イエスを支え続けた職人プレーヤー、リック・ウェイクマンの名作『ヘンリー八世と6人の妻』

OKMusic / 2020年3月20日 18時0分

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(okmusic UP's)

『こわれもの(原題:Fragile)』(’71)、『危機(原題:Close to the Edge)』(’72)といったロック史に残るイエスの代表作に参加し、その圧倒的かつ繊細なキーボードプレイで多くのファンを魅了したリック・ウェイクマンだが、彼はイエスに加入する前から多くのセッション活動をこなしていた職人的アーティストでもある。彼が参加したセッションでは、ほとんどの録音がワンテイクで済んでしまうことから、当時は“ワンテイク・ウェイクマン”と呼ばれていた。

イエスに加入する前、すでにデビッド・ボウイ、T-レックス、キャット・スティーブンス、エルトン・ジョン等のレコーディングに参加するなど、彼の並外れた才能は20歳過ぎには業界人の多くが知るところであった。また、ウェイクマンは多忙なイエスの活動の合間を縫ってソロ活動にも尽力する。今回取り上げる『ヘンリー八世と6人の妻(原題:The Six Wives of Henry VIII)』は、彼がイエスに在籍中の73年にリリースされた1st(本作の前に『Piano Vibration』(‘72)がリリースされているが、これは彼自身ソロとして認めていないのでカウントしない)ソロアルバムで、彼の代表作であると同時にプログレッシブロックを代表する傑作だ。

■早熟の天才、リック・ウェイクマン

ウェイクマンは7歳頃からピアノを習い始め、中学生の頃には教会のオルガンやクラリネットも演奏できるようになっていた。14歳で地元のブルースバンド、アトランティック・ブルースに参加(クラシック一辺倒に見える彼の演奏からは想像しにくいが、当時のブリティッシュロッカーなら必ず通る道である)する。この後、さまざまなグループでポップスやフォークなどを演奏するようになるのだが、高校を卒業するとクラシックのピアノ奏者になるべく王立音楽大学(Royal College of Musicで、王立音楽アカデミー(Royal Academy of Music)とは違う学校)に入学する。若い時にはよくあることだが、入る前は根拠のない自信に満ちあふれていたが、いざ入学してみると、自分ぐらいの才能がたくさんいることに気づかされ、徐々にやる気を失いパブに入り浸るようになる。

ある日、彼に転機が訪れる。アメリカの著名なソウルグループのアイク&ティナ・ターナーが、訪英する時のサポートミュージシャンを探していると聞きオーディションに参加したところ、トニー・ビスコンティ(デビッド・ボウイ、T-レックスなど)、ガス・ダッジョン(エルトン・ジョン、マグナ・カルタなど)、デニー・コーデル(ジョー・コッカーなど。のちにレオン・ラッセルとシェルター・レコードを立ち上げる)といった大物プロデューサーの目に止まったのだ。特にコーデルはウェイクマンの技術を高く買い、自分のレーベル(Regal Zonophone Records)のスタジオミュージシャンとして働くよう誘っている。これがきっかけとなって、ウェイクマンは音楽大学をドロップアウト、69年に20歳の若さでフルタイムのスタジオミュージシャンとなる。

■ストローブスへの加入~脱退

70年、セッションで参加したストローブス(プログレの香りを漂わせたブリティッシュフォークロックの人気グループ)のレコーディングで、このグループに気に入られていたウェイクマンはメンバーに誘われ、ギャラの良さもあって加入を決める。70年初めという時期は60年代のブルースブームとは異なり、ブリティッシュロッカーの多くがカントリー系のルーツサウンドに注目していた時期である。そういう意味ではストローブスに加入したウェイクマンは、流行に敏感なタイプであったのかもしれない。どちらにしても、この時点でブルース、クラシック、ソウル、カントリー、フォークなどの音楽に親しんだことは、彼のキャリアにとって大きな意味を持つ。

ストローブスのライヴ中に、たまたまウェイクマンがオルガンやピアノをソロで弾くことがあり、そのパフォーマンスに感銘を受けた『メロディーメーカー』(イギリスの有名な音楽雑誌)が彼を大きく取り上げたことで、ウェイクマンは一般のロックファンにまで知られるようになる。その後、ストローブスの人気に翳りが出始めるとギャラは低迷、高価なモーグを買ったこともあって彼はセッション活動へと戻り、ストローブスから脱退を決める。そして、ここでまた転機が訪れる。キーボード奏者を探していたデビッド・ボウイに、バックメンとして参加してほしいと誘われたのだ。ちょうど、ウェイクマンはモテ期に突入していたようで、ボウイの要請と同時期にイエスからも加入要請があった。

それまで、イエスでキーボードを担当していたのはトニー・ケイであるが、ケイはピアノとオルガン以外は絶対に弾かない(要するにシンセが嫌いだった)と言い出したため、クビになっている。キング・クリムゾンやEL&Pなどのグループはシンセを効果的に使い、まさにプログレサウンドが花咲く時期であったから、ケイの解雇は仕方のないことであった。ウェイクマンはこの時点では、ボウイのバンドにも魅力を感じていたのだが、イエスのリハーサルに参加してみて、グループがキーボード(シンセも含め)の重要性を理解してくれていたことと、メンバーの演奏レベルが高かったこと、そして何よりギャラが良かったことでグループへの加入を決めた。イエス側にしても、キース・エマーソンに並ぶウェイクマンという凄腕プレーヤーの獲得は、グループの飛躍にとっては願ってもないチャンスであった。

■イエスへの加入と 『こわれもの』『危機』の成功

ウェイクマンはボウイに丁重に断りを入れ、イエスに加入することになるのだが、そのことが再び『メロディーメーカー』に大きく取り上げられる。新生イエスは、ロックファンから大きな注目を集め、ニューアルバムへの期待は高まっていく。そして71年11月、ウェイクマンの大きな尽力もあって、ロック史に残るイエスの傑作『こわれもの』がリリースされるのである。この年、ウェイクマンはソロ・アーティストとしてA&Mレコードと契約を交わしているので、ひょっとしたら彼は『こわれもの』があれほど大きなセールスになるとは思っていなかったのかもしれない。余談であるが、『こわれもの』での演奏面や作曲面において、ウェイクマンのアイデアが相当取り入れられているにもかかわらず彼のクレジットがないのは、A&Mとの契約があるから名前を出せなかったのである。

そして、この後『危機』の制作や『こわれもの』のツアーに明け暮れる生活が続くのだが、ウェイクマンの創作活動は尽きることがなかったようだ。イエスの仕事に精力を傾けながら、ソロアルバムの企画及び制作を同時に進行させている。そのうえ、ボウイやアル・スチュワートなど、いくつかのセッション活動も行っているのだから凄い。『こわれもの』の大きな成功によって、72年の『メロディーメーカー』誌におけるキーボードの人気投票ではキース・エマーソンに次いで堂々の2位にランクインしている。

■多忙が生んだブルフォードと ウェイクマンの脱退

72年は、イエスにとってもウェイクマンにとっても大忙しの年となった。イエスの最高傑作『危機』の録音は4月〜6月にわたって行われたが、直前まで『こわれもの』のツアーで各地を回っていただけに、なかなか新曲がまとまらず、スタジオではメンバーたち全員が一触即発の状態にあった。ウェイクマンはイライラするとスタジオにこもってソロアルバムの録音に勤しんでいた。イエスのリズムを支えてきたドラムのビル・ブルフォードは、イエスの慌ただしいスケジュールとギスギスした雰囲気に嫌気がさし『危機』をリリースした後にグループを脱退している。

72年の終わりには、次作の3枚組ライヴ盤『イエスソングス』(‘73)用のツアーがあり、ブルフォード脱退後はアラン・ホワイトが加入、短い間にライヴ曲を覚えるなど慌ただしい日々は続く。73年には初の日本公演があり、『危機』に続く2枚組スタジオアルバム『海洋地形学の物語(原題:Tales from Topographic Oceans)』もリリースされるのだが、多忙からグループ内の亀裂はますます大きくなっていく。結局、ウェイクマンもブルフォードに続いて74年5月に脱退、ソロ活動に専念する。

■本作『ヘンリー八世と6人の妻』 について

本作『ヘンリー八世と6人の妻』は、『こわれもの』ツアーと『危機』のレコーディングの合間を縫って、2月〜10月にかけて行われた。収録曲はタイトル通り6曲。曲のタイトルはヘンリー八世の妻の名前が付けられている。

演奏メンバーはイエスとストローブスのメンバーおよびスタジオミュージシャンで、ヴォーカリストも数人参加しているが、基本的にバックでスキャットを聴かせる程度。本作のサウンドは、クラシックとロックを融合させた(要するに典型的なプログレ)インストものであり、ウェイクマンはピアノ、オルガン、メロトロン、ミニモーグ、ARP、パイプオルガン、ハープシコード、クラリネットなど多くの楽器をプレイしている。

なお、各曲の演奏者は、ウェイクマンの持論である「曲のイメージによって適材適所に配置」されており、ロック的なビートが強いナンバーでは『こわれもの』や『危機』を思わせるサウンドが展開される。本作をイージーリスニングだと言う人がいるが、僕はまったくそう思わない。確かに一歩間違えばニューエイジかヒーリング音楽のようになってしまうだろうが、本作はロックスピリットにあふれており、跳ねるベースとタイトなドラムはグルーブ感に満ちている。リズムセクションのアレンジはまさしくイエスのようで、いかにウェイクマンがグループのアレンジに貢献しているかがよく分かる。また、各曲でのウェイクマンのアドリブプレイは緻密かつ繊細で、ジャズ的なフィーリングを垣間見せるときのプレイは実にスリリング。

アルバムは40分弱なので、ついつい何度も繰り返し聴いてしまうのだが飽きない。クラシック、ロック、ジャズ、教会音楽などが融合された本作は、多忙なウェイクマンが自分自身を癒やすために制作したのかもしれないとも思う。ちなみに、本作は全英チャートで7位、全米チャートで30位、日本でも37位と大ヒットしたのだが、イギリスは別として、アメリカでの30位はプログレのインスト作品だということを考えると快挙ではないだろうか。

TEXT:河崎直人

アルバム『The Six Wives of Henry VIII』

1973年発表作品



<収録曲>
01. アラゴンのキャサリン/Catherine Of Aragon
02. クレーヴのアン/Anne Of Cleves
03. キャサリン・ハワード/Catherine Howard
04. ジェーン・シームーア/Jane Seymour
05. アン・ブーリン/Anne Boleyn 'The Day Thou Gavest Lord Hath Ended'
06. キャサリン・パー/Catherine Parr



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