たばこ休憩はズルい? 企業が悩む禁煙対策、“1本でも吸ったら悪”ではない共存の行方「喫煙者をいじめたいわけではない」
ORICON NEWS / 2024年8月16日 9時10分
“スメハラ”という言葉が一般化し、においに敏感になった昨今。とくにたばこのにおいは文字通り“鼻につく”ものとして、職場でも嫌われている。吸わない人からは「たばこ休憩はズルい」という見方もあり、社員の禁煙を促進する企業も増えた。ただ、喫煙者からの反発もあり、分断を生んでしまう可能性もある。企業としては頭の痛い社員の喫煙問題。どのように解決するのがベターだろうか?
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■コンビニや公園に喫煙社員が殺到、急激な“完全禁煙”が生んだ弊害
公共施設などを原則禁煙とする改正健康増進法施行から4年が経過し、よりいっそう禁煙への意識が高まった。街の喫煙所はどんどん少なくなり、「敷地内禁煙」や「就業時間内(外)禁煙」などを謳う企業も増えている。とはいえ、すべての企業が完全禁煙にできるわけでもなく、吸わない人から「たばこ休憩はズルい」「くさい」といった不満がいまだ上がり続けている。
では、一刀両断に完全禁煙を成し遂げれば問題は片付くのかというと、そうでもない。社内に吸う場所がなくなったせいで、近隣のコンビニや公園で喫煙する社員が殺到…という弊害が生まれたこともあった。このご時世、ある程度の喫煙制限は必至であり、喫煙者・非喫煙者それぞれの反発をなだめながら、対策することが求められている現状だ。ただ、あまりに一方的な施策では、ヘタをすると社員同士、企業と社員の間の分断を生みかねないこともあり、なかなかに頭の痛い問題だろう。
そんななか、ある企業が禁煙にまつわる取り組みで成果を出しつつある。兵庫県・神戸市に本社を置く、神鋼環境ソリューションという企業だ。同社は神戸製鋼グループの一つである、大手環境プラントメーカー。禁煙への取り組みは2018年頃から着手をしていたが、強化したのは2023年度。保健師である立石さんが旗振り役となって、推進しているのが特徴だ。
「もともと社内喫煙率は23%と、そこまで高いわけではありませんでした。ただ、疾病などによる労働損失を集計すると、治療や手術で長期休職を余儀なくされる方が年間で数名はいる状況。私は保健師として社員の健診結果を見て指導することもあり、心筋梗塞や肺がん、糖尿病などで無念な思いをする方を多く見てきました。原因はたばこばかりではありませんが、たばこが体によくないことは喫煙者もわかっています。自身の健康のため、『いつかやめたい』と考える方の後押しやきっかけにしてもらえたらと思い、活動を始めました」(立石さん)
とはいえ、禁煙の取り組みについて社内アンケートをとってみると、意見は割れる。非喫煙者からは、「たばこ休憩をとっていてズルい」「煙が嫌」「くさい」「エレベーターに乗らないでほしい」との声。喫煙者からは、「決まったルールで吸っているのだから放っておいて」「やめる気はない」という頑なな意見も上がった。
だがその一方で、喫煙者からは「ついに来たか…」「自分もいつかやめなければと思っていた」との諦めと受け入れも。「あまり厳しくしても、逆にルール違反をして迷惑になる方が心配」と、バランスを考える穏健派の意見もあった。
「それぞれ意見があるのは当然です。ただ、いたずらに禁止一辺倒にして、喫煙者をいじめたいわけではない」と語るのは、安全健康管理部の杠(ゆずりは)さん。「会社としては吸う人・吸わない人を分断させたいのではなく、お互いに健康で幸せに、過ごしやすくする方法はないかと模索してきました。健康のプロが指導してくれることで、禁煙する意味合いや納得感が増すのではないでしょうか」(杠さん)。
■保健師が推進する納得の対策、「治療費“全額”補助」や「オンライン禁煙治療」で利用者増加
こうして保健師の旗振りの元で実施された取り組みは、24年度においては、1日で午前午後の各1時間だけ吸わない時間を作る「禁煙タイムの導入」や「禁煙治療費の全額補助」など行い、今後状況に応じて活動を広げていく予定で考えている。中でもとくに注目すべきは、治療費の“全額”補助だろう。福利厚生の一環として“一部”を補助する企業はあるが、“全額”となると多くはない。
「過去に一部補助を行ったこともありますが、そのときは利用者が非常に少なかった。やはり“全額”というインパクトが必要で、メリハリある施策をしてみようということになりました」(立石さん)
一部補助をしていた時の利用者は、4年で10人。だがオンライン禁煙治療の全額補助になってからは、半年で17名が禁煙治療に参加した。全額補助に踏み切ってからそう時間は経っていないが、じわじわと効果をあげていると言っていいだろう。また、オンラインで診療を受けられることも功を奏した。
「通院は途中でやめてしまう人も多かったのですが、現在はクリニックフォアのオンライン診療を活用しています。この場合、家でも出張先でも診察を受けたり、内服薬(「バレニクリン」チャンピックス海外後発品)を処方してもらうことができます。出張先が遠方の場合でも、薬の配送費は会社負担なので、みなさん利用しやすいのだと思います」(立石さん)
治療に挑戦した喫煙者からは、「もうイライラしたり喫煙所を探す日々に戻りたくない」「歯茎の状況が良くなり、歯磨きをしても血が出なくなった」「失敗したから今回こそやめたい」「血圧が安定した」「1日500円のたばこ代がなくなり経済的負担が軽くなった」など、取り組み半ばながら多くの喜びの声があがっているそうだ。
ただ、このように禁煙治療に会社がお金を払うことで、吸わない人から「会社のお金をそんなことに使うなんて」といった反発はないのだろうか。不公平感は分断を生みやすくなる。
安全健康管理部の高井さんによると、「今のところ、分断と言えるようなことは起こっていない」とのこと。「治療がそこまで高額なわけではないですし、喫煙を迷惑に感じていた人にすれば、禁煙治療する人が増えるのはメリット。また、健康被害による急な人員不足を補う機会も減ります。こうした点において、お互いが理解し、納得する形で進めることが重要。吸う人も吸わない人も、共存共栄できる形を見出したいです」。
喫煙者においても、禁煙治療をするかどうかはあくまで自主性にゆだねられている。
「吸う人は肩身の狭さは自覚しているし、『そういう時代が来たか』と覚悟している人も多い。とはいえ、急激に禁煙を推進すべきではないと思いますし、吸う人の権利や楽しみも理解しなくてはいけない。だからこそ、当社ではまずは急に完全禁煙にするのではなく、一方で“やめたい人”を後押しもする。あくまで両者の健康のため、バランスをとりながら施策を進めています」(杠さん)
「ニコチン依存を治すのは、1人では難しいのです。それを会社として支援できるようになったのは良かったと思います。とはいえ、『1本でも吸ったら悪なのか?』といったら、そんなことはありません。ただ健康にいてほしい、というのが願いです」(立石さん)
吸わない人が迷惑を被る機会を減らし、吸う人に強制することもしない。ただ、社員それぞれが健康でいるための後押しはしていく。なかなか難しい企業の禁煙施策において、これは一つの好例と言えるのではなかろうか。
「理想としては完全禁煙を目指したいですが、現段階では喫煙者・非喫煙者の共存共栄をバランスを取りながら進めていきたい。分断を生むのではなく、喫煙者も“たばこをやめようかな”と思ってもらえる環境を作っていきたい」と立石さん。いたずらに分断を生んではならない。それは、たばこだけに限った話ではないように思える。
(文:衣輪晋一)
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