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“20世紀最高のSF小説”のコミカライズに挑む漫画家、空想世界を描く試み「原作者の頭の中の映像を描きたい」

ORICON NEWS / 2024年8月13日 9時10分

世界的ベストセラー『ソラリス』に挑む漫画家・森泉岳土氏。 (C)oricon ME inc.

 初版から63年、SF史上に残る名作として知られる『ソラリス』(スタニスワフ・レム著)がコミカライズされた。描くのは、独自の画風と緻密な展開構成で無二の世界観を表現する漫画家、森泉岳土氏だ。近年、原作のメディアミックスに様々な声が寄せられている中、20世紀のSFを代表する作品として熱烈なファンも多い同作に挑んだ境地、名作コミカライズの意義とは。森泉氏に話を聞いた。

【画像】名作をどこまで再現できた⁉ 『ソラリス』コミック版を一部公開

■「原作に忠実、ということは一字一句を再現することではない」

――今年7月に開設した早川書房の電子コミックサイト「ハヤコミ」にて、『ソラリス』の漫画連載が始まりました。同作のコミカライズは森泉さんの希望とうかがっています。



「レムの『ソラリス』を初めて読んだのは20代の頃だったでしょうか。今までに味わったことのない “SFってこんなことができるんだ!”という衝撃を、まるで昨日のことのようにあざやかに覚えています。『ソラリス』はもちろん人間以外とのコンタクトの物語でもあるし、愛の物語でもあるし、閉じられた空間の中で異物が現れるというゴシック・ホラーでもある。偽史であり、パロディでもあるし、多彩なジャンルを包含した、文学の香りがする作品だと思いました」

――作品に惚れ込んで漫画化を。

「ええ。そのうえで、『ソラリス』には僕が入りこめる余白まであるんですよ。「行間が空いている」といいますか、それが先ほど「文学の香り」と言ったことなんですけど、僕がコミカライズする作品を選ぶとき、そういった余白があるかどうかというのがひとつの判断基準になるんです。「入りこめる」といっても、それは脚色するとか、エピソードを加えるという意味ではなく、絵や漫画として表現する余地があるのか、ということなんですが。それで、改めて小説を読み直してみて、これは“描けるな”と思ったので、素直に『ソラリス』なら描けます、と編集者さんに伝えました。編集者さんは『ソラリス』をですか!? と驚いたようですが(笑)」

――名作のコミカライズとなると、原作ファンは「忠実な再現」を良しとする傾向にありますが、今回の漫画化に際してはどういった視点から描かれましたか。

「原作を精読し驚くほど忠実に再現しています(笑)。ただ原作に忠実、ということは一字一句を再現することではないと僕は思っています。小説には小説のアドバンテージがあり、漫画には漫画のアドバンテージがありますから。僕のいう「原作に忠実」というのは、小説のテキストを単に漫画に置き換えるのではなく、小説を書く以前にレムの頭の中にあったビジョンはこうだったのではないかと、小説をとおして読み解いて、そのビジョンを漫画というメディアに移しかえる作業なんです。言うなれば、スタニスワフ・レムがもし小説ではなく漫画でソラリスを描いていたらどうだったのかという感じでしょうか」

――原作者の頭の中の映像を描いた。

「そうですね。レムが見据えていたであろう未来のイメージをそのまま再現し、原作の持つ空気感や世界観を表現することを目指しました。一例ですが、主人公のいる宇宙ステーションにある録音機器はカセットテープなんですよ。それをICレコーダーなどに置き換えてしまうとか、あるいはコンピュータのモニターをブラウン管ではなく薄型液晶画面モニターとして描いてしまったりすると、それはもうレムの見たビジョンではないんですね。それではソラリスの歴史の改ざんというか、歴史修正になってしまいます。

なので漫画にするときも、小説で描かれている科学力で描くのが原作に対するリスペクトだと思っています。たとえば小説にはコンピュータが出てきても、『検索』という言葉は一度も出てこないんですよ。それがソラリスの未来感ですし、「やって来なかった未来」を現在の科学力や価値観で上書きしてはいけないんです」

■この世に正解が存在しない“知性を持つ海”「どう読み解いて描けばいいのか難しかった」

――漫画家の瀧波ユカリさんもX(旧twitter)で「作中に登場する宇宙ステーションや機器などが小説発表当時に想定されたもの(テープレコーダーとか)で描かれていてこれぞ近未来古典コミカライズの醍醐味では!」と絶賛していました。原作の持つ空気感や世界観の表現についてもうかがえますか。

「原作を読むと、あれだけ濃密な描写にもかかわらず、不思議と読者の想像力が入りこむ余白が広がっているんですよね。海や歴史などの描写をのぞくと、描かれていることの多くがアクションではなくて主人公の「思索」だからでしょうか。それが、僕にとって「白い」印象を与えるんです。なので、絵にするにはやっぱりステーション内は白っぽい空気感、世界観で描きたいと思いました。

漫画の技術的な話で言うと、今回の作品では1つのコマで1人がしゃべるというのを基調にしています。これも余白をもたせるための工夫です。1つのコマの中に2、3人の台詞を詰め込んでしまうと騒々しくなってしまう。たまに2人で会話しているコマを描いて単調にならないようにリズムの流れはつくりますが、余白を多くもたせるコマ割にすることで、原作から感じる空気感を漫画でも感じてもらえたらいいなと思って構成しています」

――その他、描写で特にこだわったのはどの部分でしょうか。

「やはり海ですね! 頭の中でこうだと思っていたものを、念のためにもう一度原作で確認しようと読み返すと全然違う感じがして、理解力を試されました。ステーションの描写とは相対するように、こちらは黒っぽいイメージです。不可解で、怪しく、正体が分からないような。あきらかに人間とコンタクトすることが困難だろうなということをひと目で示したいという思いがありました。おたがいに交じり合わない世界、といいますか」

――惑星ソラリスの表面を覆う知性を持つ「海」は、原作では“地球上のなににも似ていない形成物をつくり出すことができた”と表現されています。

「そう、見たことがない形成物をどう描くか。正直言って描くまえは大変だなあ、なんて思っていたのですが、描いているうちにどんどん楽しくなってきて、せっかくだからもっと念入りに描写したいと思ってページ数が増えていく。何枚も何枚もわけの分からないかたちに変容していく黒い海をずーっと描くわけです。もう、もげるんじゃないかってくらいに右腕ががちがちに凝り固まってしまい、整体医院に行くと整体師の先生が『こんなになるまで何をしたんですか?』と驚かれました。そのくらい憑りつかれるように実直に「海」を描いています(笑)」

――この世に正解が存在しない空想世界、SF原作ならではの面白さであり、難しさと言えそうですね。SFは一般的に“難解”とされることも多いですが、森泉版『ソラリス』は読みやすいのも魅力だと思います。

「漫画で読んでもらうための工夫として、まず全体の構成をどうするかが肝になります。そのために必要なテキストと情報を拾い出してノートに整理することからとりかかりました。原作には漫画に落とし込むには多すぎる情報もあって、それは小説としては魅力的なんですが、そのまま描くと読者が混乱することがあるので、ポイントをピックアップして、削ぎ落とすこともしています。もちろん、原作の大事な核になる部分は削りません。たとえば混乱して理解不能ということが魅力であるところは、混乱して理解不能なことが魅力であるように、分かりやすく提示するわけです。そのように原作の中の情報を整理して、エッセンスはしっかり伝わるように構成しています」

■メディアミックスは「原作の本質をいかにつかみとっているかが重要」

――徹底した“原作愛”を感じます。昨今、メディアミックスにおいては、原作との乖離などから問題になるケースも見られますが…

「小説や漫画などの原作を映像作品にする場合、制作の過程でたくさんの人が関わるので、合意を得ることは非常に大変だと思います。だからこそ、メディアミックスはこうあるべきだと一口には言えないし、本当にケースバイケースだと思っています。ただ、あえて色々な前提条件の上での話として言えば、例えば原作ものだとしても映画化された作品は映画監督の作品なんだろうと僕は思います。義理の父で映画作家だった大林宣彦監督の『転校生』や『ふたり』などは原作とずいぶん違っていますが、それでも原作者のかたがたは映画の出来上がりをこのうえなく喜んでいました。その理由は監督の技量によるところが大きかったと思いますが、やはり原作を映像化する場合には、原作の本質をいかにつかみとっているかが重要だと考えます」

――原作に忠実であることだけが正解ではない、と。

「たとえば原作からあるシーンが削除されていたり、逆に原作にないシーンが加えられていたりしても、原作の本質や作品の持つ世界観が保たれていれば受け入れられる、ということも大いにあるんじゃないでしょうか。 小説には小説の、漫画には漫画の、そして映像には映像のアドバンテージがありますから。“今流行っているこの原作だったら企画が通る”というようなマーケティング的な理由でメディアミックスがなされることがあるという話を聞いたことがありますが、それでも制作する側に原作の本質をとらえる理解力があり、作品に対するリスペクトがあり、それをまとめ上げる力量があれば――良い作品に仕上げるには、少なくともこの3つは必要な要素だと思います――本来であればどのような理由でメディアミックスされようとも、大きく道をそれることはないのではないでしょうか。とはいえ、先ほども申し上げたとおりケースバイケースなのでそれ以外は不正解というわけでもないですし、さらには原作者と監督だけではなくそこに「原作のファン」の気持ちもありますし、より複雑ですよね。しかもファンだって一枚岩ではないですし」

――名作が読み継がれるため、そして幅広い世代に訴求するために名作小説のコミカライズは必要不可欠という声もあります。改めてコミカライズにはどのような役割があると思いますか?

「もちろん僕がコミカライズした『ソラリス』を読んで原作小説に手を伸ばしてくれる人がいたらうれしいですけど、そういう仕組みについては編集者さんにお任せして、僕としてはまずは誠実にコミカライズすることに注力しています。いい作品になればそれだけ多くの人に読んでもらえる――、そんなふうに考えています。楽観的ですけど。まあ、実際のところで言うと、『ソラリス』を描くことが本当に楽しくて楽しくて仕方ないので、「コミカライズの役割」のようなことを考えている余裕がないというのが率直なところなんですよね(笑)。だって、原作に向かいあっているあいだって、ようはレムさんと僕で、頭の中で『ソラリス』について会話のキャッチボールをしているようなものなんです。これってこういうことですか、そうですよね、なるほど、分かります、みたく。そういった想像上の「対話」がもう何にも代えられない喜びなんですよ」

――原作への配慮と作者への敬意があるからこそ、森泉さんのコミカライズは多くの支持を集めているんですね。連載開始後からX(旧twitter)では、「どうなるん、と思ったらまあすごい作画をなさってる…」「ソラリスの海を描くのに森泉さんの手法ほど合致するものはないと思います」「うひゃー!この余白いいなー!」と称賛の声が相次いでいます。

「責任もってきちんと原作と向き合っているので、そのように評価されるのはうれしいですね。『X』のコメントで、小説は難しくて読むのを挫折したけど漫画なら読んでみよう、という声がありました。そういった未読の方にもコミカライズされた『ソラリス』を届けたいですし、きっと小説を読んだのと同じような読後感を味わえると思いますよ、と伝えたいですね」

(取材・文/福崎剛 撮影/徳永徹)

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