潜伏キリシタンの歴史を物語る 仏教、神道、キリスト教の「三宗教の御朱印帖」
おたくま経済新聞 / 2018年11月11日 9時0分
崎津三宗教御朱印帖
2018年7月に開かれたユネスコ世界遺産委員会で、世界文化遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」。その登録をきっかけに、熊本県唯一となる構成資産「天草の崎津集落」にある三つの宗教施設、普應軒(仏教)、﨑津神社(神道)、﨑津教会(キリスト教)を巡礼し、御朱印を授けてもらう取り組みが始まり、例を見ない「三宗教の御朱印帖」が誕生しました。この御朱印帖が誕生するまでの経緯を関係者に伺いました。
九州西部に位置する長崎県と熊本県天草市を中心とする地域は、キリスト教宣教師を乗せる南蛮船の寄港地があったことをきっかけに、16世紀後半から長期に渡って宣教師たちによる布教活動が行われました。しかし、キリスト教の広まりと影響力に脅威を感じた徳川幕府が、17世紀~19世紀にかけてキリスト教禁教政策を断行したのはご存知の通りです。豊臣政権下での「日本二十六聖人」の殉教(処刑)をはじめ、信者の処刑なども度々行われましたが、それでも信者たちは「隠れキリシタン」となって、明治維新を経て再びキリスト教が解禁されるまで、その信仰を守り抜いたのです。
禁教令下で宣教師たちが不在の中、天草でキリシタンが250年に渡り5000人以上も潜伏できた理由は、周囲の仏教徒と神道の人たちの中に誰一人密告者がいなかったこと。因みに幕府は、密告者に最高で銀500枚、現在の価格で3500万円相当の報奨金を出していたそうです。このような時代に、貧しい天草の漁村の人々が、幕府に隠れてキリスト信仰を続ける「潜伏キリシタン」の存在を知りながら「誰も密告しなかったこと」は、世界史上稀なこととして、ユネスコが世界遺産リストへの登録を決定しました。
それを記念し、密かに信仰を伝えた「潜伏キリシタン」の証が集まる熊本内唯一の構成資産「天草の崎津集落」を巡礼し、「御朱印(神社や寺院において参拝者にむけて押印される印章)」をもらう取り組みが始まったそうです。それに伴い、世界初となる神道、仏教、キリスト教にまたがる「三宗教の御朱印帖」が製作され、数々のメディアで話題になっていました。
そこで三宗教の御朱印帖を考案された発起人である天草八十八ヶ所霊場先達会の山口さんと、御朱印帖を製作された高知製本の方にお話を伺いました。
■天草八十八ヶ所霊場先達会の山口さんインタビュー
――三宗教の御朱印帖を作るにあたり、キリシタンの方の反応はどのようなものだったのでしょうか?
「潜伏キリシタンは、表面上は仏壇や神棚を家に祀りながら、実際には隠れて十字架を拝む毎日だったようです。結局250年間3つの宗教を毎日拝んでいたことになります。現在も﨑津のクリスチャンの家には十字架の隣に仏壇や神棚が祀られていて、先祖代々の慣習として、三宗教を拝んでいるのです。そのため、三宗教の御朱印の発布に関して、地元のクリスチャンからの大きな抵抗はありませんでした。三宗教が一つになったこの御朱印帖は三つ折りであるため、広げたら各宗教の御本尊を拝むことができるので、潜伏キリシタンの250年間のお祈りが追体験できるのも大きな特徴です」
――世界初の「三宗教の御朱印」ということもあり、製作にあたり気を付けたことはありますか?
「最も気を付けたことは、2つありました。1つは、“御朱印”と“スタンプ”の違いを明確にすることでした。現在キリスト教の教会では、誰でも自由に記念スタンプが押せるようになっています。しかし、御朱印はスタンプと違い、巡拝者が自ら参拝の記念に御供えをして頂戴する日本独自の文化です。それが﨑津でできた理由は、天草に以前から弘法大師信仰の“八十八ヶ所霊場巡り”があったお陰でした。高知製本さんには、天草八十八ヶ所霊場の御朱印帖を作って頂きましたが、﨑津には普應軒という曹洞宗の霊場があります。これまでお遍路さんが普應軒にお参りした時、その足で5分圏内にある﨑津教会と﨑津神社に自然な形でお参りしていました。それが機縁となり、今年潜伏キリシタン関連遺産が世界遺産となったので、教会と神社とお寺が一つとなった御朱印の発布をそれぞれの宗教の代表者に天草八十八ヶ所霊場先達会から提案致しましたら、快諾を頂きましたので、この度製作の運びとなりました。
もう1つ気をつけたことは、禁教令下で潜伏キリシタンの命を守り続けた仏教徒と神道の人々のたすけ合いの歴史と文化が形になったものが、三宗教の御朱印だということです。天草と長崎の潜伏キリシタン関連遺産が世界遺産となったのは、目に見える建築物や街並みではなく、目に見えない宗教を超えた和合の文化に価値があります。そのため、三つの宗教の御朱印がそろって初めて意味があるもので、バラけてしまうと価値が無くなります。それが他に例のない三つ折りの御朱印帖となりました」
――柄や形の制約はあったのでしょうか?
「制約は特にありませんでした。題字御朱印のデザインはすべて各宗教の代表者に決めて頂き、三宗教のイメージを3種の色に表しました。紫色の表装が仏教的なイメージで、朱色の表装が神道的なイメージで、白色の表装がキリスト教的なイメージです。
普應軒は筆文字が「観世音菩薩」で、御朱印は観世音菩薩像の絵柄です。﨑津神社の筆文字はそのまま「﨑津神社」で、御朱印は三つ葉の柏紋です。﨑津教会の筆文字は「神は慈愛」で、御朱印は百合十字紋と(聖堂正面の祭壇にあるカトリックのシンボル)「IHS」が一つになった紋です。また、高知製本さんが製作して下さった三つ折りの御朱印帖の表装には、それぞれの紋が金箔で普應軒は観世音菩薩の梵字、﨑津神社は柏紋、﨑津教会は百合十字が刻まれていて、とても格調高い品格が感じられて巡拝者に大好評です」
箔押しの工程■高知製本さんへインタビュー
こちらの三宗教の御朱印帖を製作したのは、高知にある創業50年の老舗製本所「高知製本」さん。全国で製本業を営んでいるのは1000社ぐらいあるそうなのですが、高知県で製本を専業で手がける業者は、高知製本さんを含めなんと2社だけとのこと。御朱印ガールのブームに乗り、先細る一方の製本業界に風穴を開けた高知製本さんの製本技術や、個性的な商品に関して詳しくお話を伺いました。
――ご朱印帖が若い方たちにも流行り始め、様々な御朱印帖がある中で、高知製本さんの商品は、かなり本格的な“和”をテーマにしたものが多い印象を受けます。歴史に準じたストーリー性のあるものをテーマに作られたきっかけを教えてください。
「御朱印帖を作る際、当社のテーマは「どこにもないニッチなもの、オンリーワンのマニアックなもの」というのがテーマになっています。当社が御朱印帖の企画販売を始めたころは、そのようなマニアックな製品が世になかったので、だったらうちが作ろうか。という事で作りはじめて今に至ります。歴史ものは自分が好きという事があって、ほぼ趣味の延長線上で作りました。古事記なんかは、日本の神話を知らない若い世代の方への啓もう、って面も考えて企画しました。小さい会社なので、企画から意思決定まで一気にできるので、こういうマニアックなものも作ることが可能になっています」
天岩戸
天孫降臨
――お遍路をする方々が、御朱印帖を購入されることが多いのでしょうか?
「巡礼(四国遍路、西国、坂東)などをする方はもちろん御朱印帖や納経帳が必要なので購入されますが、最近は御朱印ガールという言葉にもあるように、若い女性も増えています。歴女からの系統という話も聞きます、若い方が自国の宗教や文化に触れる現在の御朱印ブームは良い事だと僕も思っています。
――製本する際に一番緊張する工程は何ですか?
「和綴じ御朱印帖を作るときに、穴あけという工程があるんですが、そいつがちょっと緊張しますかね。うちの場合は複雑な紋様を施した和綴じが結構あるんですが、穴開けをミスるともう不良になって使えないので」
製本は手作業――創業50年ということですが、いつ頃からオンラインショップで商品を販売されているのですか? 様々なバリエーションの御朱印帖がありますが、全部で何点ぐらいあるのでしょうか?
「2013年の4月からやっております、5周年です。現在300種類ぐらいです」
――和綴じ製本は、みんな手作業なのでしょうか?
「断裁(サイズに合わせて紙を切る工程)や穴あけは機械を使いますが、その他は手作業です。自動化できる機械は存在していません。そもそも和綴じ製本自体、日本でもう10社程度しかやっていないはずです。需要が少ないので機械化しても赤字になるだけです。日本古来の製本ですが、寂しい限りです」
――御朱印帖をオーダーメイドで依頼した際には、どのぐらいの期間で、どのぐらいの費用がかかるものなんでしょうか?
「オーダーの場合は、だいたい1カ月程度いただいています。ものによって費用はまちまちなのですが、1~2万円ぐらいのものが多いでしょうか」
――表紙の絵柄の選定や、刺繍のようになっている生地部分はどのように作られているのですか?
デザインは自社で、外注やパートナーと一緒にやっています。現在企画が進んでいるものだと、高知のデザイン学校の生徒さんとコラボして産学連携でオリジナル御朱印帖の企画などもやっておりそろそろ商品化という段階だったりもします。生地はいろいろありますが、京都で織ってもらったり、京都の織屋の生地を仕入れて加工して販売したりもしています」
――これから、どのような商品を作っていきたいですか?
「マニアック&ニッチなものをどんどん企画したいです。うちはお客さんから「御朱印帖界のアウトサイダーだ」と言われたことがあるのですが、本流に流されずにアウトサイダーで居続けたいと考えております」
高知製本さんが製作した「仏教、神道、キリスト教の三宗教の御朱印帖」は、すべて1500円で販売されているそうで、色は、紫、赤、白の三色とのこと。御朱印帖とは別に御朱印代は1ヶ所につき300円の御供で、3ヶ所で900円とか。三宗教の御朱印帖は、販売開始から2か月半でなんと約550部売れたそうです。しかし、他にマイ御朱印帖を持参してくる方たちのために、三宗教の御朱印の題字用紙を張り付ける場合もあるそうで、三宗教の御朱印を求めた方の総数は全部で約1,500名余りだそうですよ。
<取材協力>
高知製本(Twitter:@kochiseihon/HP:kochiseihon.com)
天草八十八ヶ所霊場先達会(HP:amakusa88.com)
(黒田芽以)
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