2mの間隔を再認識 長野の博物館が考えた「ソーシャルディスタンスの槍」がおもしろい
おたくま経済新聞 / 2020年6月8日 16時56分
ソーシャルディスタンスの槍
新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため、他の人と2mほど間隔を空けるという「ソーシャルディスタンシング(適切な対人間隔の確保)」の原則。人が集まる施設では様々な取り組みがなされていますが、長野県にある縄文時代をテーマとした博物館が採用した、古代らしいアイテムで対人間隔をキープするアイデアがTwitterで話題です。
■ 2mの間隔を再認識するためのアイテム
この博物館は、山梨県小淵沢市に隣接する長野県諏訪郡富士見町の「井戸尻(いどじり)考古館」。八ヶ岳のふもとに広がる、井戸尻遺跡群で出土した土器などを展示するほか、屋外には竪穴式住居も復元されています。
ここで人との間隔を確認するために導入されたのが、長さ2mの石槍、名付けて「ソーシャルディスタンスの槍」です。槍には黒曜石で作った穂先がついており、ほかの人との間隔が2m未満だと槍が相手に届いてしまうという仕組み。もちろん、安全のため鋭利になっている部分はあらかじめ潰してあり、怪我をしないように配慮されています。
コロナ対策として、「#ソーシャルディスタンス の槍」を用意しました!
長さ2m。他の観覧者と社会的距離を保つ目安としてご利用くださいm(_ _)m#井戸尻考古館 #富士見町#博物館#縄文 pic.twitter.com/JbuUkDhXbH
— idojiri-soejima (@idojiri_soejima) June 3, 2020
■ 「ソーシャルディスタンスの槍」が誕生したワケいかにも古代をテーマにした博物館らしい、ちょっとユニークなアイデア。この「ソーシャルディスタンスの槍」が誕生するきっかけを、ツイートの主である井戸尻考古館学芸員の副島さんにうかがいました。
井戸尻遺跡群は、JR中央本線信濃境駅の周辺に広がる井戸尻(いどじり)、曽利(そり)、藤内(とうない)、九兵衛尾根(きゅうべえおね)、居平(いだいら)、唐渡宮(とうどのみや)、向原(むこうっぱら)などの各遺跡からなる、およそ5000年前の縄文中期に位置づけられる集落遺跡。1950年代から本格的な発掘調査が始まり、1966年に国の史跡に指定されました。
同じく八ヶ岳のふもとにある茅野市の尖石・与助尾根遺跡(国指定特別史跡)などと並んで、長野県の主要な縄文時代遺跡である井戸尻遺跡は、考古学者の藤森栄一が「縄文農耕論」を提唱するきっかけともなった場所。縄文人が集落生活を送るようになり、成果に変動の大きい狩猟採集から原始的な焼畑農業に食料調達の手法を変えていったのではないか、という仮説による縄文農耕論は、スタジオジブリの宮崎駿監督にも影響を与えています。
そんな井戸尻遺跡の出土品は、流麗かつダイナミックな「水煙土器」に代表される、独特な造形と紋様の土器が特徴。井戸尻考古館は、2002年に国の重要文化財に指定された藤内遺跡出土品(1962年と1984年の調査で出土した土器・土製品48点/石器151点)のほか、かつての官製はがき(額面10円)のデザインにも採用された水煙渦巻紋深鉢(曽利4号住居址出土・長野県宝)といった、貴重な縄文時代の品々を目にすることができる施設です。
緊急事態宣言が解除され、ふたたび来館者を受け入れるようになった井戸尻考古館ですが、従来通りというわけにはいかず、新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため、入館時に体温計測や手指の消毒、マスクの着用に加え、チェックシートへの記入をお願いしています。また、緊急事態宣言の解除が遅れた北海道・埼玉県・東京都・千葉県・神奈川県からの来館については6月18日まで、それ以後も過去2週間以内に感染が拡大していた国や地域からの方も遠慮してほしいとのこと。
来館者にお願いすることが増え、心苦しいという気持ちが強まっていた中で、館内で密にならず適切な間隔を保つにはどうすればいいか、という課題がありました。展示品は石器や土器、しかも土器は細かい文様や造形など、見学する人が立ち止まり、じっくり見てしまうものばかり。
博物館や美術館で展示品を鑑賞する際、館内の所々で「見学渋滞」が起きているのを思い出す人も多いでしょう。スーパーなどでの会計待ちと違い、興味を惹かれるものはそれぞれ異なるため、フロアに線を引いたりして誘導するのはなじみません。
そこで考え出されたのが、来館者自身がソーシャルディスタンシング(適切な対人間隔の確保)を意識しやすい「ソーシャルディスタンスの槍」でした。
■ 利用は「ロビー限定」
いかにも古代っぽい、というアイデアですが、実は井戸尻考古館の収蔵品が出土した井戸尻遺跡群の時代である縄文中期は、石槍はもう使われておらず、井戸尻遺跡群で出土した石器は弓矢用の石鏃(石の矢尻)や磨製石斧、石さじがメインとのこと。しかし2mという距離を意識してもらうのに、槍というアイテムが一番しっくりくるので採用されたそうです。なお、この槍の利用は6月8日からロビーでの限定利用に変更されています。
けして気に入らない人を攻撃するための槍ではなく、あくまでも間隔を確認する「思いやり」のためのアイテム。これからの季節、井戸尻考古館の屋外にある池では、1951年に千葉市から出土した縄文時代(およそ2000年前)の種子から発芽した古代ハス「大賀ハス」も薄紅色の花を咲かせるので、新型コロナウイルスの感染予防に気をつけながら、訪れるのもいいかもしれませんね。
<記事化協力>
井戸尻考古館学芸員 副島蔵人さん(@idojiri_soejima)
(咲村珠樹:宮崎県民俗学会員)
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