『海に眠るダイヤモンド』美術装飾が甦らせる昭和の情景 担当者に聞く
ORICON NEWS / 2024年12月21日 9時0分
福岡ドーム(みずほPayPayドーム福岡)1個分に満たない敷地に、5,000人以上が暮らし、かつて日本一といわれる人口密度を誇った「海上の都市」――長崎県沖に浮かぶ端島は、日本の近代化を象徴する炭鉱の島として知られている。1950年代(昭和25年~)、学校や病院、高層鉄筋コンクリートのアパートなどが建ち並ぶ島では、密集した環境の中で独自の生活文化が育まれた。現在は無人となったこの島は、歴史的価値が認められ、2015年に「明治日本の産業革命遺産 ~製鉄・製鋼、造船、石炭産業~」の産業遺産群の一つとして世界文化遺産に登録された。
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1955年からの端島と現代の東京を舞台にした日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』(TBS系)では、この島で営まれていた生活や文化を忠実に再現するため、美術装飾チームが徹底した調査と作り込みを行っている。劇中に息づく昭和の風景は、チームの緻密な作業によるものだ。視聴者を物語の中へと引き込む舞台裏にはどのような物語があるのか。美術装飾担当の前田敏幸氏は、「端島の歴史や人々の生活を映像として再現するためには、これまで以上に細部にこだわる必要がありました」と語る。その背景にある努力と工夫を探る。
ドラマ制作における美術装飾の範囲は広範囲に及ぶ。まずは前田氏にその具体的な仕事内容について説明してもらおう。
「おもにスタジオセットやロケ地での飾り込みが中心です。たとえば、イスやテーブルといった家具の配置や、小道具の選定など、シーンの一瞬一瞬を支える役割を担っています」。実は、料理の状態の調整といった仕事もその1つだという。「フードコーディネーターと連携し、シーンに応じて『食べ始めの状態』『半分食べた状態』など細かく調整しています。料理の量や形状を変えることで、物語の進行やキャラクターの心情を視覚的に伝えることができるのです」。
今回の制作では、1950年代という時代背景を忠実に再現するために、さらに特別な工夫と調査が必要だったという。
1950年代の端島は、家電の普及率や生活インフラの状況が東京などの都市部と大きく異なっていた。たとえば、当時の東京ではテレビの普及率は約10%に過ぎなかったが、端島ではほぼ全世帯にテレビが普及していたといわれている。
一方で、川や湧水などの水源がない端島では、水道設備が整っておらず、1日に1回給水栓のもとへ行き、水券と交換に運んだ水を水瓶に溜めて、少しずつ大切に使っていた。このように、先進的な側面と未整備な部分が共存する生活環境が、端島特有の文化を形づくっていた。
「端島は高度経済成長期を迎える中で非常に特異な場所だったようです」と前田さんは言う。この特異性を映像で表現するため、セットや小道具には時代背景や地域特有の文化が細かく反映された。たとえば、物語初期では、台所に蛇口がない場面が描かれるが、1950年代後半の場面では水道が整備され、冷蔵庫やテレビなどの家電が部屋に配置されている。これらの細やかな変化が、時代の進化と生活の変容をリアルに伝える仕掛けとなっている。
炭鉱労働者とその家族が暮らした「日給社宅」は、端島独特の環境を象徴する存在だ。ドラマのセットでは、部屋ごとに住人の特徴や家族構成を細かく描き分けることで、生活感を生み出している。
ひとり暮らしの部屋では、布団が敷きっぱなし。家具も最小限に抑えられたシンプルな空間が描かれている。一方、大家族が住む部屋には、散らかった食器や玩具、洗濯物などが配置され、にぎやかな家庭の雰囲気が表現されている。「洗濯物の干し方や貼り紙の内容にも、その家族の特徴や時代背景、季節を反映させました」と前田氏は話す。
「本来なら役者さんが手に取る可能性のある小道具、たとえば引き出しの中に至るまで、もっと細かくこだわりたかったのですが、時間の制約もあり、十分にできなかった部分もあります」と反省を口にする前田氏。それでも、「可能な範囲でリアリティを追求し、一瞬のシーンでも、そこに住む人々の生活を感じてもらえるよう心がけた」と語る。限られた条件の中で、あらゆる要素が計算されていることがうかがえる。
さらに、ポスターや貼り紙も重要な役割を果たしている。防火を呼びかける標語や地域の催し物を告知するポスターは、当時の生活文化を感じさせる小道具として機能。これらの掲示物は、端島の生活感を視覚的に補強する重要な要素だ。
「時代感を出すために、紙1枚でも質感にこだわる必要がありました。ただ、当時何が使われていたか明確ではなかったため、先輩方に相談し、最終的に和紙やわら半紙を選びました」と前田氏は振り返る。さらに印刷も粗く仕上げる工夫が施された。ポスターや貼り紙についても、「すべて手描き風の仕上げにしましたが、当時のポスターが現存していないため、デザインチームにイメージをお伝えしてデザインを起こしてもらいました」と説明する。たとえば「火の用心」といった貼り紙も、手描き感を意識した制作が行われたという。
端島での生活を語るうえで欠かせないのが、炭鉱労働だ。本作では、キャップランプやコールピックハンマー、救護隊のガスマスクといった道具が用いられたが、これらは現存する資料がほとんどない中で、博物館の展示物や古い写真をもとに、ゼロから制作された。「正解がない中で、監督や美術スタッフ、美術装飾チームが一丸となり、現存するわずかな資料から当時の端島の生活を立ち上げていきました」と前田氏は振り返る。
セット全体の再現度を高めるうえで、本作を担当した美術デザイナー、岩井憲氏の存在は欠かせなかったと前田氏は語る。岩井氏は前作『アンチヒーロー』や映画作品も手掛けており、綿密な取材を重ねることで知られる。その経験と情熱が、昭和30年代の端島のリアリティを映像で甦らせる原動力となった。
炭鉱作業を象徴するキャップランプの制作では、岩井氏が中心となり、3Dプリンターを駆使して300個以上を手作りした。これらは資料館に展示されるレベルのクオリティを目指したといい、炭鉱作業員の生活感や作業環境の緊張感をリアルに伝えている。また、バッテリー室の装飾や、食堂のパン焼き器においても岩井氏がデザインを主導。リアルさを追求する細部へのこだわりが光る。
さらに、昭和30年代の端島を描くうえで、セットが茶色やモノトーンに偏りがちになる課題を克服するため、岩井氏は折り紙細工や色彩豊かな小道具を活用。「地味な画にならないよう、生活感や温かみを添える工夫を凝らしました」と前田氏。こうした工夫は、単に美術装飾の一部にとどまらず、物語全体の没入感を高める重要な要素となっている。
「美術装飾は視聴者に直接届く仕事です。背景の一部であったとしても、物語を深める力があります。特に本作はチーム全員の尽力の結晶だと自負しています」と前田氏。チーム全体で築き上げた端島のセットは、昭和の暮らしの記憶を鮮やかに甦らせている。
「時代を感じられるディテールを、ぜひ隅々まで見てもらえたら」。
前田氏の言葉には、昭和の情景を紡ぎ出したクリエイターたちの熱い思いが込められている。
本作で描かれた端島の姿は、単なるドラマの舞台としてだけでなく、当時の生活文化を後世に伝える記録の役割も果たしている。
「端島に生きた人々の記憶を再現し、その暮らしを映像で表現することには大きな意味があると思います」と前田氏は言う。現代では観光地としての側面が注目される端島だが、その背後には多くの人々が生き、働いた記憶が刻まれている。本作が描く端島の姿は、過去を学び、未来を考える手がかりとなる。昭和の端島に生きた人々の物語は、今なお日本社会に考えるべき多くのテーマを投げかけている。
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