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サザンソウルの完成形とも言えるオーティス・クレイの圧倒的な傑作『愛なき世界で』

OKMusic / 2021年2月26日 18時0分

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(okmusic UP's)

アメリカではオーティス・レディングやアレサ・フランクリン(60年代後半〜70年代初頭あたり)が知名度の高いサザンソウル・シンガーになるのだろうが、日本では彼らよりオーティス・クレイのほうが愛されているのではないか。今回紹介する彼の『愛なき世界で(原題:Trying To Live My Life Without You)』は、ハイ・レコードからのデビューアルバムである。1978年の伝説の初来日公演後には彼のファンが一気に増え、さかのぼって本作を購入することでサザンソウルの魅力に取り憑かれてしまったリスナーは少なくないはずだ。鉄壁のハイ・リズムとメンフィス・ホーンズをバックに、誠実さをにじませたソウルフルなクレイのヴォーカルは今聴いても全く古びておらず、傾聴すべき名作に仕上がっている。

■ノーザンソウルとサザンソウル

ソウルミュージックにはアメリカ北部や東部の都市部を拠点にするモータウン・レコード(ミシガン州デトロイト)やフィラデルフィア・インターナショナル(ペンシルベニア州フィラデルフィア)などの洗練されたノーザンソウルと、アメリカ南部を拠点にするスタックス・レコードやハイ・レコード(テネシー州メンフィス)、フェイム・レコード(アラバマ州マスルショールズ)などの泥臭いサザンソウルの大きく二つに分かれる。ロックに喩えると、ノーザンソウルがAOR系で、サザンソウルはスワンプ系といったところか。

ライヴハウスが盛況だった70年代中頃の日本では、関東ではポップスやノーザンソウルに人気が集まり、関西ではブルースやサザンソウルが好まれていたと記憶している。僕は関西在住なので範囲は限られるが、当時の人気バンドを思い出してみると、上田正樹とサウス・トゥ・サウス、ソー・バッド・レビュー、ブレイクダウン、ウエスト・ロード・ブルース・バンド、憂歌団など、ブルースとサザンソウルを得意とするグループが非常に多い。関西(神戸は除く)の気質がアメリカ南部のそれと似ていたのかどうかは分からないが、洗練されたものよりも泥臭くルーツ色の濃いサウンドが関西圏で好まれていたのは事実である。

■ハイ・レコード

まだ田舎の多い南部にあって、最初にサザンソウルのヒット曲を量産したのはスタックス・レコードである。そのあとを数々のレコード会社が追いかけたのだが、本作をリリースしたハイ・レコードもそのひとつである。

ハイは1957年に設立、当初はビル・ブラック・コンボやエルヴィス・プレスリーらの在籍したサン・レコードの亜流であった。ソウル風味のあるインストとロカビリー作品を中心にリリースしていたが、正式な音楽教育を受けたウィリー・ミッチェルが社内で頭角を表し始める60年代後半に、ハイは新たな方針を打ち出す。

ハイの設立者のひとりで、ハイを退社したのちにジェームズ・カー、スぺンサー・ウィギンスといった優れたサザンソウル・シンガーを擁したゴールド・ワックス・レコードを設立したクイントン・クランチに影響を受けたのかどうかはわからないが、ブルースやR&Bからジャズに至るまで、さまざまな音楽に精通しているウィリー・ミッチェルが目指したのは“黒人にも白人にも売れるレコード”であった。それは言い換えれば白人のカントリー音楽と黒人のR&Bの中間的なサウンドで、それこそがサザンソウルという音楽の骨格なのである。

ミッチェルの目指すサウンドを実現するのがシンガーのアル・グリーンと、ミッチェル自らが育てたホッジズ3兄弟であった。ティーニー(Gu)、リロイ(Ba)、チャールズ(Key)ホッジズ兄弟に加え、ハワード・グライムス(Dr)、スタックスのハウスバンドのブッカー・T&ザ・MGズのドラマー、アル・ジャクソン、そしてメンフィス・ホーンズをバックに起用したアル・グリーンの「レッツ・ステイ・トゥゲザー」(’71)が全米1位となる大ヒットとなり、ミッチェルのプロデュース手腕は大いに認められる。ここからアン・ピーブルズや彼女の夫のドン・ブライアント、オーティス・クレイ、シル・ジョンソンなど、ミッチェルのプロデュース&アレンジで、ハイならではの特徴を持った曲を生み出していく。

■オーティス・クレイ

オーティス・クレイは1942年生まれ(2016年に逝去)で、ゴスペルシンガーとして活動を開始するものの1965年にソウルシンガーに転向している。クレイはアル・グリーンのソフトなボーカルとは違って力強く泥臭いヴォーカルが特徴である。アトランティック傘下のコティリオンでリリースした「イズ・イット・オーバー」(’70)は、ミッチェルの持つロイヤル・スタジオで録音され、バックはハイ・リズム(ホッジズ兄弟+ハワード・グライムス)とメンフィス・ホーンズが担当、クレイの名唱として知られている。シングルのみでリリースされたこの曲は、桜井ユタカ氏が選曲したサザンソウルのコンピレーション『ソウル・ディープ第1集』(’72)に収録されており、2013年には鈴木啓志氏が選曲し直した2枚組CD『ソウル・ディープ・デラックス・エディション』にもしっかり収められている。

クレイはこのレコーディングでミッチェルに誘われ、71年ハイに移籍することになる。

■本作『愛なき世界で』について

そして72年、「イズ・イット・オーバー」とほぼ同じメンバーで録音(ロイヤル・スタジオ、ミッチェルのプロデュース)されたのが本作『愛なき世界で』である。収録曲は全部で10曲。タイトルトラックの「愛なき世界で」は全米R&Bチャートで24位のヒットとなるのだが、この曲を愛する多くの日本人が1位になってもおかしくないと思っているはずだ。それぐらいの名曲・名演である。クレイのソウルフルなヴォーカルはもちろん、ドナ&サンドラ・ローズ、チャールズ・チャルマーズの白人3人によるあっさり目のバック・コーラス、南部フィールいっぱいのホーンアレンジ、テンポ、メロディー、どこをとってもサザンソウルのエッセンスに満ちている。この曲はイーグルスの「ロング・ラン」の下敷きになっているし、カバーしているアーティストも少なくない。

続くこれまた名曲の「アイ・ダイ・ア・リトル・イーチ・デイ」では、メンフィス・ストリングスが登場(ストリングス・アレンジもミッチェル)し、このスタイルこそがハイ・レコードの特徴的なサウンドである。ジャッキー・ムーアの「プレシャス・プレシャス」はO.V・ライトの名唱が知られているが、クレイのバージョンも負けず劣らずの名演である。ローラ・リーの極め付けの名演で知られる「ザッツ・ハウ・イット・イズ」は、ティーニー・ホッジズのギターとホーンアレンジが素晴らしい。「ホーム・イズ・ホエア・ザ・ハート・イズ」は、シングル曲を集めたクレイの2枚目のアルバム「アイ・キャント・テイク・イット」(’77)にもなぜか収録されている。

ということで、結局どの曲も甲乙付け難い仕上がりとなっていて、これだけレベルの高いアルバムにはなかなかお目にかかれないだけに、聴いたことがない人はぜひ聴いてみてほしい。70年代にこのアルバムと出会った当時の若者たちと同じように、きっとサザンソウルが好きになるはずだ。

■代役としての初来日公演

1978年、急病のO.V・ライトの代役として初来日したクレイは、その圧倒的なステージで観客を魅了し多くのファンを生むことになる。その時のコンサートの模様を収録した2枚組LPはすばらしいできで、サザンソウル・シンガーとしては破格のセールスを記録したことでも知られている(2014年に完全版がCD化されたが、残念ながら現在は入手困難である。再発を!)。

TEXT:河崎直人

アルバム『Trying To Live My Life Without You』

1972年発表作品



<収録曲>
1. 愛なき世界で/Trying to Live My Life Without You
2. アイ・ダイ・ア・リトル・イーチ・デイ/I Die a Little Each Day
3. ホールディング・オン・トゥ・ア・ダイイング・ラヴ/Holding on to a Dying Love
4. アイ・キャント・メイク・イット・アローン/I Can't Make It Alone
5. ザッツ・ハウ・イット・イズ/That's How It Is
6. アイ・ラヴ・ユー・アイ・ニード・ユー/I Love You, I Need You
7. ユー・キャント・キープ・ランニング・フロム・マイ・ラヴ/You Can't Keep Running from My Love
8. プレシャス・プレシャス/Precious Precious
9. ホーム・イズ・ホエア・ザ・ハート・イズ/Home is Where the Heart Is
10. トゥー・メニー・ハンズ/Too Many Hands



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