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【レッドブル・エアレース】劇的なフィナーレ。室屋義秀選手が最終戦で優勝、逆転で年間王者に

おたくま経済新聞 / 2017年10月17日 10時47分

【レッドブル・エアレース】劇的なフィナーレ。室屋義秀選手が最終戦で優勝、逆転で年間王者に

表彰台の室屋選手(Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool)

10月15日、アメリカのインディアナポリスでレッドブル・エアレース最終戦(第8戦)が行われ、日本の室屋義秀選手が優勝。第7戦まで年間王者争いのトップに立っていたチェコのマルティン・ションカ選手が4位に終わった為、4ポイント差の2位につけていた室屋選手が逆転で2017年の年間王者に輝きました。

■最終ステージはモータースポーツの聖地

最終戦の舞台となったのは、インディアナポリスのインディアナポリス・モータースピードウェイ。アメリカの「モータースポーツの聖地」であり、有名な「インディ500マイル」が開催されるサーキットです。創設時はレンガ敷きで、今もゴールラインだけはレンガを残しており、その来歴から「ブリック(レンガ)ヤード」という愛称でも知られています。レッドブル・エアレースで使用されるのは2016年に続き2回目ですが、実はインディアナポリス・モータースピードウェイとエアレースの歴史は古く、1909年に完成したこの会場のこけら落としとなったのは、同年6月5日に開催されたエアレース(気球によるレース)なのです。この後8月14日にバイクのレースが初開催、車のレースが初めて行われたのはその5日後の8月19日……と、エアレースの方が長い歴史を持っており、最終戦の舞台としてふさわしい場所と言えるでしょう。

会場(Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool)

■年間王者争いは4人に絞られる。そしてポドルンシェク選手引退

第7戦ラウジッツ(ドイツ)大会で今シーズン3勝目を挙げた室屋選手は、この時点で年間ポイントが59。首位のマルティン・ションカ選手(63ポイント)と4ポイント差の2位につけていました。3位にはカナダのピート・マクロード選手(56ポイント)、4位にはアメリカのカービー・チャンブリス選手(52ポイント)。最終戦を残し、年間王者争いはこの4人に絞られていました。室屋選手が年間王者となるには、最終戦で優勝し、ションカ選手が3位以下、そしてマクロード選手とチャンブリス選手が2位以下というのが一番判りやすい条件です。

年間王者争い上位3機。右からションカ機、室屋機、マクロード機(Joerg Mitter/Red Bull Content Pool)

そしてこの週末が始まる直前、残念なニュースが飛び込んできました。今年で参戦2年目となるスロベニアのピーター・ポドルンシェク選手が引退を発表したのです。温かい人柄で、日本にもファンの多い選手でした。チームクルーと仲良くなったこともあり、千葉では戦略について詳しく教えてくれたりしたことが思い出されます。ポドルンシェク選手は父親が経営する中央ヨーロッパ屈指の医療機器会社Medicopの経営にも携わっており、今年からは父親と同じく最高責任者の地位についていました。引退の原因についてポドルンシェク選手は詳しく話してはくれませんでしたが、自身を取り巻く環境の変化などが影響を与えたのかもしれません。最後のレースとなる決勝の前には、ポドルンシェク選手のハンガーにパイロットらが全員集合して別れを惜しみました。

ポドルンシェク選手のハンガーに集まった選手達(Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool)

■今年唯一のスタンディングスタート

インディアナポリス大会では、今年唯一の「スタンディングスタート」方式のトラックとなりました。場内の仮設滑走路から離陸し、そのままスタートゲートに向かいます。上空に待機した上で、制限速度の200ノット(約370km/h)まで加速しながらスタートする場合と違い、まだあまり速度が乗らないままスタートすることになるので、エンジンのセッティングとしてはダッシュ力を高めた形にすることが重要です。また、トラック内を飛行する際は、特に1周目はスピードが乗らないために風の影響も強くなり、最初のハイGターンで無理な動きをするとエネルギーを失い、1回目のバーティカルターン(VTM)で失速する危険もあります。そして2周目以降は逆にスピードが乗ってくるために、1周目と同じラインでハイGターンを飛ぼうとすると外に膨らみ、パイロンヒットや進路修正が間に合わず、ゲートを水平に通過できないインコレクトレベルも起こしやすくなります。1周目と2周目で性格が微妙に異なる、テクニカルなトラックと言えるでしょう。

レーストラック(Red Bull Media House GmbH/Red Bull Content Pool)

■風と気温。日ごとに変わるインディ

今週のインディアナポリスは風の強い状況が続きました。金曜のフリープラクティス、土曜の予選は風に加えて気温も上昇し、最高気温28度をマークしました。そんな中行われたフライトですが、金曜午前のフリープラクティス1は、昨年のインディアナポリス大会の覇者にして2016年年間王者のマティアス・ドルダラー選手(ドイツ)が1分6秒173でトップ。午後のフリープラクティス2では、オーストラリアのマット・ホール選手が1分4秒055でトップタイムをマークしました。土曜午前のフリープラクティス3では、フランスのニコラ・イワノフ選手が1分4秒283(バーティルターン時の姿勢違反で1秒のペナルティ込み)でトップ。2番手はマット・ホール選手の1分4秒401でした。室屋選手は金曜のフリープラクティスで9位と8位。エンジンのセッティングがうまく決まらず、エンジンの出力が上がりにくくなっており、タイムが伸びずに苦労している印象でした。

フリープラクティスでのホール選手(Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool)

■波乱が運命的な組み合わせを生んだ予選

土曜午後に行われた予選は、風と高い気温の中で行われました。さてこの日、室屋選手のハンガーに思わぬ人が訪れました。今年のインディ500マイル勝者、佐藤琢磨選手です。佐藤選手と室屋選手は初対面だったのですが、同じモータースポーツの世界で活躍する者同士、そして多くのレーサー達が子供の頃から競技に親しんでいたエリートである中、大人になってからこの世界に入って頭角を表すなど、共通点の多い二人はすぐに意気投合し、短い間に様々なことを語り合っていました。

(Samo Vidic/Red Bull Content Pool)
(Samo Vidic/Red Bull Content Pool)

予選のセッションが始まりますが、強い風に流されてパイロンヒットや、姿勢を修正しきれずインコレクトレベルなどのペナルティが相次ぎます。ミスなく飛んだイワノフ選手(フランス)がようやく1分6秒を切る1分5秒965をマークすると、ベラルデ選手(スペイン)が1分5秒400でさらに上に行きます。この直後に飛んだコプシュタイン選手が1分4秒390で1分5秒を切ってくると、第7戦ラウジッツ大会で2位を獲得し、新機体の熟成が終わって本来の速さを取り戻したオーストラリアのマット・ホール選手が1分4秒149の素晴らしいタイムを叩き出してトップに立ちます。結局これが予選のトップタイムとなりました。

予選トップのホール選手(Joerg Mitter/Red Bull Content Pool)

年間王者争いを繰り広げるションカ選手、室屋選手、マクロード選手、チャンブリス選手は明暗が分かれました。チャンブリス選手は1回目、シングルパイロンのゲート7を低く通過し、さらにパイロンヒットを記録して合計5秒のペナルティを受け1分11秒台に。2回目のランでもゲート10を低く通過してしまって2秒のペナルティ。結局1分7秒754で予選12位に沈みました。室屋選手も1回目のランで不安定なフライトを見せ、ゲート8でフラつき、ここでは踏みとどまったものの続くゲート11でインコレクトレベルとなり、2秒加算されて1分7秒732。2回目のランでもゲート16で大きく体勢を崩すなど不調に終わり、予選11位に終わりました。逆にミスなく飛べたマクロード選手は1回目1分5秒464、2回目1分5秒667で予選5位。ポイントリーダーであるションカ選手も1回目1分5秒507、2回目1分5秒463とタイムを揃え、予選4番手につけました。この結果によって決勝の緒戦、ラウンド・オブ14の組み合わせが発表されたのですが、ヒート2で室屋選手とションカ選手が対戦することになったのです。なんという運命のいたずらでしょうか。

予選での室屋選手(Samo Vidic/Red Bull Content Pool

■嵐の決勝、ラウンド・オブ14

天気予報では、土曜日の夜から決勝が行われる日曜の午前中にかけて寒冷前線が通過するために大荒れの天気となり、強い風雨とともに気温の急低下が予想されていました。その通り朝から風雨が強く、午前中のフライトはすべてキャンセル。お昼になってもパイロンが風に煽られて大きく左右にブンブンと揺れる状態が続き、はたしてレースは実施できるのか、レースコントロールは慎重に可能性を探っていました。気温も前日とはうって変わって、10度以上下がりました。13時時点の気温は16度。気温も湿度も気圧も変わってしまったので、エンジンのセッティングは全て変わってしまいます。逆にエンジンの冷却に問題を抱えていたチームにとっては、その心配が少なくなるのでプラスとも言える状態。結局マスタークラスのレースに先立つチャレンジャーカップの決勝はキャンセルとなり、前日の予選で初めてトップとなっていたレッドブル・エアレース初の女性パイロット、フランスのメラニー・アストル選手が初優勝。そしてチャレンジャークラスの年間王者は、ドイツのフロリアン・バーガー選手となりました。

チャレンジャークラス表彰台(Joerg Mitter/Red Bull Content Pool)
チャレンジャークラス年間表彰台(Joerg Mitter/Red Bull Content Pool)

結局予定を1時間遅らせて、カントリーシンガーのクレイトン・アンダーソンさんによるアメリカ国歌独唱で開幕した決勝。現地時間の14時(日本時間3時)にラウンド・オブ14がスタートしたものの、雨はやみましたが風はおさまりません。スタンドの配置などで、トラックの場所ごとに風の向きだけでなく強さが変わるため、スムーズに飛びにくい状態です。関係者が「この風ではパイロンヒットが続発するだろう」と漏らしていましたが、その予想に違わずパイロンヒットやインコレクトレベルが頻発しました。特にハイGターンのところにあるゲート2(2周目ゲート9、3周目ゲート16)では、風に流された機体が外側のパイロンに再三ヒットし、何度も修復作業が行われました。

チャンブリス選手のパイロンヒット(Andreas Langreiter/Red Bull Content Pool)

まずヒート1で年間ポイントランキング3位のマクロード選手がゴールゲートでパイロンヒットしてしまうまさかの展開。3秒加算で1分9秒598となり、ミスなく飛んだフランスのルーキー、ミカ・ブラジョー選手の前に敗退。これが波乱の始まりとなりました。

年間王座の行方を決めると言っても過言ではない直接対決のヒート2。観客の注目を集める中、先攻の室屋選手が離陸します。慎重なフライトを続けますが、シケインを抜けてバーティカルターンへ向かうターンで風に押され、ゲート4でインコレクトレベル。しかし挽回し1分6秒131の好タイムでゴール。傷口を最小限に抑えます。続いてションカ選手が離陸。途中までは室屋選手をリードしますが、終盤のゲート16で痛恨のパイロンヒット!3秒のペナルティが加算され1分7秒866となり、1秒732差で室屋選手が勝利しました。

(Samo Vidic/Red Bull Content Pool)

この時のタイミングシートを見て、両者のラップタイム(ペナルティ加算前の計時)を較べると、
室屋選手は
15秒195〜40秒246〜51秒003〜1分4秒134
ションカ選手は
15秒188〜40秒166〜51秒434〜1分4秒866
と、ションカ選手の2周目以降のラップタイムがガクンと落ちています。何かエンジン関係に異常を抱えているようでした。

続いてヒート4で、年間王者を争うカービー・チャンブリス選手もゲート13でパイロンヒットして1分9秒585となり、ベラルデ選手の前に敗退。ヒート1〜7まで全てのレースでパイロンヒットが起こり、予想通りパイロン修復に当たるエアゲーターたちが大忙しとなりました。3秒のペナルティが付いてしまうため、敗者のタイムも軒並み1分9秒台から1分14秒台。最終のヒート8は両者ともミスなく飛べたのですが、敗れたボルトン選手(チリ)のタイムは1分8秒585。ションカ選手の1分7秒866を上回ることができず、ションカ選手がファステストルーザーとしてラウンド・オブ8へコマを進めることになったのです。「このまま年間王者争いが終わったら面白くないでしょ?」と、風の神様がいたずらっぽく笑うのが目に見えるようでした。

ションカ機(Andreas Langreiter/Red Bull Content Pool)

ファステストルーザーでラウンド・オブ8進出が決まった時、インタビュアーから「(2015年アスコット大会で)ポール・ボノム選手がファステストルーザーから優勝したケースもありますが、いかがですか」と訊かれ、ションカ選手は
「その話を聞いて心強いけど、とにかくベストを尽くすのみだよ」
と語っていました。

■終わらない対決。年間王者争いはファイナル4へ。

ラウンド・オブ8の組み合わせは、辛くもファステストルーザーで進出したションカ選手にとっては厳しいものでした。対戦相手はラウンド・オブ14でトップタイム1分5秒285を叩き出したホール選手だったのです。これに対して室屋選手の相手は、ミスなく飛んでも1分6秒752と、2秒ペナルティ込みの室屋選手(1分6秒134)より遅かったミカ・ブラジョー選手。室屋選手がミスなく飛んで1分4秒557のタイムを出し、ブラジョー選手の1分7秒126では歯が立ちませんでした。これに対しションカ選手はホール選手との対決で1分4秒995のタイムを出し、後攻のホール選手にプレッシャーをかけます。ホール選手はここでパイロンヒットとインコレクトレベルを出してしまい、5秒加算の1分11秒359と乱れます。ションカ選手と室屋選手は揃ってファイナル4へと進出し、年間王者争いは最後まで目が離せないものとなりました。

決勝でのションカ選手(Joerg Mitter/Red Bull Content Pool)
決勝での室屋選手(Joerg Mitter/Red Bull Content Pool)

■歓喜のドラマ。ファイナル4

ファイナル4に進出したのは、室屋選手、ドルダラー選手、ベラルデ選手、ションカ選手(飛行順)。まず室屋選手が信じらえない速さを見せ、これまでの記録を1秒以上縮める1分3秒026という驚異的なトラックレコードを叩き出します。このタイムは凄まじく、ドルダラー選手が1分5秒546、ベラルデ選手が1分5秒829を出しても届きません。

室屋機(Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool)

室屋選手が逆転で年間王者を獲得するためには、室屋選手が優勝し、ションカ選手が3位以下になること。現時点で室屋選手は暫定トップに立ったので、最後のションカ選手のフライトの結果で、インディアナポリス大会の優勝と、年間王者が同時に決まります。

観客、そして生中継の英断を下したNHKのテレビを見ている日本のファンの注目を一身に集め、ションカ選手が離陸しました。最初のセクターで15秒042とドルダラー選手、ベラルデ選手を上回ります。ションカ選手は室屋選手に勝てなくても、2位に入れば年間王者になれるので、無理にタイムを出すよりはミスをしないことが大事。……しかし、次のセクターでは41秒603とタイムがガクンと落ち、さらに次では53秒812と落ち幅が大きくなっていきます。結局ゴールゲートを通過した時には1分7秒280。これまでとは全く違うタイムとなってしまいました。

ゴールするションカ機(Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool)

この瞬間、室屋選手がインディアナポリス大会の勝者に、そして逆転で2017年の年間王者に輝いたのです。劇的な、あまりにも劇的なレースでした。

優勝が決まり喜ぶ室屋選手(Joerg Mitter/Red Bull Content Pool)
優勝が決まり雄叫びをあげる室屋選手(Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool)

室屋選手は
「最後の1分3秒026は、コンピュータシミュレーションのタイムを上回る予想外のタイム」
と驚いていました。何か目に見えない後押しがあったのかもしれません。

これに対し、ションカ選手はレース後
「ラウンド・オブ8の直前、ミクスチャー(空気と燃料の混合比)を決定するのに重要な情報を与える排気センサー(ラムダセンサー)が壊れて機能しなくなってしまったんだ。これによって(エンジンのパワーを有効に使うための)最適なミクスチャーの値が判らなくなって……(出力が上がらないままになってしまった)。2位には入れると思ったんだけど、できなかった。エンジンに何が起きたのか、データを確認しないといけないね。ラウンド・オブ8ではうまく飛べたんだけど、ファイナル4では同じようにはできなかった。しかし、シーズン通していい仕事をしてくれたチームを誇りに思うよ。もちろん、ちょっと残念ではあるけどね」
というコメントを残しています。ラウンド・オブ14で後半タイムが落ちたのも、ひょっとしたらエンジンの不調が顔を出した結果だったのかもしれません。

ションカ選手(Joerg Mitter/Red Bull Content Pool)

上位3機の並ぶエプロン。2015年のチャンピオンマシン(ベラルデ機=元ボノム機)、2016年のチャンピオンマシン(ドルダラー機)、そして2017年のチャンピオンマシン(室屋機)が、チャンピオン獲得年次と順位が揃った状態で並びました。この光景も神様が差配したように思えます。

インディアナポリス大会表彰台(Joerg Mitter/Red Bull Content Pool)
年間表彰台(Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool)

■レース後の室屋選手の談話(英語によるコメントを翻訳)

「今年はワールドチャンピオンを目指してやってきましたが、非常に厳しい争いでした。開幕戦で遅れをとり、長く苦難の道のりでしたが、わずか1ポイント差でチャンピオンになれました。本当に素晴らしく、モータースポーツの歴史に残る出来事だったと思います。最初コクピットで(ファイナル4の)タイムを見た時、計時システムが壊れたんじゃないかと思いました。しかし事実だったんですよね。何か目に見えない力が、この場所に押し上げてくれたんじゃないかと思います。ファンや家族、そして手助けしてくれた全ての方に感謝します」

室屋選手(Joerg Mitter/Red Bull Content Pool)

(咲村珠樹 / 画像提供・Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool

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