IQ70で軽度知的障害の女性、いじめや不登校よりも「障害を受け入れることが一番難しい」 ”境界”にいるからこその苦悩
ORICON NEWS / 2024年9月26日 11時30分
IQ70で軽度知的障害を持つ、えりかんさん(23)。保育園から高校まで、加配や個別指導計画なしの”通常学級”で過ごし、集団生活でのいじめ、学習面での”高いハードル”を感じていました。「周りの子と何かが違う」と違和感がありながらも、目をそらして生活する日々…。一番切実な課題だったのは「自分の障害を受け入れること」だったと言います。「私には、通常学級の選択肢しかなかった。私のような失敗はしてほしくない」と話す彼女に、障害を受け入れるまでの苦しみや葛藤を聞きました。
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■「頑張ればできるから」と言われ”通常学級”に、思い悩むも「周りの目が気になっていた」
えりかんさんは4歳の時に療育手帳を取得するも、通常の幼稚園・保育園で幼少期を過ごしました。「言葉が出てこない」など、発達の遅れは見られましたが、特に問題視されなかった理由には「保育園に入って、各段におしゃべりができるようになったこと」「妹が重度の知的障害で、家族が妹の世話にかかりきりになっていたこと」が背景にあると話します。
「なぜ普通の幼稚園、保育園に入れたのか、実は今でもよく分かっていないのが現状です。保育園に入って、だんだん言葉が話せるようになって。ゆっくりではあるけれど、成長が見られたので『頑張ればできるから』と。おしゃべりができるようになったことが、大きなポイントだったかもしれないですね」
小学校入学時も、支援学級に行く話は出ず、通常学級で過ごすことに。担任の先生からも「お話がすごく上手」と言われ、特に問題が起こることもなし。勉強の遅れは少なからず感じていましたが、暗記すれば良いものは、頑張れば覚えることができます。この時は「周りの子より、多少時間がかかるだけだ」と楽観的にとらえていましたが、小学校中学年(小3・小4)になると学習面で違和感を抱くように。小学校3年生の時、初めて支援学級への移動が検討されました。
「1週間のうち、決まった曜日の決まった時間だけ支援学級で体験授業を受けていました。当時“漢字”や“計算”を習っていた私からすると、支援学級の授業内容は簡単すぎるもので、通常学級で受けていた内容との大きな差を感じました。ここで問題になったのは、同じ小学校に姉が通っていたことです。私が学級を移ることで目立ってしまうので、本当に移動していいか不安がありました。
私がとてもショックだったのは、当時よく遊んでいた友達に『私が支援級に移ったら、どう思う?』と聞いたところ、『えっ…無理。友達止める。一緒に遊ばない』と言われたことです。お友達と遊ぶことが唯一の楽しみだった私は、余計に踏み出せなくなりました。これらの問題は、小1の最初から私が支援級に行っていれば、感じることのなかった悩みだったと思います」
その頃から「自分が普通じゃない、ということは分かっていました」とえりかんさん。「でも自分の“障害”については、良く分からなかった。普通級で頑張りたい。『なんで?』という思いだけ、ありました」。
■「認めたくない」葛藤も…子どもが障害をどのように受け止められるのか?
中学生で通常学級を選択したのも、「それが当たり前だと思っていた」とえりかんさん。しかし同級生たちと学習面での差は開くばかりでした。「高校受験を控え、受験勉強をするのが一番つらかった」と言います。
「塾の先生が、数学の方程式を付きっ切りで教えてくれるんです。それでも、1ミリも解けなかった。『はぁ~』とため息をつかれて。頑張って勉強しても、30点しかとれない。学年順位もすべて出てしまう。努力しても、塾で頑張っても、偏差値は20~27ぐらいでした。障害特性もあると思うのですが、クラスから浮いていたので。生きること自体がイヤだと思っていた時期でしたね」
「それでも、中学3年生の冬までは、なんとかやり切った」とえりかんさん。普通高校に合格することができましたが、授業にまったくついていけず、学校の環境にも馴染めず、不登校に。高校1年生の10月に通信制高校に移ったことで、学校生活を楽しめるようになりました。
「最初は『高校を辞めたい。中卒でいいから』と親に話したんですが、『高校を卒業したほうがいいよ』と言われて。本来なら中卒のはずでしたが、親が通信制高校に入れてくれたので、感謝しています。今まで学校で楽しい思い出は無かったんですけど、高校では気の合う友達ができました。楽しく学校生活が送れて、性格も明るくなりました」
「これからの未来を生きていく人たちには、私のような失敗をしてほしくない」とえりかんさんは振り返ります。高校3年生のときに”軽度知的障害”の診断が下りても、「障害を受け入れるのには、長い時間がかかった。信じたくない、認めたくない気持ちがいっぱいありました」。
えりかんさんのように、成長して環境が整えられていくほど「境界知能を受け止めることがつらい」現状があります。これは「子どもにどう障害を伝えるか?」という親御さんが抱える課題にもつながります。えりかんさんは親御さんから障害について明言はされず、医師からの診断が下りるまでは濁されていたといいます。
「中学になっても定期的に児童精神科に行くので、『え、なんで?』と聞いたり。親からは、『大丈夫だって』と返され、そうなのかと。高3で診断されてから、障害を受け止めるには、ものすごい時間がかかりました。当時は、割り切れなかったけど、いまは時間をたくさんかけて、ようやく”しっくりきた”というか…。自分の周りで起こっていたことも、許せた感じです。色々…憎めないですね」
現在えりかんさんは働きながら、YouTubeやTikTokで障害について発信するインフルエンサーとして活動しています。同じ障害を持つ人、様々な特性を持つ人と知り合うことができ「世界が広がった」と話します。
「色々な人の話を聞くなかで、中学から支援クラスに入って、障害者枠の公務員で働いて上手くいっている方もいますし、特別支援学校を卒業して働いて、結婚している人もいます。支援学級や特別支援学校がすべて悪いわけじゃないことは、今になって分かりました。どんな選択をしても、日常を過ごせるんだって」
過去に戻れるならどんな選択をするか? と問うと、「早めに受け止められていたら、自分の得意な分野を伸ばすことができたかもしれない」とえりかんさん。
「あらためて、普通学級に行くなら、先生たちには特性をちゃんと伝えるのは大事だと思います。そしたら無駄に怒られることもないですし、その人にあった配慮も受けられる。得意な分野を伸ばしていくこともできた。それがあるのとないのでは、大人になった時の自己肯定感も違ってきます。自尊心を人並みに保つことができたんじゃないかと思います。
今は楽しく笑って、のほほんと生きていい。なにかの参考になればと思って、動画を発信しています。同じような悩みを抱える人がいたら、不安でいっぱいいっぱいにならないで、笑って安心して生きてほしい。そういった想いをSNSでの発信を通してみんなに届けていきたいです」
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