空前絶後3,000人のお引越し大作戦、“昭和”なオフィスからの脱却がおじさんたちを“呪縛”から解き放つ?
ORICON NEWS / 2024年10月31日 9時0分
昭和のオフィスといえば、“島型”にデスクが配置され、課長やら部長やらが鎮座し、平社員がその周りを固めていた。だが、時は令和。ベンチャーや外資系などでは、フリーアドレスのおしゃれなオフィスが続々と登場。憧れを抱く若手がいる一方で、「フリーアドレスなんて邪道!」「部下の顔が見えない…」などと疑念を抱くおじさんたちも多いのでは。だが、環境が変われば意識も変わる。50年近い歴史のある新宿本社からの移転を予定し、全社員約3,000人を総動員した“お試し”引っ越しを実施中だという、野村不動産ホールディングスに、リアルを聞いた。
【ビフォーアフター】“昭和”なオフィスがここまで変わる!? “お試し”引っ越し後の様子
■昔ながらの新宿ビルの社員3,000人、今どきのオフィスに対応できる?
新宿副都心の超高層ビル群の象徴のひとつとして、1978年の竣工以来、その名が広く知られている新宿野村ビル。そこに本拠地を置く野村不動産グループが、移転を考えたのは5年前のことだった。
当時、多くの社員を抱える同社は23フロアに散り散りになっており、グループの一体感としては問題あり。歴史ある会社だけに、フロア内は基本、昭和風の“島型”だった。「島型にメリットがないわけではないですが、やはり非効率な部分はありました。」と明かすのは、移転事業を任されたプロジェクトチーム・グループオフィス戦略室長の春日倫さんだ。
そんな課題を解決すべく移転先に選んだのは、同グループ過去最大のプロジェクト・芝浦事業「BLUE FRONT SHIBAURA」に建設される、ツインタワーのワンフロア。移転は2025年。広大なスペースを生かし、フリーアドレス(グループアドレス※)で多様な働き方ができるオフィスを目指す…!ことにした。
※グループアドレス:部署やチームごとに大まかなエリアを決めた上で、自分の席を自由に選択する働き方
とはいえ、長年、昔ながらの新宿ビルで働いてきた社員約3,000人。新宿→芝浦への移転は通勤時間や経路も変わってしまうし、そもそも“島型”→フリーアドレスのおしゃれ空間への転向はうまくいくのか。グループ内には様々な職種があり、社員も若手から管理職の年配層まで多様。混乱必至だが、もちろんそれによって業績を落とすわけにはいかない。
そこで考えたのが、「トライアルオフィス」だ。移転後と同じ芝浦地区に仮のオフィスを設え、本番前に“お試し”引っ越しを行い、その後の働き方を模索してみるというもの。“お試し”引っ越しを行うのは、なんと社員約3,000人全員。部署単位で順次入れ替えながら各々2ヵ月をトライアルオフィスで過ごし、それを2巡。その間は拠点が芝浦と新宿の2つになるという、一大プロジェクトが始まった。
この“お試し”引っ越し、もとい「トライアルオフィス」を含む新本社移転プロジェクトのため、様々な部署から人員が集められたプロジェクトチーム“グループオフィス戦略室”を結成。社長直下のチームだというが、急きょ抜擢された推進課課長・橋本葉子さんは、「一生に一度の事業に呼ばれたのは嬉しかったですが、これは大変そうだ。やりきることができるのか?という不安もありました」と当時の心境を語る。
同チームの若手社員・林田晃典さんは、「不安もあったけれど、おしゃれなオフィスのキラキラ感は羨ましかった」とのこと。前述の室長・春日さんは「正直、重いなあ…と(笑)」と本音を明かしながらも、「現状と移転の間にひとつプロセスを設け、新本社に近い立地・環境・働き方を体感することで、移転時の混乱緩和と役職員の移転に対する意識醸成を図りたい。また、移転時の課題を事前に抽出・解決したいと考えました」と、決意を新たにしたそうだ。
とはいえ、約半世紀ぶりの本社移転。まったくノウハウがないなか手探りの状態でのスタートであり、未知の試みである。社内で反対はなかったものの、いろいろ不満も飛び出した。
「日頃の仕事で手一杯な中、新宿と芝浦の2拠点になる不便さもあり、しぶしぶ…という社員も多くて。説明会のほか、本部毎に任命されたアンバサダーを通じてステップを踏んで伝え、賛同を得られるよう苦心しました。何にトライして何を新本社に生かすのか、その設計にも非常に苦慮しました」(橋本さん)
■単にカッコイイだけではダメらしい…、管理職や年配の社員からはフリーアドレスへの不満も
トライアルオフィスは、2022年11月から翌年3月末までを1巡目、今年6月から来年3月までを2巡目とし、全社員が各2ヵ月、2回にわたって参加。最初に様々なワークスペースを用意したC・D区画で検証され、社員からの意見を次のA・B区画に反映。全社員にもう1度トライアルしてもらい、その意見を新本社の設計に反映するという構想。もちろん、どちらもおしゃれなフリーアドレス(グループアドレス)だ。
実際、最初のC・D区画は「攻めた」というほど洗練された空間になっていた。ところが、トライアルした社員からは「ラボのような無機質なエリアよりも、アースカラーのある少し落ち着いた雰囲気のほうがいい」「椅子はおしゃれだけど長時間座ると体に負担がかかる」「丸いテーブルはミーティングしにくい」「窓際は景色はいいがまぶしくて仕事にならない」「後ろを通られると気が散る、集中できるスペースがほしい」などの指摘が続々。どうも、単にカッコイイだけでは働きやすいわけでもないということがわかった。
そして、もっとも物議を醸したのは、やはりフリーアドレスについてだった。
「管理職や年配の社員からは、『今までは目の前に部下がいたので、状態が見られてすぐ話もできたのに、それができない』と、今までとれていたコミュニケーションがとりづらくなることへの不満が非常に多かったです。一方、若手社員からは『上司に報告したり、同僚にちょっと相談したい時に近くにいない』ことが課題として上がりました」(橋本さん)
だが、こうした不満が吹きだすのも、実際にトライアルしてみたからこそ。出てきた問題点をA・B区画では改善し、2巡目に入るころには様々な変化が生まれた。中でも不評だったフリーアドレスが、意外にも若手と年配層両方の意識を変えることになったという。
「若い社員は比較的順応は早かったのですが、目の前に上司がいないことで、まめに“報連相”を行う、結果を出すなど自立した行動の必要性を自覚したという声が寄せられています。一方で年配社員は、部下や若い社員が順応していく姿を見て、これから長く働く若い社員のため、会社のこれからのために必要だったと、多くの方が認識した印象です。その結果、2巡目のトライアルでは、フリーアドレス(グループアドレス)でどうチームビルディングするか、前向きに検証いただけていますね」(春日さん)
また、副次的なものではあるものの、とくに管理職や年配社員には興味深い変化が起こった。“服装の自由化”が進んだことだ。
「新宿オフィスでも服装の自由化は導入されていましたが、なかなか浸透していなくて。どうしても、“島型オフィスでスーツに白シャツ”という形から抜け出せなかったんです。それが、オープンな雰囲気のトライアルオフィスに来てみたら、なんだかスーツだと浮いてしまう、ポロシャツやTシャツの方が馴染む…と。それで『スーツを脱いでみよう、形から変えてみよう』という人が増えた気がします。役員もスーツではない日が多いので、それを見て年配の社員もカジュアルな服装で来られる方が多くなりました」(林田さん)
まさか、オフィスの変化がおじさんたちを“スーツの呪縛”から解き放とうとは…。もちろん、それ以外の懸念点「グループの一体感の創生」にも、フリーアドレスは寄与した。
「フロアが多数階に分散していた新宿と違い、執務空間を共有することによって、今までWEB会議のアイコンでしか見たことのない人に実際会ったり、働きぶりを見聞きできるようになったという声が非常に多くあがっています。顔見知りが増え、組織を超えた協業が必要になる際にスムーズになったとの意見も聞かれました」(橋本さん)
フリーアドレスというと、とかくベンチャーやIT、外資系の企業に向くと考えられがちだが、同社の話を聞いていると、大企業や歴史ある企業においてもメリットは非常に多いことがわかる。
当初、噴出した通勤問題にも良い影響が出た。同社では新宿への通勤を前提に住まいを決めた人が多く、芝浦移転で通勤時間が長くなるという不満の声が多数あったのだが、トライアル後のアンケートでは「こういうオフィスならちょっと通勤時間が長くなってもいい」という前向きな回答も複数あったという。さらに、「トライアルしたことで、ラッシュを避ける通勤ルートのシミュレーションができた」という声も寄せられた。
また、約75%の社員がトライアルを通じて「移転に前向きになった」「働き方を変えようと思った」とも回答。2巡目を実行中の今、「総じて社員の本気度が高まっている」そうで、春日氏は「トライアルがないまま移転していたらと想像すると、ゾッとします」と苦笑いする。
「移転までの3年間、予算と労力をかけてでもトライアルオフィスを設置するという決断に会社の本気度を感じましたが、様々な変化や効果を得ている今、英断だったと実感しています」(春日さん)
もちろん今後もまだまだ課題はあり、「移転がゴールではない」という。
「様々な部署と連携して進めてきて、それはトライアルや移転が終わっても残るもの。会社の進化や成長を考えるとき、こうした組織をまたいだ繋がりは非常に大事です。働き方や他部署との繋がりなど、今後もソフト面に軸足を置いて注力したいと考えています」(春日さん)
また、今回得たノウハウは同社にとどまらず、どんな企業にでも活用できそうだ。トライアルオフィスを経てつかんだ成功も失敗も、自ら経験したリアル。物理的な面だけでなく、社員の意識醸成にまでつながるならば、とても大きな価値となる。
「会社ごとに課題や目指すところは違います。ただ一つ言えるのは、オフィス環境や社風を変えるのは会社にとって非常に大きなプロジェクトであるということ。経営も含め、どれだけ全社的に取り組めるかが鍵になります。我々はオフィスビル事業者でもあるので、自ら本社移転で培った経験やノウハウを通じて、移転やオフィスに悩みを抱えるお客様に対して、よりお役に立てるようになったと感じています。ぜひお気軽にご相談いただければ(笑)」(春日さん)
新本社への移転は来年夏。トライアルオフィスよりはるかに規模が拡大する新たな環境で、社員たちがさらにどのような意識変化を起こし、新時代の働き方を実現していくのか。その行く末は、多くの企業にとっても参考になるはずだ。
(文:河上いつ子)
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