有終の美を飾るために意地で作った傑作、ザ・ビートルズの『ABBEY ROAD』

OKMusic / 2014年2月28日 18時0分

アルバム『ABBEY ROAD』 (c)ABBEY ROAD - ジャケット画像(okmusic UP's)

 11年ぶりとなった昨秋のポール・マッカートニー来日公演の記憶も新しいところだが、先頃、米国オリジナル・キャピトル盤13タイトルからなる『THE BEATLES U.S. BOX』が世間を賑わせたばかりのビートルズ。これも昨年末にリリースされた『THE BEATLES LIVE AT THE BBC VOL.1)』(リマスター再発)、『THE BEATLES ON AIR LIVE AT BBC VOL.2』、さらにはiTunes Storeでの配信限定の『THE BEATLES BOOTLEG RECORDINGS 1963』と合わせれば、時ならぬビートルズ旋風が世界中で吹き荒れているようなものだろうか。おかげでサイフのほうがすっからかんとお嘆きの方もおられるのでしょうかッ? そこで、今回はビートルズの名盤を1枚選んでみるという恐れ多い企画…またもや難題ですが、やってみます。

■アルバムで楽しみたいビートルズ

 というわけで、さんざん迷って選んだのが名盤『ABBEY ROAD』('69)です。たたでさえビートルズなのに、このアルバムですから、私はしばらくそびえ立つ断崖の下に立ちすくみ、ボーッと頂きを見上げるような気分にとらわれました。いや、本当に! 書きあぐねていた時、仕事の現場にたまたまいた若いスタッフ(駆け出しのカメラマン/22歳)に、“君、ビートルズとか聴く?”と尋ねてみた。返ってきた答えは“(ラジオで)かかってれば聴きますけど、CDとか持ってないです”と素っ気ない。“興味ないか~”と諦めつつ問うと、お愛想笑いを浮かべながら“爺ちゃんちに行くと、全部レコードあります。嫌いじゃないっす”と言う。その爺ちゃんの年齢がどうやら自分と10歳ほども離れていないらしいので愕然とするも、自分がビートルズ解散の頃に聴き始めたことを思い返すと、カメラマンくんの爺ちゃんはどうやらリアルタイムでビートルズの活動期を体験しているわけなのだった。そのようなことをカメラマンくん相手に話したりしていると、それでも若い彼の口からいくつかの曲名がこぼれ出てくる。まさに、カメラマンくんの世代だとビートルズをもはやアルバム単位で聴いてはおらず、曲ごとに覚えているといったわけなのだった。まさにiTunes世代、無理からぬことである。

 でも、『ABBEY ROAD』こそ、アルバムで聴いてほしい。これも大傑作の『SGT.PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND』('67)のようなトータル・コンセプトによって制作されたアルバムではないのだが、『ABBEY ROAD』ほど曲の配列や全体のトーン、バンドの終局を伝えるかのようなエンディングまで、構成に心を配ったアルバムもないと思うのだ。1曲たりとも欠くことはできず、曲順を変えたりすると、アルバムの価値さえ下げてしまうようなバランス崩壊を招く気がする。こういう配慮は、案外やっているようでやれていないことが多い。J-POPのアーティストも見習うべきところが多いのではないかと。

■『ABBEY ROAD』制作のいきさつ

 傑作『SGT.PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND』('67)により、ビートルズはポピュラー音楽のみならず、西洋音楽史にその名前を刻まれるほどの評価を得る。一介のリバプール出身のビート・バンドが、アマチュア時代から10年も経たないうちに、それをやり遂げたことを思うと、驚嘆すべきことだ。反面、まさに頂点を極めたと言えるほどの成功は、同時に個々のメンバーにアーティストとしての自信、才能を自覚させることになった。それは続く10作目となる通称“ホワイトアルバム”こと『THE BEATLES』('68)において端的に表れることになる。マルチトラック・レコーディングが採用された最初のアルバムであり、メンバーが一度にスタジオに集まらなくてもよくなったこともあるが、4人一緒ではなく、ひとり歩きもできるのだ、という主張が顔を覗かせ始めたと言えるのではないか。アナログ時代は2枚組、ABCD面に分かれたこの作品は、個々が持ち寄った作品をそのままレコーディングした風で、バンドとしての統一感が他のアルバムに比べて極端に低いものだった(それはそれで素晴らしいのだが)。

 メンバー間に隙間風が吹き出したのも、きっとこの頃からなのだろう。レコーディング中には実際にリンゴ・スターが一時的に脱退するという事件が起こったとも言われている。原因ははっきり分からないが、自分に対する扱いの不当な評価といったところではないだろうか。ブライアン・エプスタインの死後、個性派揃いのこのバンドをたばねるマネージャーは不在のままで、本人にその意志があったのかどうか、その役割をポールが担いはじめたことも、他のメンバーから不興を買うことになったのは間違いない。

 アニメ映画のサウンドトラック盤『YELLOW SUBMARINE』('69)をはさみ、1969年に入るとバンドは、後に『LET IT BE』('70)のタイトルで世に出ることになる「ゲット・バック・セッション」(アルバムと映像のためのセッション)を開始する。だが、バンド内は揉めにもめる。精彩を欠いたセッションは全然うまくいかない。ことあるごとに統率をはかろうとするポールの仕切り癖が、他のメンバーには鬱陶しく感じられてくるのだ。かつては劇場公開されたこともある、ドキュメンタリー映画『LET IT BE』では、当時の冷え切ったバンドの人間関係、刺々しいまでのやりとりが克明に映し出されており、これがかつては和気藹々とロックンロールを演奏していたあのビートルズだろうかと、目を覆いたくなるシーンが続くのだ。

 と、あまりネガティブなストーリーを書き連ねてはどうかと思うので、この解散へと辿るダークサイド・ストーリーを知りたい方は、本屋に行けばいくらでも売っているビートルズの本でも読んでいただければ結構かと思う。
※ドキュメンタリー映画『LET IT BE』は再編集が施された上、何度かDVDでリリースされると噂されながら、現在のところそれは実現していない。劇場公開も、もしかすると許可されていないのかもしれない。いわばビートルズの負の遺産的なドキュメントではあるのかもしれないが、スタジオワークにいそしむ動くメンバーたちの姿や有名なアップル屋上での「GET BACK」のライブ演奏を含んだものであり、いつの日か再び見届けたいものだ。amazon.co.jpを検索して出てくるIMPORTアイテムは、どうやらブートレッグらしいので、手を出さないのが賢明だろう。

 現在では『ABBEY ROAD』がビートルズの最終作ということが当たり前に語られているのだが、1970年当時は『ABBEY ROAD』がリリースされたあと、バンドが解散を表面するのと前後するような形で、一度はオクラ入りのはずだった『LET IT BE』が出るのだ。いかにも、最後をイメージさせる名曲「LET IT BE」や「THE LONG AND WINDING ROAD」が入っているからなおさらのこと、私も長いこと『LET IT BE』が最終作だと思い込んでいたものだ。当時はこのあたりの錯綜する情報が日本に伝わってくることはなかったのだ。

 肝心なのは、“「ゲット・バック・セッション」=『LET IT BE』”がふがいない結果のまま頓挫し、バンドはいよいよ解散の危機に瀕してしまうことだ。そして、これで終わりになどできないと、新作のために再度ゼロからのレコーディングをポールが中心となってレコード会社に進言して実現したのが『ABBEY ROAD』のセッションだった。アルバム制作に同意したとはいえ、メンバー間に絆などなく、またバンドに未来がないこともお互いに分かっていたはずだが、その状況下でこの最終作を完成させることができたのは、ひとえにビートルズの栄光の歴史を無様なまま終わらせてしまうには忍びないと思うポール、彼の意地に焚き付けられて、他のメンバーもそれもそうだなと腰を上げたからできたことだった。

 そう、間違いなくポール主導でアルバム制作は進められたのだと思う。彼とジョン、ジョージ、リンゴの関係は最悪の状況になっていたようだし、常にレコーディングの場にまでオノ・ヨーコを伴うジョンとジョージ、リンゴの間にも到底、かつてのような良好な関係は保てなかった。その中での最終作のレコーディング・セッション、いやはや、うまく折り合いをつけられたものだ。特にジョージは、やがて彼の音楽人生で最大の傑作となる大作『ALL THINGS MUST PASS』('70)の制作も視野に入っていたわけで、よりポールとの関係が険悪なものになっていたら、そもそも『ABBEY ROAD』自体が計画段階で頓挫しただろうし、「SOMETHING」も「HERE COMES THE SUN」も自分のソロ作のほうに回していたかもしれない。まぁ、どう考えてみてもこの2曲は『ALL THINGS~』では収まりが悪いというか、『ABBEY ROAD』にあってこそ、絶妙の居場所を確保していると思えるわけなのだが。結局のところ、ジョージにとってもやはりビートルズは愛おしいものだったのだ、と思いたい。

■閑話休題 ハジレコが『ABBEY ROAD』

 〜某音楽雑誌のコラムでいろんな方が口にするようになった「ハジレコ」。生まれて初めて買ったレコードの略ですね。まぁ、その雑誌をきっかけに、というわけではなく、飲み屋や喫茶店で仲間と音楽談義などやっていると昔からよく話題になったりしたネタではなかったでしょうか。で、生まれて初めてとなると、幼稚園や小学生の頃に親に買ってもらったレコードであったりするのだが(それはそれで突拍子もないものが出てきて面白い)、自分のお小遣いで買ったとなると、だいたいは中学生くらいの年頃に買ったレコードということになり、誰かが盤の名前を持ち出せば、“オレは”“私は”と、盛り上がるものです。

 私の場合も、ハジレコは厳密に言えば親に買ってもらった怪獣かウルトラシリーズのソノシート/フォノシート(懐かしいペラペラのビニール盤。EP盤と同じ12インチ)になると思うのですが、肝心なのは自分のお小遣いで買ったほうの盤。これが実は白状すると『ABBEY ROAD』なのでした。2歳上の兄の影響で音楽のほうだけは早熟で、買ったのは小学校5年生(11歳/1970年)の時のこと。同年代でビートルズを聴いている奴などいなかったから、その頃は“『ABBEY ROAD』っていうビートルズのレコードがいいのだ”と、そのハジレコを吹聴するのに何の抵抗もなかったっけ。ところが、いい歳をした中年になった現在、ハジレコが『ABBEY ROAD』だというのを口にするのは恥ずかしくなったのだ。立派すぎるというのか、キマリ過ぎるというべきか。優等生っぽくて気恥ずかしい。自意識過剰と言ってしまえばそれだけなのだが、要するに洒落にならないのだ。“ドリフの「ズンドコ節」だったよ”と言えたら気が楽なのに、と思うのだが、こういう感覚、分かってもらえるだろうか。(片山)

■対抗意識が制作のバネに

 ポールのことばかり書くつもりは毛頭ないのだが、このアルバムには、彼の自己主張がこれでもか、これでもかと叩き付けるように示されており(それがまぁ、どれも素晴らしいのだが)、とりわけ作曲家としての才能はもちろんだが、ヴォーカリストとしての力量を示すように、リトル・リチャード直系の強烈なシャウトがすごい。それからベース奏者として腕前の素晴らしさには感服させられる。本作での彼のベース・プレイは、正直なところ雄弁すぎると思うくらいだが、独創的なフレージングは美しささえ感じさせるし、卓越したテクニック、リズム感、ハネは同時代の名プレイヤーと言われる人たちの中にあっても、抜きんでている。あくまで歌が主役であることをわきまえた上での、絶妙のブレンドとでも言おうか。このあたりは、ポール自身が尊敬するプレイヤーとして公言する、ジェームス・ジェマーソン(James lee Jamerson)の影響などあるのかもしれない。ジェマーソンは米ソウル・ミュージックの総本山モータウンに所属するスタジオ・ミュージシャンのユニット“ファンク・ブラザーズ”の一員で、スモーキー・ロビンソン&ミラクルズをはじめ、多くのアルバムで伴奏を務めた。2002年には、ファンク・ブラザースに敬意を表した映画『永遠のモータウン』 (原題:Standing in the shadow of MOTOWN)が公開され、2004年、彼らにグラミー賞功労賞が授与されている。

 話が少し逸れたが、もちろん、ジョン、ジョージ、リンゴたち他のメンバーも負けてはいない。セッションが進み、ポールのやる気を見せつけられるうちに“アイツばっかりにやらせておいてたまるか”と、しまいにはリンゴのやる気にまで火をつけたのだ。

■ケチを付けるところがまったくない

 久しぶりにアルバムを繰り返し聴いてみたのだが、1曲目の「COME TOGETHER」の、アルバムへの導入がとにかく素晴らしい。シュッ!!!というヴォイスに、異様な音圧とフレージングで迫るポールのベース、巧みなシンバル使いとドラムで決めるリンゴ。このイントロはなかなか思い付くかないものだ。ジョンのヴォーカルも冴えている。そして、ガラッと空気感を変えるようにジョージの「SOMETHING」へと続く流れがいい。そのあとは「MAXWELL'S SILVER HAMMER」と「OH! DARLING」とポールのリード・ヴォーカル曲が続くが、後者はポールのベスト・パフォーマンスのひとつに数えられるだろう。数少ないリンゴがリード・ヴォーカルをとる「OCTOPUS'S GARDEN」も彼らしいほのぼのとした味が生かされていて良い。

 LP時代だとSIDE2/B面の1曲目がジョージ珠玉の「HERE COMES THE SUN」というのが、これまたいい。昔はエレキが買えなかった青少年がアコースティック・ギターで弾くビートルズの曲として、この曲と「BLACKBIRD」(THE BEATLES-WHITE ALBUMに収録)は人気があったものだ。とにかく、SIDE1の「COME TOGETHER」との色調、空気感までが対極にあるこのB面の幕開けを告げるさわやかさは、LP時代の『ABBEY ROAD』の魅力を高めていたような気がするのだ。CDだと「I WANT YOU (SHE'S SO HEAVY)」の重く憂鬱なナンバーから間を置かずにこの曲が始まるのに、少し違和感を感じてしまうのだが、これはアナログ世代だけの悩みなんだろうねッ。そう、針を上げ、盤を裏返してセットしてという手順がね…とまたまた脱線しつつ、曲を追っていくと、仲違いしているのが信じられないくらいコーラスのハモりが美しい「BECAUSE」、そして後半の独壇場となる「YOU NEVER GIVE ME YOUR MONEY」から「SUN KING」「MEAN MR.MUSTARD」「POLYTHENE PAM」「SHE CAME IN THROUGH THE BATHROOM WINDOW」「GOLDEN SLUMBERS」「CARRY THAT WEIGHT」「THE END」、オマケの「HER MAJESTY」まで、一気に聴かせるメドレー。この巧みな演奏とセンスの素晴らしさは、プロデュースを再びジョージ・マーティンの手に委ねたことが功を奏しているように思える。裏話として、この形式を思いついたのは、それぞれの曲を完成させることが出来なかったので、いいとこ取りで、書き上げた部分をつなぎ合わせた結果だとも言われているけれど。

■最新リマスター盤で聴くリアルなアビイ・ロード・サウンド

 最後に、これからビートルズを聴いてみようかという若いリスナーに1枚を選ぶなら、ということで『ABBEY ROAD』をリコメンドしながら、これが果たして2014年に現役で活躍しているバンドのサウンドと拮抗するだけのインパクトを備えているだろうかと、こと音質面にも注意しながら2009年のリマスター盤CDを聴いていたのだが、“これは通用するよな~”と呟いてしまったのだった。楽器の響きがくっきりと立ち上がっているのはもちろんだが、名門スタジオ(もともとは主にクラシック音楽のレコーディングに利用されていた)アビイ・ロード・スタジオの空気感をも伝えてくれるような気がする。古くささなど、微塵も感じることはないだろう。

 もうひとつ、内容が素晴らしく、名盤と語られるアルバムはたいていそれに相応しいジャケット・デザインを身にまとっているものだ。このアビー・ロード・スタジオ前の横断歩道を渡る4人の図(撮影/イアン・マクミラン)は昔から多くのパロディーを生むほどに有名なものになった。もしかすると、世界一有名な横断歩道かもしれない。実際に、2010年にイギリス政府により英国の文化的・歴史的遺産の指定を受けている。女性のスカートが一瞬映り込んだ写真を使った裏面のデザインも秀逸だ。ポールが、いやリンゴの発案であるとかはっきりしたことは分からないが、シンプルかつコンセプチュアルなフロントの写真の見事なこと。特にビジュアル・アーツを学ぶ学生の方など、このジャケット・デザインの何が良いのか、じっくり手に取って眺めてみてはいかがかと思う。ちなみに、交通整理のために、撮影に許可された時間はわずか30分であったという。

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