『新宿野戦病院』小池栄子の片言は“愚問”「本当の痛快さは作品根底にひそむ社会風刺」クドカンドラマを識者が解説
ORICON NEWS / 2024年7月10日 8時0分
宮藤官九郎氏が脚本を手掛けたフジテレビ系水10ドラマ『新宿野戦病院』(毎週水曜 後10:00)は、3日の初回放送直後から「カオス」「岡山弁と英語のバイリンガル小池栄子良かった」など、さまざまな反響が寄せられていた。初回から盛りだくさんの内容だった同作について、ポップカルチャー研究者の柿谷浩一氏(早稲田大学招聘研究員)に解説してもらった。
【写真】二の腕ほっそり…ノースリ姿で奮闘するヨウコ(小池栄子)ほか…『新宿野戦病院』第1話場面カットが盛りだくさん
■正確には「反・医療ドラマ」“何かおかしい”社会への疑念を作品化
初回視聴後、最初の感想は「カオスだ」の一言だった。クドカン作品の特色の1つは、奇想天外な舞台設定。今回もそのぶっ飛び方に、度肝を抜かれる。
舞台は新宿歌舞伎町の救急病院。でも急患を迎える“安定・安心”とはほど遠い。主人公の亨(仲野太賀)は美容皮膚科医で、外科処置は専門外。院長も一線を退き酒浸り、他のドクターも無駄口が多く、救急スキルはどうも頼りない。そのため救急依頼も「拒否」しまくる始末。そこへ無免許の元軍医・ヨウコ(小池栄子)が加わる。
そんな面々が、ツッコミの怒声を飛ばしながら、戦場さながらドタバタと手術を荒々しく進めていく。その光景は「この病院、大丈夫か」となる異様さで狂気じみている。
命を扱う“神聖な場”、張りつめた“緊迫の空間”。そんな一般的な「病院」と「救急」のイメージを豪快に転覆する内容。その型破りな病院劇だけでもインパクト大で面白いが、本当の痛快さは作品根底にひそむ社会風刺にある。
医療ドラマだが、正確には「反・医療ドラマ」。さまざまな医療作品で染みついたイメージもろとも、救急医療をめぐる価値観をぶっ壊す。経営難も含め、今の「救急診療」のあり方がこのままでいいのか。そんな制度への問いかけが、繁華街の場末というアングラ感満載の空間から強烈に放たれる。
環境・人材・治療スタイルのどれも問題アリだが、ハチャメチャでギリギリな現場だからこそ、問題提起も地に足がつき、芯を食って響く。コロナ禍で直面した「医療崩壊」、各所で限界をみせる「社会福祉」。そうした周辺課題も巻き込んで、誰もが抱く“何かおかしい”という社会への疑念と、“もっとしっかりしてほしい”という不満を肩代わりしつつ、それを劇のエネルギーにする。
いい加減でナンセンスに見えて、下には強烈な異議申し立てを隠す。そのコミカルなエンタメ性を全開に「現代社会の急所をつく」クドカンらしい技とうまさが、初回から炸裂している。
■歌舞伎町の今が見える“ドキュメント”な一面も見どころ
同作では「性別」や「国籍」など、現代で重視される多様性も描き込まれる。そんななか、話題に上るモチーフの多彩さも際立つ。
酔っ払い、AV、パパ活、ギャラ飲み、港区女子、トー横、路上売春、ネットの口コミ、ジェンダーハラスメント、生活保護、オーバーステイ、難民、反社、闇バイト、ハローワーク…と、あらゆる「社会要素・トレンド」が1話のなかに盛り込まれ、世界観は雑多を極める。
このオーバーぎみの断片が、歌舞伎町の特徴の“猥雑さ”を作品全体で丸ごと飲み込んで体現する感じで、熱気ムンムンの臨場感を放つ。
またそこからは行政の進める「クリーン化」で蓋をされがちな、街の現状や問題の実情が忖度なく切り取られ、歌舞伎町の今がしっかり見える。そんなドキュメント的な一面も見どころ。
そして何と言っても、その断片が「令和を語るのに欠かせないキーワード」で、それらが種別を問わず、タブーなしに等しく並んでいく感じもポイント。単なる繁華街じゃなく、あらゆるモノの「ごった煮の場」こそ歌舞伎町。そんな混沌とした場所から、何が良くて何が悪いかを抜きに、現代社会の全体図をありのまま浮き彫りにしようとする。そのビジョンが、今を観察・洞察するまなざしとして、鋭くまた誠実。そして、これら「社会の断片」に囲まれ、それを次々話題にすることで、登場人物たちの生が強い現実味を帯びているのもいい。
現代っぽさをまとうドラマキャラは少なくないが、「その人が今という時代の渦中を生きている」。そうした熱や手応えは希少。そんなアツさをひしひし感じられる辺りも、作品熱を加速させる。
テーマ的には“平等”を軸に、「日本/外国」「外科/内科」「貧乏/金持ち」など、あらゆるボーダー(区分け)を疑い、既成の価値観を問い返す。その象徴が、やや片言の英語と岡山弁交じりの日系アメリカ人・ヨウコの話し言葉。それが何語か、正しい発音かなど愚問。異なるものが、重なり交錯する。そうした「混沌・混濁」から、既存の諸々にリセットをかける。そこへ身を任せようじゃないか。「カオス」ゆえの、社会の当然へ向けたクドカンの刃を、笑いつつじっくり堪能できる秀作の予感がたっぷりだ。
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