ヒグチアイ、表現者としての焦燥と向き合った10年 “アーティストのスケール”を証明した周年SPライブ
ORICON NEWS / 2024年12月16日 12時5分
シンガーソングライター・ヒグチアイのインディーズデビュー10周年を記念したスペシャルライブ『HIGUCHIAI ALL TIME BEST LIVE “元気じゃなくてもまた会いましょう”」が、15日に東京国際フォーラム ホールCで開催された。
【ライブカット】臨場感が伝わる…神々しさをまとったヒグチアイ
大きく手を振りながらステージに登場したヒグチは、まずは電子ピアノに着席。特別な夜に集まってくれたファンへの感謝を軽快に一節歌い、手拍子を起こして会場をウォーミングアップする。ステージでは最高峰のグランドピアノ・Shigeru Kawaiが存在感を放っているが、10年の節目の幕開けには手に馴染んだ楽器がふさわしいと考えたのだろうか。カラフルなパッチワークのドレスは、10年分の衣装をつなぎ合わせたものだという。
手拍子の鳴り止まぬまま、観客とカウントの声を合わせる1曲目「かぞえうた」でリラックスした空気を作り、バンドも加わった2曲目「ココロジェリーフィッシュ」でエッジの効いた濃密な世界に没入させる。タイプは異なるものの、いずれも2014年リリースのデビューアルバム『三十万人』収録曲。伸びやかで芯のある歌声がホールいっぱいに響き渡り、ヒグチの音楽人生を一気に巻き戻した。
バンドは御供信弘(B)、伊藤大地(Dr)、そして実妹・ひぐちけい(G)とお馴染みのメンバー。さらにこの日はヒグチのライブ史上初となる6人のコーラス隊を迎えた総勢10人の豪華編成が組まれた。
コーラスワークは旧友・倉品翔(GOOD BYE APRIL)によるもの。悲壮感の中にシニカルなユーモアを潜ませたアップナンバー「不幸ちゃん」でコーラス隊がホイッスルを鳴らすなど、ヒグチの音楽世界を知り尽くした倉品のコーラスアレンジににやりとしたファンもいたに違いない。
コーラス隊の一員には音楽劇『蜜蜂と遠雷』で共演したお笑い芸人・パーマ大佐も参加。ライブの前には親交の深いお笑いコンビ・オズワルドがヒグチの思い出を影ナレで4分半にわたって語り、10周年を祝福した。表現者としての焦燥と向き合いながら、自分にしかできない音楽を追い求めてきたヒグチには、ミュージシャンや芸人といった広義の“同業者”の支持者も多い。
ピアノ弾き語りのスタイルを確立しているヒグチだが、同ホールの広いステージはハンドマイクによるパフォーマンスも映える。地声とファルセットを巧みに使い分けた「悪い女」、温度感のあるアルトボイスで歌い上げる「玉ねぎ」はマイク1本で披露。シンガーとしてますます成熟するその歌声にホールが陶酔した空気に包まれた。
もちろんピアノはヒグチの音楽において欠かすことのできないパートナーだ。バンドがはけて披露された「まっすぐ」は、ヒグチ自身が楽しみにしていたというグランドピアノで演奏。道に迷いそうになっている人の背中を<ゴーストレート>と推す温かい歌声、そしてアウトロになりコーラス隊のハーモニーだけになっても、ピアノを慈しむ指がいつまでも止まらなかったのが印象的だった。
前半のMCでヒグチが「今日は新しい曲はやりません」といたずらっぽく釘を刺したように、この日のセットリストには初期曲も多くラインナップされた。それは単なる振り返りではなく、「備忘録」の歌詞にもある<身体切り刻んでできたもの>を改めてファンと確かめ合う意味もあったのだろう。
この10年、「どん底と浮上を繰り返しながら」音楽に向き合ってきたとヒグチはMCで語った。そして「どん底にも底がある」ことを知り、落ちることを抗わなくなったという。そしてどん底にいる時に作った曲が「今も自分を支えてくれている」ことも明かした。多くの芸人がシンパシーを寄せる「備忘録」もその1曲かもしれない。
そのほかにも、ヒグチの初期曲には自伝的要素を思わせる楽曲が多い。この日はメドレーで披露された「やめるなら今」や「わたしのためのわたしでありたい」といった楽曲もそこに含まれるだろう。それでもなおヒグチの楽曲には、聴く者を“自分事”に引き入れる力がある。冒頭の影ナレでオズワルド・畠中が語った「今日はみんなヒグチアイになって帰る」という奇妙な一言に、深く首肯した観客も多かったはずだ。
来年1月放送のTBS連続ドラマ『地獄の果てまで連れていく』主題歌に新曲「雨が満ちれば」を書き下ろしたことも発表されたヒグチ。近年はYouTubeで1億4000回再生されている「悪魔の子」(テレビアニメ『進撃の巨人 The Final Season Part 2』ED)など、タイアップ曲がクローズアップされることも増えている。
国内外にファンを増やすこととなった「悪魔の子」は、この日はアンコールで披露。ハンドマイクによる鬼気迫るパフォーマンスを展開した。ライブも終わりに差し掛かってなおエネルギッシュなヒグチに、観客もがぜん前のめりになる。
かつてはあまりに反響の大きさに「悪魔の子」に向き合う葛藤を語ったこともあったがヒグチだが、そうした逡巡を乗り越えた先のアーティストとしてのスケールを証明した一幕だった。
これまでもライブの終わりに繰り返し伝えてきた「元気じゃなくてもまた会いましょう」という言葉は「元気じゃなかったら会えないのは寂しいから」という思いからだと明かす。「心が元気じゃなくても『この曲がある』と思ってもらえるような曲を書いていきたい。でも結局、奮い立たせているのは自分自身であって、私の力じゃないんだよな」とほほえむ。最後までウィットに富んだメッセージでファンとの再会を誓い合ったヒグチアイ。来年1月からは全国ツアー『HIGUCHIAI ALL TIME BEST BAND / SOLO TOUR “元気じゃなくてもまた会いましょう”』が始まる。(取材・文/児玉澄子)
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