポールはこのように証言している。

「ママス&パパスのジョンに“モントレーに、ビートルズも参加しないか?”と誘われたんだ。そのとき、僕たちは『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』から『マジカル・ミステリー・ツアー』プロジェクトでずっとスタジオに缶詰の時期だったから出演できなかった。“でも、凄いヤツがいる”とジミを紹介したら、最初は“ジミって誰?”と戸惑っていたんだけど、“そいつは凄いの?”と聞くから“勿論さ”と答えたよ。そしたらジミの出演が決まったんだ」

ポールはジミの大ファンであり、ポールの後押しでモントレーへの出演が決まり、あの伝説的パフォーマンスが生まれた。そして、それがジミが最終日に大トリを務めた歴史上最も重要な音楽イベントであるウッドストック・フェスティヴァルへとつながっていく。DVD『ヒア・マイ・トレインAカミン』ではポールをはじめとして、スティーヴ・ウィンウッド、エディー・クレイマー、リンダ・キースといった重要人物がジミについて語っているほか、多数の未発表ライヴ映像を収めた本編120分、ボーナス映像70分が楽しめる。

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